[インタビュー]菊花賞にウインバリアシオン産駒の青森県産馬ハヤテノフクノスケが出走。種牡馬ウインバリアシオンを所有するスプリングファーム代表・佐々木拓也さんの想いとは?

クラシック最終戦・菊花賞。過去の勝ち馬にはタイトルホルダーやキタサンブラック、マンハッタンカフェやセイウンスカイなど数々の名馬が名を連ねる。そんな伝統の一戦に、今年は青森県産馬ハヤテノフクノスケが出走する。

青森県産馬のクラシック出走はミライヘノツバサ(2016年菊花賞13着)以来、8年ぶり。勝利となると、1976年のグリーングラスまで遡る。出走そのものが偉業ではあるが、同時に48年ぶりの大記録もかかる一戦と言える。

さらにハヤテノフクノスケの場合、父が青森で種牡馬をしているウインバリアシオンである点にも大いに注目が集まっている。現在、種牡馬として東北町・(有)荒谷牧場に繋養されているウインバリアシオン。そんなウインバリアシオンの産駒がクラシック出走という栄誉を掴んだことで、青森の馬産界の大きな希望となっている。今回は、ウインバリアシオンを所有するスプリングファーム代表の佐々木拓也さんにお話を伺った。


早い時期から「この馬はすごいことになるかもしれない」と評判に

ハヤテノフクノスケは、青森を代表する牧場のひとつであるワールドファームで生まれた。全兄にはJRAで2勝をあげたカミノホウオーもいる血統で、早くから青森競馬の関係者からは注目を集めていた。

「育成はシュウジデイファームさんだったのですが、そこで既に評判になっていました。ワールドファームの社長からも『すごく良い馬だぞ』と言われていましたね。私としても、活躍したカミノホウオーの全弟なので生まれた頃から楽しみでしたし『JRAで1、2勝してくれたら嬉しいな』と思っていました。ところが成長するにつれ『どうやら、カミノホウオーよりも才能があるぞ』という情報が入ってきて…。そりゃすごいことだ、と大変驚きました」

2歳になり所属厩舎も決まり、デビューに向けて栗東へと移動した頃、佐々木さんの耳にはいくつものハヤテノフクノスケの評判が届いたという。厩舎関係者だけでなく、メディア関係者なども「この馬は凄い能力を秘めているようだ」と口を揃えた。

「馬体がまだまだ緩いのに走るということを聞いて、当初から『色んな意味でウインバリアシオンに似ているな』と感じていました。デビュー初戦から素質馬ミスタージーティーに食らいついて2着に頑張りましたし、2戦目は2着に5馬身差をつける圧勝。非常に印象に残る勝ち方で『これは本当に凄いことになるかもしれない』と心が踊りました」

ハヤテノフクノスケのデビュー3戦目は、京成杯。ダノンデサイル・アーバンシックと後の活躍馬が火花を散らした一戦で、ハヤテノフクノスケも好位から4着に粘りこむ。続くゆきやなぎ賞ではショウナンラプンタの4着と好走を続けたものの、京都新聞杯では11着に敗れ、そこから休養に入った。変化があったのは、8月の札幌開催だった。

「札幌で控える競馬を試して、競馬の幅が広がりましたよね。2600m戦も経験しましたし、菊花賞に向けても良い経験が積めたのではないでしょうか。ああいう距離を経験すると競馬の運び方も変わりますから」

年間30頭前後の種付け頭数で菊花賞に挑戦

青森県の馬産を盛り上げることを目的として導入されたウインバリアシオン。

北海道で種牡馬を経験した馬が青森に来たというわけではなく、新種牡馬として青森にやってくるという点でも当時としては珍しいケースであり、周囲の期待は大きかった。そうした期待に応えるように、2017年に誕生した初年度産駒から、JRAで4勝をあげ帝王賞・東京大賞典にも出走があるドスハーツが登場。以降も、コンスタントに活躍馬を輩出してきた。

「ウインバリアシオンの種付け頭数は、年間30頭前後。北海道の人気種牡馬であれば年間100頭以上の種付けをする馬は少なくないですし、中には年間200頭以上という馬もいる。単純な数の比較というだけでも、ウインバリアシオンの産駒からクラシックに出走するような馬が出てくるというのは凄いことです。まさに宝くじにでも当たるような確率ではないでしょうか」

佐々木さんは、ウインバリアシオンがもつ遺伝能力のポテンシャルの高さに舌を巻く。

ウインバリアシオンはプラスビタール・スピード遺伝子検査において、T:T型(長距離向き)ではなくC:T型(中距離向き)という結果が出ている。C:T型の適性は1400~2400mと言われるが、ウインバリアシオン自身は2500m戦の日経賞を勝利しているほか天皇賞・春や菊花賞、有馬記念で2着という戦績を残した。長距離で強いイメージがあったが、実は遺伝的な観点で言えば適性を超える条件での好走だったということになる。

