関東から西は季節外れの暖かさとなり、春を思わせる陽気となった12月10日。2歳女王を決める阪神ジュベナイルフィリーズがおこなわれた。
近年は、同じ舞台でおこなわれる桜花賞とも結果がリンクしており、ソダシとリバティアイランドがこの2レースを連勝。GⅠでありながら、桜花賞の前哨戦的な役割も果たしている。
また、2歳戦最初のGⅠという意味でも注目度の高いレース。ただ、2023年の2歳戦に関していえば、このレースと同等か、それ以上に注目を集めたレースがあった。6月4日、東京競馬場でおこなわれた牝馬限定の新馬戦である。
このレースを好時計で勝利したのはボンドガール。同馬は、続くサウジアラビアロイヤルCでも牡馬に混じって2着に好走し、阪神ジュベナイルフィリーズを目標に調整が進められていた。
一方、新馬戦でボンドガールに3/4馬身及ばず、惜しくも2着に敗れたのがチェルヴィニア。こちらは、2ヶ月後の未勝利戦を6馬身差で圧勝すると、さらに2ヶ月半後のアルテミスSも連勝。同じく阪神ジュベナイルフィリーズに向けて調整が進められ、ボンドガールとの再戦が実現するはずだった。
ところが――
11月半ば。左トモに違和感がみられたチェルヴィニアの阪神ジュベナイルフィリーズ回避が決まると、レース当週の12月5日。調教前に放馬したボンドガールが右前肢の打撲と診断され、同じく回避が決定した。
とはいえ、6月4日の新馬戦が注目されたきっかけは、これら2頭だけではない。
チェルヴィニアから3馬身差の3着だったコラソンビートは、その後、3連勝でGⅡの京王杯2歳Sを制覇。また、6着キャットファイトも未勝利戦とアスター賞を連勝。とりわけ、アスター賞は2着に5馬身差をつける圧勝で、2歳コースレコードのおまけつき。これら2頭が、阪神ジュベナイルフィリーズに駒を進めてきた。
また、4着マスクオールウィンは、12月9日の黒松賞で2勝目をあげ、5着アンジュグルーヴも勝ち上がるなど、6月4日の新馬戦は「伝説の新馬戦」と称されそうなメンバーが集結していたことになる。
それでも、上位人気が予想されていた2頭が回避したことで、阪神ジュベナイルフィリーズは主役不在の混戦模様。6頭が単勝10倍を切り、その中サフィラが1番人気に推された。
兄姉の大半がオープンまで出世している現役屈指の良血馬サフィラは、初戦こそ3着と敗れるも、2戦目で未勝利を脱出。前走のアルテミスSでも、チェルヴィニアの2着に好走した。
全兄サリオスは朝日杯フューチュリティSの勝ち馬。血統面でもコース適性が証明されており、史上初の全きょうだいによる2歳GⅠ制覇が懸かっていた。
僅かの差でこれに続いたのがコラソンビート。今をときめくスワーヴリチャードの産駒で、「伝説の新馬戦」3着後、中2週で未勝利を脱出。さらに、ダリア賞、京王杯2歳Sも制し、3連勝を達成した。
同レースを牝馬が制したのは25年ぶりの快挙。また、今回のメンバーで牡牝混合の重賞を勝利したのは、自身も含め2頭だけ。4連勝で父に初のビッグタイトルをプレゼントできるか注目を集めていた。
3番人気となったのがアスコリピチェーノ。こちらは、6月最終週におこなわれた新馬戦で初陣を飾ると、続く新潟2歳Sも連勝。初タイトルを獲得した。
自身と同じダイワメジャー産駒は、過去に5頭が阪神芝1600mでGⅠを制しており、血統面でのコース相性は抜群。先日、事実上の種牡馬引退が発表された父にGⅠタイトルをプレゼントできるか。こちらも大きな注目を集めていた。
以下、「伝説の新馬戦」で6着後、未勝利戦と1勝クラスを連勝中のキャットファイト。出世レースの赤松賞を勝利したステレンボッシュ。未勝利戦と萩Sを連勝中のルシフェルの順で、人気は続いた。
