
■毎週のレースは歳時記である
競馬と過ごす年月を重ねると、毎週のレースが歳時記となり生活サイクルに組み込まれはじめる。子供のころ、七夕やお月見で季節を感じたように、今は競馬新聞に記載されるレース名が、春夏秋冬の移り変わりを知らせる「便り」のようになっている。
「正月は金杯から」で始まる番組プログラムも、G1レースが組まれる前の1月から2月の中旬までは、淡々と流れることが多い。超一流どころも、海外遠征組を除けば、春に向けて英気を養うタイミングだ。
しかし、この時期のレースをステップにして、一気にG1戦線に駆け上がって行く馬たちが多くいるのも事実である。例えば、2024年のブローザホーン。日経新春杯で初重賞制覇を果たすと、勢いそのまま天皇賞(春)を2着。宝塚記念を制して半年後にはG1馬になった。2020年の牝馬三冠馬デアリングタクトも、2月のエルフィンステークスまでは無名の存在。桁違いの迫力でエルフィンステークスを制し、桜花賞の注目馬となっていく。
金杯を含む正月開催が慌ただしく終わると、関東エリアは府中に開催が替わる。2月の府中開催1週目のメインは根岸ステークス。最終週のフェブラリーステークスに向けた前哨戦となるこのレースも、ここをステップにダートの名馬として歴史に名を残した馬、レモンポップがいる。彼は2023年の根岸ステークスで重賞初制覇すると、勢いそのままにフェブラリーステークスを勝ち、秋のチャンピオンズカップにも優勝し、中央ダートG1春秋制覇を果たした。

関西エリアの開催替わりとなる2回京都の第1週は、高松宮記念の前哨戦となるシルクロードステークスがメインとなる。2025年で30回目を迎えるシルクロードステークスで、優勝馬が高松宮記念を制覇したのは2頭。記憶に新しいところでは2018年のファインニードル。前年秋のセントウルステークスで重賞初制覇を果たすと、スプリンターズステークス(12着)を経て、シルクロードステークスを2馬身差で制覇。その勢いで高松宮記念に出走し、桜花賞馬レッツゴードンキをハナ差退けて念願のG1馬となった。
そしてもう1頭は、更に遡ること17年の2001年。シルクロードステークス制覇を皮切りに、その年のスプリント界を席巻したトロットスターである。
■トロットスターという馬
トロットスターは、父ダミスター母カルメンシータ(母父ワイズカウンセラー)。1996年5月11日に浦河町の荻伏三好ファームで生まれた鹿毛の牡馬。
決して華のある血統でも無く、デビュー時から注目された馬でもなかった。4歳(現3歳)1月にダート1200mの新馬戦でデビュー(2着)後は、折り返しの新馬戦で優勝し、主にダート短距離での出走を重ねた。テイエムオペラオー、アドマイヤベガ、ナリタトップロードがしのぎを削ったクラッシック戦線には縁が無く、皐月賞当日の5レースでようやく2勝目をマークした。今の時代はダートのオープン戦がしっかり組まれているが、当時はダートの4歳オープン戦はほぼ皆無。クラスが上がると主戦場のダート戦から芝への転向を余儀なくされる。トロットスターも芝の重賞京都4歳特別(G3)を昇格初戦に選ぶ。ダートの1400m以下で経験を重ねてきたトロットスターには、初の芝コース、2000m、午後のメインレースという3条件はさすがに荷が重すぎた。レースと流れについていくことすら出来ず10着に大敗する。
ところがトロットスターにとっては、芝のレースへ挑戦したことが、後に眠っていた資質を顕著化させることとなる。一息入れて、古馬との混合戦が始まる福島あたりからダートの条件戦で実績を積むという選択肢もあったはずだ。しかし陣営は続戦を選び、4歳限定の重賞中日スポーツ賞4歳ステークス(G3)に出走させる。今度は芝の1200mで、トロットスターは前走とは別馬のような走りを見せた。9番人気と人気は無かったものの、中段に付けたトロットスターは直線で末脚を爆発、好位から逃げ込みを図る3番人気のサイキョウサンデーにハナ差まで迫る。2着惜敗も価値ある2着、賞金を積み上げると共に、短距離なら芝コースでも十分通用することが証明された。

夏を休養に充てたトロットスターは、10月の準オープン戦(福島・みちのくステークス)で古馬陣を差し切り、4歳(現3歳)秋にオープン昇格を果たす。
──トロットスターは、二年間5歳を過ごしている。
2001年度より国際化の一環として、従来は数え年で数えられていた馬齢が満年齢に変更される。移行の狭間で現役生活を送ったトロットスターは、1999年4歳、2000年5歳と過ごし、2001年も5歳の表記でレースに出走している。
二年間過ごした5歳の前半、2000年のトロットスターは、目立った活躍をすることができなかった。シルクロードステークス2着を経て臨んだ高松宮記念は9着に敗れ、初の芝マイル戦、安田記念もなんとか5着入賞。以降マイル戦を選んで出走するも、京王杯オータムH2着、富士ステークス2着と善戦止まりで、物足りないレースが続く。結局、重賞戦線では能力が足らない「その他オープン馬」のポジションから抜け出ないのだろうか?
転機が訪れたのは、2000年の秋が深まった11月、府中のオープン特別オーロカップ。半年ぶりの1200m戦、重賞メンバーより一段落ちるオープン特別に出走したトロットスターは、1番人気に応えて2馬身半差で1年ぶりの勝利を飾る。
そして12月、鞍上に蛯名正義騎手を迎えたCBC賞で、前年のスプリンターズステークス覇者ブラックホークを競り落とし、待望の重賞タイトルを手にした。
ここからトロットスターの快進撃が始まることになる。
■2001年のトロットスターは輝いていた!
始動となったシルクロードステークス。前年はブロードアピールの3F34.5秒の末脚に屈し2着に敗れたレースに、今年は堂々の1番人気で登場した。そしてトロットスターは58キロを背負い、彼の蹄跡で最も「強い」レースをしてみせた。