「ウインバリアシオンやその産駒は、本来持ってうまれた適性を外的な要因で覆す印象があります。ウインバリアシオンも、松永厩舎での鍛え方のおかげで、長距離戦を戦い抜くスタミナがついたのでしょう。そういった意味でも、ウインバリアシオンやその産駒は、陣営の馬づくりに応える底力があるように感じますね」

「青森県産馬という地理的にも難しいところで種牡馬をしていて、そこからクラシック競走に産駒を送り出すのは本当にすごいことです。やはりクラシックというのは特別なものですから。菊花賞への出走が決まった時はワールドファームの社長からも電話が来ました。『決まったよ! 大変なことになった!』と、大喜びでしたね。菊花賞が近づいて競馬メデイアの取材も増えているようですね。生産者の方が喜んでくれて、我々としても嬉しいです」

『お助けバリちゃん』として、青森の馬産も盛りあげて

「ハヤテノフクノスケには力まないで菊花賞を走ってほしいですね。まだ緩さは残っているようなので、年明けになってさらに良い馬になってくるようなイメージはあります。ウインバリアシオン産駒はゆっくりと成長して、ピークに達してからの息が長いというのが特徴。ハヤテノフクノスケにも、古馬になってからも長く活躍してほしいですね」

グリーングラス以来となる青森県産馬によるクラシック制覇がかかることについて、各方面から期待の声が寄せられる。様々な期待や注目が集まるが、佐々木さんは「まずは出られることが名誉なこと」と力強く話した。

「まだここは通過点ですし、無事に走り切ってほしいという想いが強いです。『あわよくば、ひとつでも上の着順を!』という気持ちで応援します。勝っても負けても、先がある馬です。次に繋がる良いレースにしてほしいですね」

佐々木さんはこれまでに青森県の馬産を盛り上げようと、ウインバリアシオンだけでなくオールブラッシュを青森に連れてくるなど、精力的な活動を続けてきた。今回のハヤテノフクノスケの登場は、その苦労がひとつ実を結んだとも言えるだろう。

「以前は"青森馬"と揶揄されていた時代もありました。そういう偏見をなくしたいですね。菊花賞だったら、競馬ファンであれば必ず出馬表を見ることになります。ぜひ、ウインバリアシオンの名前を見つけて『まさか!』と驚いてほしいですね。そこに競馬の面白さがあると思います」

最後に、佐々木さんはこれからの意気込みを口にした。

「馬産地を大いに助けた名種牡馬・トウショウボーイは『お助けボーイ』と呼ばれていました。ウインバリアシオンも青森の『お助けバリちゃん』と呼ばれるようになってくれれば。青森の『お助けバリちゃん』とともに、これからも良い馬を送り出していきたいですね」

三冠馬オルフェーヴルとのライバル関係で競馬界を大いに盛り上げたウインバリアシオン。

『お助けバリちゃん』として、青森の馬産も盛り上げ続けていくに違いない。

写真:水面、Horse Memorys


ウインバリアシオンが青森県に来た際のエピソードなどが収録された『もうひとつの引退馬伝説』が好評発売中。関係者への取材により28頭の著名馬の引退後にスポットをあてた一冊として、多くの反響が寄せられている。この機会に是非、手に取っていただきたい。

書籍名もうひとつの引退馬伝説~関係者が語るあの馬たちのその後
発売日2024年9月13日
価格定価:1,980円(本体1,800円+税10%)
ページ数A5判/オールカラー/144ページ
全編が関係者取材! 28頭の名馬たちの引退後の素顔を探る。

毎年多くの馬が競走馬としてデビューを飾る一方、多くの馬が競走生活に別れを告げます。

どんなに強い馬でもそれは例外ではなく、競走馬を引退する日は必ずやってきて、次のステージに進んでいきます。

その馬たちは今どうしているのだろうか?

本書ではターフを沸かせた著名馬28頭の余生(セカンドキャリア・サードキャリアなど)にアプローチ。種牡馬や繫殖牝馬として活躍している馬の他、功労馬、乗馬、伝統行事馬になった馬などなど、引退後の様子や素顔、現役時代との違い、亡くなった馬であればその足跡を関係者と共に掘り下げていきます。競走馬の新たな魅力が盛りだくさんかつ、引退競走馬を取り巻く環境や行く末についての問題提起も含んだ競馬ノンフィクション書籍となっています。

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