競馬には時として”伝説のレース”と呼ばれ、注目を集めるレースが存在する。
若駒の時のレースが、後々になって振り返るとG1馬が何頭も出走していた、なんてレースもそのうちのひとつだ。
その最たる例が2008年10月26日、菊花賞当日に行われた2歳新馬戦だろう。このレースで優勝したのが皐月賞馬アンライバルド、2着にも日本ダービーで2着となったリーチザクラウン、3着に入ったのが稀代の名牝ブエナビスタ、4着も菊花賞馬スリーロールス。まさに翌年のクラシックレースで中心となった馬たちが一堂に会していた新馬戦として、今もなお語り継がれているレースである。
2000年の暮れに行われたラジオたんぱ杯(G3)もまた、伝説として語られることがある。このレースでは後に名馬として名を轟かせることになる3頭が人気を分け合い、優勝したのが翌年の皐月賞を無敗で制したアグネスタキオン、2着がダービー馬ジャングルポケット、3着に入ったのがダートで鬼のような強さを見せつけたクロフネであった。まさに若かりし頃の名馬たちが競演を繰り広げたレースとして、記憶に残るレースである。
2012年の共同通信杯も、今となって振り返ると”伝説のレース”と呼ばれるに値するレースではないだろうか。この年の共同通信杯にも後にG1馬となり、後世に名が残るような馬が3頭出走していた。
1頭目が今やウマ娘のキャラクターとしても大人気となっているゴールドシップだ。このレースをステップに皐月賞・菊花賞・有馬記念を制し、この年の最優秀3歳牡馬に選ばれる。古馬になってからも宝塚記念や天皇賞・春も制してG1通算6勝。他を寄せ付けない強さを持つ一方で、彼には気分屋な所もあり、気が乗らないとレースに行っても全く走らないという難しい側面もあった。
特に3連覇のかかった2015年の宝塚記念は衝撃的で、「120億事件」などと呼ばれている。スタート直前にゲート内で立ち上がってしまい、タイミングが合わず大出遅れ。ゴールドシップがらみの馬券が一瞬にして紙くずとなったということからそのように呼ばれている、彼らしいエピソードのひとつである。
そんな宝塚記念と対照的に、菊花賞の時は上機嫌だったのか、ゴール版を1着で駆け抜けた後に舌を出し、「楽勝♪ 楽勝♪」と言わんばかりの余裕の表情を我々に見せつけた。
奇麗な芦毛の馬体から繰り出される圧倒的なパフォーマンスとヤンチャな気性とのギャップ、そこに魅了されてファンに人も多いことだろう。
2頭目がディープブリランテ。
ゴールドシップが5着に敗れた日本ダービーを制した馬だ。
かかり癖のある馬で毎回鞍上の岩田康誠騎手が懸命に抑えている姿が印象的だった彼だが、日本ダービーではスタートも上手くいき、前から4頭目の内側という絶好のポジションを取ることに成功。
最後の直線では後に天皇賞・春を連覇したフェノーメノとの叩き合いをハナ差で制して、見事にダービー馬の栄冠を勝ち取った。また、今を時めく矢作芳人調教師をダービートレーナーにしたのも、このディープブリランテであった。
3頭目が古馬になってから天皇賞・秋を制したスピルバーグ。
この年はダービートライアルのプリンシパルSを圧倒的1番人気に応えて勝利するも、本番の日本ダービーでは14着に敗れてしまい、そこからは1年余りの休養に入ってしまう。
復帰後は2戦目からその実力が開花したのか、2勝クラス、3勝クラス、オープン特別を3連勝し、G1レースに出走できるまでの位置に上り詰めた。
迎えた天皇賞・秋ではゴール前で時の女王ジェンティルドンナと皐月賞馬イスラボニータが叩き合っているのを尻目に、スピルバーグが大外からすごい勢いでまとめて差し切りゴールイン! 見事、G1タイトルを手にする名馬である。
──さて、前置きが長くなってしまったが、この後のG1馬3頭が熱戦を繰り広げたのが、2012年の共同通信杯なのである。
