セリ当日は、川崎競馬のパドック解説の日でした。午前中はいつもどおりに仕事をして、昼過ぎに競馬場へと向かいました。途中の電車の中で、スマホから「千葉サラブレッドセール2022」の特設サイトを開いてみると、ちょうど入札が始まったところです。事務局から送られてきたIDとパスワードを入力してログインすると、各馬の応札状況をリアルタイムで見ながら入札することができます。
僕はサラブレッドオークションをパソコンの画面を見ていますので、スマホからセリに参加するのは初めての体験です。ひと昔前までは、車や競走馬などの高額商品がネット上で売れるわけがないと思っていた僕が、今こうしてスマホでサラブレッドを買おうとしているのですから、時代は少しずつ大きく動いているのですね。
ナチュラルスタンスの20は300万円スタートですが、今回は自動入札を利用しますので500万円と打ち込んで、そのまま置いておくことにしました。と言葉で言うのは簡単ですが、実際に最後の入札ボタンを押すまでには様々な葛藤があったことは正直にお伝えしておきます。予算内で買うことができたら嬉しいという気持ちともし万が一、買えてしまったらどうしようという気持ちが半々です。
買えてしまったらどうしようというのは、どこの厩舎に預けよう(預かってもらえるのか)という目先のやりくりから、入厩するまでにどれぐらいの期間がかかるのか、また入厩してからの預託料をきちんとペイできるのかどうかという現実的な問題まで、あらゆる心配事が走馬灯のように浮かんでくるのです。それは昔、子どもを授かったと妻から聞いた、あのときの気持ちと良く似ています。
期待と妄想を繰り広げていると、あっという間に川崎駅に到着しました。今日も雨降りです。川崎競馬のパドック解説は2回目ですが、前回は大雨で今回は雨がしとしとと降り続いています。僕は雨男なのかもしれないと最近思うようになりました。さっきまで晴れていたのに、僕が外に出ると雨が降り始めたりすることは一度や二度ではありません。太古の時代に雨が降らなくて困っている農民たちと一緒に暮らしていたら、僕は神と崇められたことでしょう(笑)。競馬に雨はつきものであり、パドック解説は見(様子見)することができません。レースでは前に行った馬がひたすらに残る展開が続きました。パドックで良く見えなかった馬たちが上位を占めたレースもあり、僕は久しぶりのカオスな心境を味わいながらも、心のどこかでナチュラルスタンスの20の入札状況を気にしていました。
パドック解説の仕事が終わるまでセリの結果は見ないと決めていましたが、ふと休憩中にメールをチェックした瞬間、JBISオンラインセールの事務局から滝のようにメールが届いているのを目にしてしまいました。メールの中身を開けずとも、タイトルを見ただけですでに僕が設定した500万円を超える入札があったことが伝わってきました。早々に落札をあきらめることになり、落胆の気持ちを抱きながらも、僕は粛々とパドックを観続けました。
今回のセリは絶対に落としたいわけではなく、ダメ元で参加したにもかかわらず、負けず嫌いの性格が頭をもたげてきたのか、僕はもう少し粘りたくなりました。セリの終了時間が迫りつつある中、パドックとパドックの間のすきま時間を見計らって、スマホからもうひと声の610万円で入札ボタンを押したのです。これで買えたらラッキー。ナチュラルスタンスの20とは縁があったということです。買えなくても、仕方ないと自分の中であきらめがつきます。今度こそ、第12レースのパドック解説が終わってから結果を見ると心に決めました。
パドック解説も後半は少しずつ推奨馬が上位に来るようになり、メインレースの第11レースは推奨馬5頭が上位4頭を占め、一矢を報いた形になりました。とはいえ、前回と比べても的中が少なく、僕自身はブレずにパドックで良く映る馬を挙げているにもかかわらず、結果が伴わなかった現実は否めません。パドックで良く見える馬とレースの結果が一致するとは限らないとは分かっていても、いかんともしがたい徒労感を味わいながら、川崎競馬場の門をくぐり、駅まで歩き、電車に乗ってスマホを開いてみました。
全ての馬たちが売却に至っており、特設サイトにはそれぞれの売却額が掲載されています。40番目のナチュラルスタンスの20まで画面をスクロールしてみると、1070万円の文字が見えました。僕の予想を大幅に超えて、予算の倍の金額、まさに桁違いの値段で買われたことになります。食い下がったつもりでしたが、あっという間に突き放されてしまい、全く勝負になりませんでした。落札者はマルカの冠名で有名な日下部氏ですから、下手に競り合わなくて良かったと思いますし、そもそもハナから僕に買える馬ではなかったということです。馬主はあきらめが肝心ですね。
(次回に続く→)