レース概況
ゲートが開くと、スウィープフィートが出遅れ。スプリングノヴァ、ルシフェル、ドナベティもダッシュがつかなかった。
一方、前は好ダッシュを決めたキャットファイトを制して、シカゴスティングが逃げる展開。テリオスルル、ナナオ、カルチャーデイまでの4頭が先行集団を形成し、ミライテーラーを挟んだ中団馬群にコラソンビート。さらにクイックバイオとプシプシーナを間に置いて、アスコリピチェーノ、キャットファイト、ステレンボッシュ、サフィラの上位人気馬が、それぞれ半馬身間隔で追走。そこから1馬身半差、後ろから5頭目にルシフェルが控えていた。
600m通過は34秒4、800m通過が46秒4と、平均的な流れ。18頭立てでもさほど縦長の隊列にはならず、先頭から最後方のスプリングノヴァまでは、12、3馬身ほどの差だった。
その後、中間点を過ぎると、スウィープフィートやルシフェルらが上昇を開始し、全体がさらに凝縮。一方、前はナナオが先頭に並びかけようとすると、逃げるシカゴスティングがスパートして差を1馬身半に広げ、レースは直線勝負を迎えた。
直線に入ると、シカゴスティングがもう一段加速してリードは2馬身半。ナナオとテリオスルルがこれを追うも脚は残っておらず、替わって馬場の中央からアスコリピチェーノが先頭に立ちコラソンビートが追ったものの、残り100mで脚色が同じになり、勝負あったかに思われた。
しかし、そこから猛烈な勢いで追い込んできたのがステレンボッシュ。直線、アスコリピチェーノが通った進路をなぞるように末脚を伸ばすと、ゴール前では進路を内へと切り替え、さらに鋭伸。それでも、この猛追をクビ差しのいだアスコリピチェーノが先頭でゴール板を駆け抜け、ステレンボッシュが2着。1馬身1/4差3着にコラソンビートが続いた。
良馬場の勝ちタイムは1分32秒6のレースレコード。3ヶ月半ぶりの実戦を問題にしなかったアスコリピチェーノが、デビューから無傷の3連勝で、管理する黒岩陽一調教師とともにGⅠ初制覇。騎乗した北村宏司騎手は、キタサンブラックで勝利した2015年の菊花賞以来、8年ぶりのGⅠ制覇となった。また、ノーザンファーム生産馬は、JRAの平地GⅠ通算200勝を達成した。
各馬短評
1着 アスコリピチェーノ
道中はちょうど中団に待機。その後、勝負所で包まれそうになったものの、直線、内回りとの合流点で馬場の中央に持ち出されると、まずはコラソンビートとの一騎打ちに。これをゴール手前100mで振り切ると、今度はステレンボッシュの強襲にあうも凌ぎ切り、先頭でゴール板を駆け抜けた。
セリフォスと同じく、ダイワメジャー産駒としては異色の瞬発力タイプ。同産駒は、桜花賞やNHKマイルCでも実績を残しているだけに、来春の楽しみが広がった。
2着 ステレンボッシュ
こちらは道中、アスコリピチェーノからおよそ1馬身半差の中団やや後ろに位置。直線ではエンジンがかかるまで少し時間を要したものの、坂の途中で全開になると、勝ち馬をギリギリのところまで追い詰めた。
赤松賞1着→阪神ジュベナイルフィリーズの臨戦過程は、管理する国枝栄調教師の得意パターン。08年ダノンベルベールが本番で2着に好走すると、翌09年アパパネが1着。今回もステレンボッシュが好走した。
2021年の当レースをサークルオブライフ(同馬も国枝厩舎だった)が勝利しているように、エピファネイア産駒もまた阪神芝1600mが得意。特に、2歳戦では好走率、回収率とも文句なく、今回の内容を見る限り、この馬もまた桜花賞の有力候補といえる。
3着 コラソンビート