レースは戦前から東の2頭、トロットスターとタイキトレジャーの一騎打ちムード。3番人気のテネシーガールを大きく離した単勝オッズが、2頭の抜けた強さを物語っている。トロットスターの死角は58キロと右回りくらい。対するタイキトレジャーは、右回りの函館スプリントステークスでの優勝もあり、名門藤沢和雄厩舎の所属。横山典弘騎手を背に、前走トロットスターから0秒5遅れの4着に敗れたGBC賞のリベンジに燃えている。
スタートと同時に外枠の先行馬たちが飛び出す。飛び出したフレンチパッションにテネシーガール、キーゴールドが追いかけ、先頭争いを繰り広げる。タイキとレジャーは3頭の先行馬のすぐ後ろの位置をキープ、トロットスターはその後方の内を進む。4コーナー手前でテネシーガールが先頭に立ち、ダンツキャストが並びかけると、横山典弘騎手の手が動き、前を行く各馬を射程圏内に入れる。
大混戦の直線。テネシーガール目掛けて各馬が横一線に並ぶ。内目に空いたスペースを確保したタイキトレジャーはいつでも先頭に立てる位置。対してトロットスターは、進路を探しているものの前が開かない。団子状態の先頭集団の真ん中から福永騎手のツルマルザムライが先頭に立つのを見てタイキトレジャーがその内からツルマルザムライを瞬時に交わして抜け出す。
完全に抜け出したと思われたその時、タイキトレジャーの外に1頭分くらいのスペースが生まれた。馬群に囲まれていたトロットスターはそこを見逃さず、瞬間移動したかのような脚でタイキトレジャーに並びかけた。後続がどんどん引き離され、二頭の一騎打ちは、難なくトロットスターが先頭に立ち、クビ差抜け出したところがゴール板だった。
最後の直線300mで勝負を決めたトロットスター。「切れ味」というフレーズがピッタリくる末脚を見せて、1200m戦3連勝を飾った。
左回り1200mのトロットスターは、安定感のある強さが有ることはオーロカップ、CBC賞で証明済み。そこにシルクロードステークスで見せた驚異の末脚を繰り出せば、高松宮記念制覇の可能性もかなり高いはずだ。
ブラックホーク、ダイタクヤマトなど、スプリントG1を制覇した馬たちも参戦した高松宮記念。その中で1番人気の支持を得たトロットスターは、道中後方5番手追走。大外をから先頭に立ったブラックホークの更に外から追走し、ゴール前で1/2馬身交わして見せた。
トロットスターは4連勝で念願のスプリントG1のタイトルを手にした。
トロットスターの1200mでの強さは、秋になっても衰えない。スプリンターズステークスは、中段待機から直線内の開いたコースを辿って先頭に立ちそのまま押し切る。
安田記念14着大敗を挟んでの出走となったため、4番人気まで人気を落としたものの、右回りでも1200mならその力は違った。ダイタクヤマト、メジロダーリングの常連組と新興勢力のゼンノエルシドを相手に、シルクロードステークスで見せた、直線300mに末脚を溜めて爆発させるレースで2つ目のスプリントG1を制覇。更にこの年のJRA賞(最優秀短距離馬)にも選出された。

トロットスターが今でも私の記憶に残っているのは、4年間の競走生活の中で2001年の1年間だけ輝いていたからだと思う。シルクロードステークスの「瞬間移動の末脚」を発端としてG1馬となったトロットスター。最後の直線だけに賭けるスプリンターは、どこまでもカッコよく、いつまでも記憶に刻まれている。
6歳になった翌年のシルクロードステークス、高松宮記念も共に1番人気に支持されたものの、6着、5着と既に前年の輝きを失っていた。2001年にその力を全て出し尽くしたのだろうか。その後出走した6戦も掲示板に載ることができず、翌年1月に引退が発表された。
2月上旬の春がまだ遠くにある寒い時期、スタンドでダウンジャケットのチャックを上げ、ポケットに手を突っ込んで観戦していると、ここを起点にG1制覇へ駆け上がって行くスターホースにきっと会えるはずだ。レモンポップもブローザホーンもこの時期に誕生したスターホース。今年を盛り上げるスターホースが、今週登場するかも知れない。
厳寒のパドックで、カメラを構えながら「孵化したばかりのスターホース」を見届けたい。
Photo by I.Natsume
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