[連載・馬主は語る]新設・名古屋競馬場に行く(シーズン2-3)

2021年は地方競馬の馬主登録証をつくり、2022年から川崎競馬場でパドック解説を務めるなど、ここに来て地方競馬とのつながりが深くなってきました。もともと学生時代は毎日のように南関東の競馬場に足しげく通っていましたが、社会人になり仕事に忙殺されるにつれて、地方競馬からは足が遠のいてしまいました。このまま中央競馬しか観ないライトな競馬ファンになっていくのかと案じていたところに、まるで輪廻転生のように、地方競馬が再び僕の目の前に現れたのだから人生は不思議です。

ゴールデンウイークは、新設された名古屋競馬場を見に行くことにしました。家族は2泊3日の旅行に出かけることが(僕の知らないうちに)決まり、なぜか僕と愛犬チョコだけが残されることに。ひとりで家に居ても仕方ないと思い、さすがにチョコは連れて行けないため日帰りですが、名古屋競馬場に向かいました。

新幹線の自由席は立錐の地なしというほどの満席。指定席が売り切れてしまっており、新横浜から名古屋まで1時間半立ちっぱなし。やっと着いたかと思いきや、ここからさらにバスに乗って40分ほど。かつては名古屋駅からモノレールに乗って近かったのですが、馬券は基本ネット上で買ってもらい、レースは中心地から離れた競馬場で行うというスタイルに切り替えたようです。今の時代においては、とても合理的な運営方針だと思います。

ようやく名古屋競馬場にたどり着きました。入場は無料らしく、形だけの検温と意味のない手指消毒をして入場ゲートをくぐります。第3レースがこれから始まろうとしているところでした。間に合った!と思ったのは、第4レースに出走するヒカルアヤノヒメという18歳馬をどうしても見ておきたかったからです。二度見した方もいらっしゃるかもしれませんが、見間違いでも誤植でもなく、18歳馬です。しかも鞍上が若手ジョッキーの浅野皓大騎手で、馬と騎手が4歳しか違わないという年の差なしコンビですから、人気が沸騰するのも当然ですね。

ヒカルアヤノヒメは、僕が想像していたよりも若々しく、さすが現役馬だと思わされました。はじめはひとつ前の7番の馬が彼女だと勘違いしていたほどで、正直に言って、とても18歳馬とは思えない姿形でした。やはりサラブレッドも人間と同じで、やるべきことがあって、トレーニングを欠かさず積んでいれば、衰えることが少なく、若さを保つことができるのですね。レースの結果は7着(12頭立て)でしたが、決して付いて回ってきただけではありませんでした。もしいつかヒカルアヤノヒメが勝つようなことがあれば、地元の競馬ファンはさぞ盛り上がるでしょうね。

人と会ったり、唐揚げを買うのに1時間半も行列に並ばなければならなかったりして、僕が競馬に参戦することができたのは第9レースからでした。メインレースまであと2レースしかありません。川崎競馬場のパドック解説者としては、パドックを見て馬券を買わないわけにはいかないでしょう。パドック解説をするときはたった2周しか見られないのに対し、プライベートでは気が済むまで何周でも見られるのですから、言い訳はできません。最初は数頭に候補を絞り、そこからさらに1頭に絞っていきます。5番と6番が最後まで残り、雰囲気は同じぐらい良かったのですが、5番はこの時期にしては毛艶が悪いのだけが気になって、最終的には6番の単勝を買うことにしました。

新しい名古屋競馬場における僕の初レースです。スタートのベルが鳴ったと思いきや、僕の本命の6番がゲートに引っかかったようにして出遅れました。立ち遅れというよりは、大幅な出遅れ。鞍上の村上弘樹騎手は、半ばあきらめたのか、それとも腹を括ったのか、最後方をポツンと脚をためるようにして道中を進みます。新設の名古屋競馬場は最後の直線が240mと長くなり、西日本の地方競馬場の中で最長になったとはいえ、それでも240mです。東京競馬場や大井競馬場と比べると圧倒的に短い直線では、最後方からブッコ抜くのは奇跡でも起こらない限りあり得ないでしょう。僕は軽くため息をつきました。

