[連載・馬主は語る]ヨシダテルヤになって考えてみる(シーズン3-4)

2023年の千葉サラブレッドセールは参加するつもりが一切なく、開催されることすら前日に知りました。その程度の認識ですから、どのような馬たちが上場されるのか知らず、当日もライブ映像を見ることなく過ごしました。昨年の千葉セリからは、スプリングステークスの勝ち馬であるべラジオオペラが出ていますので、今年も活況が予測されます。繁殖牝馬を2頭抱えてヒイヒイ言っている今の僕には、参加する資格もありませんし、そもそも骨折した足をひきずってまで行くべき場所ではありません。繁殖牝馬セールにも出向くことなく、大人しく過ごすつもりです。

その日の夜、慈さんから「今日の千葉ゼリでスパツィの全姉がなかなかのお値段で売却されていましたね。新馬が楽しみです」とLINEが入っていました。スパツィアーレの21(父ルーラーシップ)の存在を完全に忘れていましたが、ここに出てきたのですね。これまで全く情報がなかったのですが、先々月に生まれた父ルーラーシップの男の子の全姉になりますので、馬体のできも含めて注目しないわけにはいきません。

千葉サラブレッドセールの上場馬紹介ページに行って見てみると、NO53にスパツィアーレの21が掲載されていて、僕は目を疑いました。何と売却額が5300万円となっており、(あとから調べて分かったのですが)全63頭中4番目の高額で落札されています。牝馬としては2番目に高額でした。馬体を見てみると、小さい写真のシルエットでも分かるぐらい全体のバランスと筋肉のつきかたが良く、ひいき目なしに見ても、惚れ惚れする素晴らしい馬体。父ルーラーシップと母父シンボリクリスエスの良いところ取りをしたような好馬体ですね。さらに4月20日の坂路の追い切りにて、2ハロン目が11秒1というメンバー中2番目、2ハロン合計でも22秒フラットという3番目の好時計を出しており、実際に動いているようです。これでは高くなるのは納得です。

骨折してしまい歩くのもままならず、スパツィアーレはなかなか受胎してくれなかったりと悪いことが続き、この1か月は鬱屈としていましたが、このニュースを聞いて久しぶりに興奮してしまいました。だって、全姉が5300万円で売れたのですよ!社台というブランドがあり、2歳で好時計を出すまで育成されてきた上での高額であることは重々承知です。ただ、碧雲牧場にいる全弟は牡馬なのです。牝馬よりも高く売れる牡馬です。お姉さんと同じように育ってくれたなら、市場価値として考えると、全姉よりも上ということです。具体的に言ってしまうと、5300万円よりも高く売却できる可能性もあるということです。

最近、下を向いていたなと思わされました。出費ばかりが多くて、馬が売れてお金が入ってくる未来は見えづらく、最低でも繁殖牝馬の購入代金とこれまでにかかった預託費や治療費などを回収できるぐらいの価格で売れたらいいなと弱気になっていたところはあります。そもそも、馬が売れるまで無事でいてくれるのだろうか、セリに出すまでに馬を仕上げるコンサイナーにどれぐらい払うのだろうなど、心配はいくらでも思いつきます。日々、自然や偶然にさらされながらも、不安定な売り上げを受け入れるのが生産者の仕事なのですね。それを真に受けてしまうと、どうしても悪い方ばかり見てしまいがちになりますので、やはり上を向いて、光の射す方へ向かっていかなければいけないと思いました。それは生産の世界だけではなく、どの世界でも同じかもしれません。大きく考えるからこそ、大きく行動することができるのです。

今はイスラボニータの仔を受胎してくれるのを待つばかり。チュウワウィザードを2度、カレンブラックヒルを1度、種付けしたにもかかわらず受胎せず、最終的に配合変更をせざるを得なかったのですが、その中で改めて考えてみたことで大きな収穫がありました。試験問題を早く解いて終わらせて、余裕をかましていたところ、もう一度見直してみると、問いの深さに気づき、慌てて解答を書き換えたという感じでしょうか。答えを変更したことが果たして吉と出るか凶と出るか分かりませんが、より深く問題に向き合えたことは確かです。