2着馬とは逆に、道中はアスコリピチェーノの1馬身半前に位置。ただ、4コーナーで失速した馬をパスするために外へ持ち出されたことが響いたか、騎乗した横山武史騎手がレース後にコメントしたとおり微妙に長かったのか。ゴール前で僅かに後れをとった。
勝ち馬と同じく初の右回りも難なくこなし、着順が人気を下回ったとはいえ、十分すぎる内容。現状では1400mがベストかもしれないが、父スワーヴリチャードと同じく成長力があれば、この先マイル以上の距離をこなしてもなんら不思議ではない。
レース総評
前半800m通過46秒4で、同後半が46秒2=1分32秒6。前後半はほぼイーブンで、先行馬にとっては厳しい流れに。その中で5着に逃げ粘ったシカゴスティングは、非常に価値ある内容だった。
勝ったアスコリピチェーノは、新潟2歳S以来3ヶ月半ぶりの実戦。当レースが牝馬限定戦となった1991年以来、このローテーションで勝利した馬は初。後の桜花賞馬ハープスターでもなし得なかったことで、朝日杯フューチュリティSを含めても、08年セイウンワンダー以来の快挙だった。
そのアスコリピチェーノ。父は先日、事実上の種牡馬引退が発表されたダイワメジャー。今後、産駒数は減少していくものの、新たにGⅠウイナーを送り出した。
カレンブラックヒルやコパノリチャード、メジャーエンブレムに代表されるように、ダイワメジャー産駒は、父と同じく先行力を武器に長くいい脚を使うタイプが多く、勝負根性にも長け、競り合いにも強い。
対して、近年GⅠを勝利したセリフォスとアスコリピチェーノは、どちらかといえば瞬発力タイプ。それに加え、今回2頭に競り勝ったアスコリピチェーノは、ダイワメジャーの真骨頂ともいえる勝負根性を兼ね備えている。
サンデーサイレンスが晩年にディープインパクトという最高傑作を輩出し、そのディープインパクトが晩年にコントレイルを送り出したように、ダイワメジャーも種牡馬生活晩年になって新しいタイプの傑作を立て続けに送り出したことになる。
一方、母アスコルティは、2015年のローズS覇者タッチングスピーチ、19年の菊花賞2着サトノルークスの半姉。その父はデインヒルダンサーで、母父としては他に、重賞3勝テルツェット。北九州記念勝ちのヨカヨカ。11月のアルゼンチン共和国杯を制し、阪神ジュベナイルフィリーズと同日におこなわれた香港ヴァーズ2着のゼッフィーロ。さらに、アイルランド調教馬で、やはり同日におこなわれた香港C2着のルクセンブルグらを送り出している。
また、母方にデインヒルを持つダイワメジャー産駒は成功しており、2019年の阪神ジュベナイルフィリーズを勝ったレシステンシア。同年のJBCスプリントを勝利したブルドッグボスが該当。
そして、ダイワメジャー産駒で2歳GⅠを制したメジャーエンブレム、アドマイヤマーズ、レシステンシア、アスコリピチェーノの4頭は、いずれも母方にサドラーズウェルズを持つという共通点がある。
今回、アスコリピチェーノが2、3着につけた差は、クビと1馬身1/4。決定的な差をつけたとまではいえず、チェルヴィニアやボンドガールとの対決も控えている。ただ、タイム面では文句のつけようがなく、間違いなく現時点では桜花賞の最有力候補だろう。
また、メジャーエンブレムやレーヌミノル、レシステンシアと、ダイワメジャー産駒で阪神ジュベナイルフィリーズと桜花賞のどちらかを制した馬はいても、連勝した馬はいない。それでも、瞬発力に勝負根性を兼ね備えたアスコリピチェーノは、これら3頭とは異なるタイプ。桜花賞制覇はもちろん、その先のNHKマイルC、もしくはオークスの二冠制覇など。見ているこちらに大きな夢を抱かせてくれるような、素晴らしい内容だった。
写真:RINOT