夏競馬の先陣を切って始まった函館開催は、早くも3週目を迎えた。今週からは小倉、福島も開幕し、いよいよ本格的な夏競馬の季節が到来する。一足早くスタートした函館競馬の今週は、前半戦最大のレースである函館記念を迎える。バックストレッチに海と空を配する函館芝2000m。サマー2000シリーズの開幕戦としても位置づけられるこのレースは、毎年のようにドラマを生み出してきた。エリモハリアーが2005ー2007年に達成した函館記念3連覇、白毛のアイドル馬ハヤヤッコが泥んこ馬場をものともせずに突き抜けた2022年など、函館記念には、夏のローカルらしい名レースも多い。
その歴史を振り返ると、ローカル重賞らしく高齢馬の活躍が目立つのも特徴だ。過去20年を遡れば、7歳馬が4勝、2011年には8歳馬キングトップガンが優勝している。そんな函館記念の今年の登録馬を見渡すと、7歳以上が6頭というベテラン揃い。その最年長が9歳のアラタであり、しかもトップハンデ58キロを背負う一頭でもある。

ローカル重賞らしい「経験値の戦い」の中で、最も長いキャリアを歩んできた馬が、今年もまた北の大地に立つ。
年齢、斤量、そしてキャリアの重み——それらを全て背負って、重賞の舞台に立とうとしているアラタに注目して、今年の函館記念を楽しみたい。
■アラタが辿った33戦を振り返る
競走馬のキャリアにおいて、9歳という年齢は決して軽くない。多くの馬がターフを去り、次のステージへと歩み始めている頃だ。しかし、アラタはその常識の外側にいる。33戦を積み重ねた今もなお、彼は走ることをやめない。むしろ、年齢を重ねたからこそ見えてくる景色を楽しむかのように、昨年は天皇賞(春)、有馬記念といったGⅠに初挑戦するなど、挑戦の幅を広げてきた。8歳にして初めてGⅠのゲートに入った馬が、翌年もなお現役最前線に立ち続ける——その姿勢こそ、アラタという馬の魅力である。
アラタの父はキングカメハメハ。2019年生まれがラストクロップとなった名種牡馬の産駒は、中央の舞台でも徐々に数を減らしている。アラタは2017年生まれで、同期のキングカメハメハ産駒となれば、現役で走る馬はさらに少ない。今回の函館記念に名を連ねる7歳以上の馬たちの父を見ても、ディープインパクト、ハーツクライ、エイシンフラッシュ、ワールドエースと、すでに懐かしさも感じられる「ひとつの時代」を象徴する名前が並ぶ。キズナやキタサンブラックといった新世代の種牡馬産駒がオープン戦線の主役となりつつある今、キングカメハメハ産駒のアラタがその中に混じって戦う姿には、どこか感慨深いものがある。

アラタがデビューしたのは2019年10月。3歳になった翌年1月、小雪の舞う中山で未勝利を勝ち上がった。勢いそのままにクラシックのトライアルへ挑んだが、弥生賞、青葉賞はいずれも着外。クラシック出走は叶わず、1勝クラスからの再スタートとなった。それでも4歳春に1勝クラスを卒業すると、夏の函館で駒ケ岳特別(2勝クラス)、STV杯(3勝クラス)を連勝し、一気にオープン入りを果たす。4歳秋にはケフェウスSを勝ち、6歳夏の函館では巴賞を制覇。2000m以上の舞台でコンスタントに力を発揮し、着実にキャリアを積み重ねてきた。
そして7歳の秋、福島記念で待望の重賞タイトルを手にする。大野拓弥騎手を背に最後方から進めたアラタは、3コーナーから外を回って一気に進出。直線では内の先行勢をまとめて差し切り、しぶとく脚を伸ばして力強く抜け出した。派手さよりも確実さ、瞬発力よりも持続力、そして何よりアラタの代名詞ともいえる「勝負根性」。福島のタフな馬場は、アラタの内にある芯の強さを余すことなく引き出し、重賞制覇という形で結実した。翌年の福島記念でも4着に入り、年齢を重ねても小回りローカル競馬場での末脚はむしろ磨きがかかっていた。

そして、アラタに欠かせないもうひとつの舞台が函館である。4歳時に条件特別を連勝し、早くから洋芝適性を示していた。スピードだけでは押し切れない函館の芝は、パワーと持続力、そして「函館コースを知っている馬」の巧さが問われる。アラタはそのすべてを備えている。巴賞では、年齢を感じさせない鋭い伸びで勝利を掴み、ベテランの底力を見せつけた。滞在競馬で気分良く過ごせるタイプであることも、函館との相性の良さを支えている。環境の変化に動じず、むしろ落ち着いて過ごせることが、レースでの安定感につながっているのかもしれない。
■今年の函館記念 - 鍵は「流れ」とアラタの「気分」?
では、今年の函館記念でアラタはどのような走りを見せてくれるのか。展望を考えるうえで鍵となるのは、やはりレースの「流れ」と、レース中のアラタ自身の「気分」だ。
函館記念は、スローからのロングスパート戦になりやすいレースである。洋芝の2000メートルは、瞬発力だけでは押し切れず、じわじわと脚を使い続ける持久力が問われる。今年のメンバー構成を見ても、逃げ馬が多いわけではなく、例年通りのスロー気味の流れになる可能性は高い。その展開は、アラタにとって決して悪くない。むしろ、長く脚を使えるアラタの持続力が最も生きる形だ。若い馬たちが直線の瞬発力勝負に持ち込みたいところを、アラタは自らのリズムでじわりと脚を伸ばし、気づけば前との差を詰めている——そんなシーンが自然と浮かんでくる。

もちろん、9歳という年齢は簡単ではない。斤量差、若い世代の勢い、展開のアヤ。不利な要素はいくつもある。それでも、アラタには「経験」という唯一無二の強みがある。レースの流れへの適応、無駄に脚を使わない賢さ、そして勝負どころでのしぶとさ。これらは年齢と経験を重ねたからこそ磨かれたものであり、若い馬には真似できない「技」だ。
■9歳馬のアラタへ - もうひとがんばりを!
アラタは、決して華やかなGⅠ戦線を歩んできた馬ではない。ひとつひとつのレースで地道に力を示し、重賞を勝ち、オープンで戦い続け、9歳になってもなお一線級に挑もうとしている。その姿は、競馬の「別視点の美しさ」を体現している。決して勝ち負けだけではない。「まだまだ走るぞ」という闘志を持ってターフに立つ姿は、競馬の本質でもあり、ファンの心を揺さぶる。そんな馬がどれほど尊い存在か…競馬を愛する者なら、誰もが知っているはずだ。
夏の函館開催はわずか6週間。しかし、その短い函館開催で、アラタは何度も輝きを見せてきた。今年もまた、函館の直線で彼が力強く伸びてくる姿を想像すると、胸が熱くなる。9歳馬の挑戦は、決して「おまけ」ではない。むしろ、ここからがアラタの真骨頂なのかもしれない。年齢を重ねた馬が、経験と誇りを胸に、若い世代へ挑む——その構図は、競馬というドラマの中でも、最も胸を打つ瞬間のひとつである。

アラタ、もうひとがんばり!
あなたの蹄跡は、まだ終わっていない。そして、函館記念という舞台は、その続きを描くにはあまりにもふさわしい舞台になるはずだ。
Photo by I.Natsume