最後の直線半ばで先頭に立ったのは5番エグジットラックでした。最後の直線に賭けた6番キョウワスピネルは、大外から猛烈追い込みましたが届かず3着。惜しいとも言えない1馬身半ほどの着差でした。あの出遅れさえなければとタラレバを言ってもしかたありません。さっそく僕は名古屋競馬の洗礼を受けてしまいました。僕の良くないところは、最初のレースを外してしまうと、途端に弱気になってしまうところです。余計なことを考えてしまうようになる、と言い換えても良いかもしれません。お金を失うのが嫌というよりも、負ける(外れる)のが怖くなってしまうのです。パドックを見て、良く見える馬を機械的に買えばいいだけなのに、もしかすると当たらないのではないか、だったら買わなければ当たりもしない代わりに外れもしないだろうというモードに切り替わってしまうのです。そして、そのモードの切り替えもなかなか難しいものです。アラフィフになっても変わらないので、おそらく僕は短期的に自分の気持ちの切り替えが難しいのでしょうし、そういう人間はギャンブルには向いていないのです。

なぜこのような女々しいことを書いたかというと、僕はメインレースであるかきつばた記念で最も良く見えたイグナイターの単勝を買えなかったからです。この日、どの騎手も内ラチ沿いから3,4頭分空けて走らせていたように、外が伸びる馬場でした。よって外枠の馬たちも外を回って好走していて、1番枠のイグナイターにとっては気がかりな材料だと思いましたし、また大外枠を引いた武豊騎手の12番ヘリオスに向くのではないかという考えが捨てきれずにいました。競馬は考えれば考えるほど複雑で難しくなってしまうのです。そう、僕は自分で競馬を難しくしてしまったのです。

パドックで断然良く見えたのはイグナイター、でも馬場の恩恵を受けられそうなのはヘリオスという考えに真っ二つにされた僕は、結局、馬券を買えませんでした。未来が分からなくなったとき、競馬は見(ケン)をするという逃げ道があります。弱気になったとき、僕はつい見(ケン)をしてしまう傾向があり、後悔することが多々あります。イグナイターがいつの間にか馬場の外を走り、最後の直線で先頭に立ち、ヘリオスをねじ伏せて勝利したとき、僕はまた自分に負けたと感じたのです。単勝馬券を買っていれば、往復の新幹線代と味噌カツ代を引いても余りが出たのに、とお金のことまで計算し出す情けなさです。

人生でやりたいことをやって、ある程度、上手く行っているように思っていても、競馬場に来るとその鼻をへし折られます。お前なんて、いつになっても自分を信じられずに右往左往して勝負できない器の小さい人間だな、と競馬の神様は容赦なく現実を突きつけてくるのです。どうすれば負けても最後までブレずに信念を貫けるのか、僕にとっては永遠のテーマなのかもしれません。そんなことを考えながら、バスに飛び乗り、何とか渋滞に巻き込まれることなく名古屋駅までたどり着きました。

かきつばた記念を制したイグナイターの父はエスポワールシチー。翌日の兵庫チャンピオンシップを勝ったのは、ホッコータルマエ産駒のブリッツファング。そして、翌々日のかしわ記念はオルフェーヴル産駒のショウナンナデシコが優勝しました。地方競馬、いやダートの世界にも種牡馬の世代交代が起ころうとしているのです。これまでダート種牡馬リーディングを引っ張ってきた、サウスヴィグラスが亡くなり、ヘニーヒューズやシニスターミニスターも高齢になり、次の世代の種牡馬たちが台頭してきています。

種牡馬としての時間は、競走馬のそれと比べると長いのですが、10年ひと昔と言われるように、気がつくと世代交代の波が押し寄せてくるのですね。2022年に入り、地方競馬のリーディングサイアーの座についているエスポワールシチーはその筆頭です。そこに加わってくるのは、ホッコータルマエやオルフェーヴルであり、もしかするとその次はモーニンやベストウォーリア、ニューイヤーズデイ、チュウワウィザードかもしれません。馬券を買うだけならば、今が旬の種牡馬を買うだけで良いのですが、生産という視点に立つと、3年後、4年後に走っている種牡馬を配合しなければならないのです。そういう意味でも、生産者にとって長い目で見ることがいかに大切か分かりますね。

(次回に続く→)

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