今のファンが当時を振り返ると、1番人気はゴールドシップであったかのように思ってしまうかもしれないが、当時は無敗で重賞も制していたディープブリランテが単勝1.4倍で断然の1番人気に支持された。ゴールドシップは4.1倍の2番人気に甘んじる。
レースがスタートするとディープブリランテがこれまでのレースと同様、引っかかり気味に先頭に立ち逃げの手を打っていく。一方のゴールドシップは後に名コンビとなる内田博幸騎手がこの時なんと初騎乗。これまでは出足がつかずに後方からの競馬をしていたゴールドシップを、持ち前の剛腕で凄い勢いでおっつけていく。逃げるディープブリランテを逃さんと言わんばかりに徹底マークしていく構えだ。3番人気で北村宏司騎手が手綱を取ったスピルバーグは、この2頭を見るような形で中団からレースを進めていった。
淡々とした流れでレースは進み、逃げるディープブリランテは最後の直線に入っても手応え十分といった感じで、後続を突き放しにかかる。岩田騎手を背に内ラチ沿いで懸命な走りを見せつける。ゴールドシップも一時は前を行くディープブリランテに差を広げられてしまったが、持ち前のスタミナを活かしたスパートでジリジリとディープブリランテに迫っていく。
逃げるディープブリランテ、追うゴールドシップ、この差は一向に縮まらない。このままディープブリランテが逃げ切ってしまうのか……と思ったのも束の間。残り200Mを切った時点で、道中引っかかり気味だったのが仇となってしまったか、ディープブリランテがバテてきた。そこをゴールドシップが一気にかわして先頭に躍り出る。1馬身、2馬身と抜け出したゴールドシップの勝利はもう間違いないだろう──問題は、2着争いだ。大外からは、中団でじっと脚をタメていたスピルバーグがディープブリランテめがけて襲い掛かってくる。交わすのか、交わさないのか──。
手に汗握ったところでゴールイン。ギリギリのところでディープブリランテが2着に粘り込み、スピルバーグは末脚届かず3着という結果となった。
リアルタイムで見ているときには、何の気なしに見ていたレースが、数年たって振り返ると実はとんでもないメンバーが走っていたレースだった…そんなことが、競馬を見ていると度々ある。そういったレースを見つけるのも競馬の楽しみ方の一つのである。
写真:Horse Memorys
まさに「不沈艦」の如く、ゴールドシップの旅程は引退した今もなお永遠と続いていくのだろう。
ゴールドシップの魅力や強さの秘密、ライバルたちにスポットをあてた新書『ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児』が2023年5月23日に発売。
製品名 | ゴールドシップ伝説 愛さずにいられない反逆児 |
---|---|
著者名 | 著・編:小川隆行+ウマフリ |
発売日 | 2023年05月23日 |
価格 | 定価:1,250円(税別) |
ISBN | 978-4-06-531925-3 |
通巻番号 | 236 |
判型 | 新書 |
ページ数 | 192ページ |
シリーズ | 星海社新書 |
内容紹介
気分が乗れば敵なし! 「芦毛伝説の継承者」
常識はずれの位置からのロングスパートで途轍もなく強い勝ち方をするかと思えば、まったく走る気を見せずに大惨敗。気性の激しさからくる好凡走を繰り返す。かつてこんな名馬がいただろうか。「今日はゲートを出るのか、出ないのか」「来るのか、来ないのか」「愛せるのか、愛せないのか」...。気がつけば稀代のクセ馬から目を逸らせられなくなったわれわれがいる。度肝を抜く豪脚を見せた大一番から、歓声が悲鳴に変わった迷勝負、同時代のライバルや一族の名馬、当時を知る関係者・専門家が語る伝説のパフォーマンスの背景まで。気分が乗ればもはや敵なし! 芦毛伝説を継承する超個性派が見せた夢の航路をたどる。