なぜ社台ファームの吉田照哉社長はイスラボニータを配合したのか?社台ファームの知り合いに聞くところによると、吉田照哉さんが直観的に種牡馬を決め、もし相応しくない配合であったり、過去にその配合で走っていなかったりする場合のみ、周りの人たちが変更を提案するという形で配合相手が決まっていくことが多いそうです。100頭を超える繁殖牝馬を有する大牧場ですから、僕みたいに1頭の繁殖牝馬について延々と熟考して決めることはないはずですから、吉田照哉さんが直感的に種牡馬を選ぶのももっともな話です。

ただ適当に選んでいるかというとそうではなく、そこには膨大な経験に基づいた何らかの根拠があるはずです。吉田照哉さんほど世界中の名馬を見てきたホースマンは少ないでしょうし、身銭を切って種牡馬選択の意思決定を繰り返してきた人物は日本でも稀でしょう。そんな人がなぜスパツィアーレにイスラボニータを(たとえ直感的であったとしても)選んだのか、その思考プロセスを知ることには意味があるはずです。

僕はヨシダテルヤになったつもりで考えてみたところ、イスラボニータのひとつ前にルーラーシップが配合されていることがヒントになりました。両者に共通しているのは、馬体の柔らかさです。イスラボニータは父フジキセキも母の父コジーンも筋肉が柔らかく、古馬になっても硬くならないタイプであり、それゆえにラストランとなった6歳時の阪神カップを勝利して引退することができたのです。ルーラーシップもキングカメハメハ系の種牡馬の中では柔らかいタイプであり、エアグルーヴ譲りかと思われます。代表産駒のキセキは非常に柔らかく、怪我をせずに7歳まで一線級で走り抜きました。

血統的に考えると、ルーラーシップ×スパツィアーレはトニービンの3×5となり、あまり好まれないクロスです。スパツィアーレはノーザンダンサーの血が薄い血統構成なので、ノーザンダンサーの血が比較的濃いルーラーシップを配合したのかと思っていましたが、おそらく違うはずです。ノーザンダンサーの血が濃い種牡馬なんて、他にいくらでもいるからです。イスラボニータはサンデーサイレンスの3×4というインクロスが発生します。ノーザンダンサーの血がそれほど濃くはありません。つまり、そこに何かの血統的な意図は僕には感じられないのです。

吉田照哉さんは、僕たちが考えているほど、インクロス(インブリード)の多さや父と母父の相性などを考えているわけではないことが分かります。血統には精通しており、頭の中で架空血統表を詳細に作れるほどに詳しいにもかかわらず、細かいところは気にしていないようです。もちろん、強すぎるインブリードや大きな枠組みとしての〇〇〇系や□□□系の親和性などは考慮しているはずですが、実際に血統表をつくって並べてみて、字ズラから良し悪しを判断しているわけではなさそうです。

むしろもっと馬そのものを見ているのではないかと思います。血統ではなく、馬のタイプを良く見て、このタイプの繁殖牝馬にはこの種牡馬という形で決めているのではないでしょうか。たとえば、スパツィアーレのようにステラマドリッド系で父がシンボリクリスエスという硬くて大型なタイプの繁殖牝馬には、柔らかいルーラーシップやイスラボニータが合うのではないかということです。硬いものには柔らかいものを配合し、その逆も然り。サラブレッドは柔らかすぎても硬すぎても走らないので、柔らかさと硬さのちょうど良いバランスを求めて配合しているのではないでしょうか。それはまるで硬すぎも柔らかすぎもしない適度なモチモチ具合を目指そうとするパン職人のようです。

ルーラーシップ×スパツィアーレの23

柔らかさと硬さのバランスという視点で考えたとき、来年、スパツィアーレに配合しようと考えていたオルフェーヴルはどちらかというと硬い種牡馬であり、相応しくないかもしれません。ルーラーシップやイスラボニータ以外では、ニューイヤーズデイは柔らかいと言われていますし、種付け料を度外視すると、キタサンブラックはサンデーサイレンス系特有の柔らかさがあるのでピッタリです。い

対してダートムーアは、逆に柔らかさが緩さにつながるタイプの繁殖牝馬であり、カチっと硬く出る種牡馬が合っているということですね。ナダルはいかにもですし、硬く出るキングカメハメハ系が合っているという僕の考えは正しかったことになります。ディープインパクト直系であっても、母父にストームキャットの血が入っているような種牡馬は硬さが出るはずです。柔らかさと硬さという対立軸で見てみると、これまでに言われてきたニックスなどの血統論がまた違って見えてきました。

(次回に続く→)

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