[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]福ちゃんの預け先(シーズン1-68)

先に出産したダートムーアよりも先に、スパツィアーレがイチハツ(出産後初めての発情)で種付けに行くことになりました。つい先日、大仕事を終えたばかりなのに、わずか10日後には次の大仕事の準備が始まるのですから繁殖牝馬も楽ではありません。毎年申し訳ないなという気持ちを抱きつつも、スパツィアーレは一昨年、全く受胎しなかった苦い経験がありますので、発情が来たときには積極的に行こうということで慈さんと意見が一致しました。4月22日とやや遅い出産でもあり、もし1回で受胎しなければ、遅くとも6月中に種付けするとすればチャンスは残り2回ぐらい。すでにカウントダウンが始まっています。

ダートムーアにも同じことが当てはまります。今年は4月4日に出産しましたが、ムー子が4日後にダミーフォールを発症してしまったことで、イチハツを飛ばすことになりました。スタリオンまでは馬運車に乗っていきますので、立っているのがやっとのムー子を連れて行くことは難しく、もう少し回復を待つ必要があります。次の発情は5月に入ってからになりそうで、こちらもチャンスは2回といったところでしょうか。

スパツィアーレの配合相手は昨年同様、ホットロッドチャーリーにしました。ちょうどスパツィアーレの25が生まれたその日に社台スタリオンステーションで取材をしたこともありますし、何といっても、生まれた仔馬の動きや体つきを見るにつけて、全体的に長さがあって、しかも軽さも感じさせる良い出来だと思えたからです。これまで5頭しか生産したことがない人間が言うのはおこがましいのですが、僕なりに良い仔が出たと感じたのです。

馬体に幅があって、節々も太く、パワータイプの馬体を誇るスパツィアーレに、体高がある程度高く、馬体が薄くてスピードがありそうなホットロッドチャーリーは好相性ではないでしょうか。であれば、もう一度と考えたのです。もちろん、種付け料が150万円に据え置かれたのもありがたいですね。

直前までマスタリーとどちらにしようか迷っていましたが、売ることを考えると、ホットロッドチャーリーの方が将来的にブレイクしている可能性は高いという判断でもあります。マスタリーは初年度産駒が40頭前後しか誕生しませんので、初年度と2年目の産駒が100頭近くいるホットロッドチャーリーの産駒の方が、スパツィアーレの26がセリに出る頃には走っている確率は高いはずです。社台スタリオンステーションのブランドもあり、かつ配合されている繁殖牝馬のレベルも異なります。マスタリーも種牡馬として成功すると思いますし、種付け料も30万円ほど安い120万円なのですが、あえて今年つける必要はないかなと思えるようになりました。ホットロッドチャーリーが一杯で入れなかった場合の、第2希望としてマスタリーということにしました。

5月1日、「今日無事にスパツィアーレの種付けに行ってきました! 発情はばっちりでしたから、一発で決めてほしいですね。15~16日後に妊娠鑑定して連絡します」と慈さんからLINEが来ました。あくまでも机上の計算にすぎませんが、イチハツで受胎できると、来年の出産予定日は今年よりも少し早まりますから、毎年イチハツで受胎していくと、空胎の年をつくることなく、産駒の生まれを早くしていくことができます。とはいえ、ほとんどの繁殖牝馬は毎年少しずつ出産日が遅れていくように、イチハツで種付けに行って受胎を繰り返すのは簡単ではありません。難産であれば、繁殖牝馬の体力や怪我の回復を待たなければならず、出産後すぐに発情が来ない馬もいますし、今回のダートムーアのように仔馬が種付けに同行できる状態ではない場合もあります。どうしてもという場合は、仔馬を牧場に残して、母馬だけ種付けに行くことも考えられなくはありませんが、生まれて間もない時期に母と子を引き離してしまうと、互いに暴れ回ったりして危険な状況も想定されます。そこまでリスクを冒して種付けに行くよりも、母子共に準備が整ってからの方が現実的です。

5月9日、「明日、ダートムーアの種付けになりました! 最終確認ですが、パールシークレットでよろしいでしょうか?」と慈さんからLINEをもらいました。「はい、パールシークレットで大丈夫です。もし一杯だった場合は、マスタリーでお願いします」と返しました。このLINEの行間には、「本当にパールシークレットを配合して大丈夫ですか? セリで売るのはかなり難しくなりますよ」、「無謀であることは百も承知ですが、シモジュウとの仁義もありますし、何とかなるだろうと楽観的に考えています。さすがに未知すぎるパールシークレットの種付けが混んでいることはないでしょうから、確実に入れるはずです」という僕たちの言葉には出さない、あうんの意味のやりとりが込められています。

ダートムーアも1回で受胎してくれたら、今年とそれほど変わらない誕生日で生まれてくるはずですし、何と言っても、ムー子(ダートムーアの25)が母と一緒に馬運車に乗って種付け場まで行けるまでに回復したことが嬉しい限りです。パールシークレットとの間の仔だって、牡馬に出てくれたら、芝・ダート問わず走ってくれるのではないかと内心期待しているのです。

慈さんが種付けに東奔西走してくれている間に、僕は福ちゃんのこれからを考えていました。前回、碧雲牧場に行ったときにも慈さんと少し話したのですが、7月にセレクションセールが始まると、売れた馬たちは牧場を出て行き、すでに売約済みの馬たちも育成場へと旅立っていくことになります。福ちゃんの放牧地には、マンちゃんとサバちゃん、ミーちゃんが一緒にいて、誰から先に出て行くことになるのかまだ分かりませんが、最後に残されるのはおそらく福ちゃんです。

1頭だけで残ることができれば全く問題ないのですが、馬は集団生活をする動物であり、広い放牧地に1頭だけで生活することが難しいと慈さんは言います。つまり、1頭また1頭といなくなり、最後は2頭になり、福ちゃんと残されたもう1頭の馬が出ていくタイミングで福ちゃんも碧雲牧場にはいられなくなります。早ければ9月、遅くとも10月には、そうした時期が来るのではないかとのことです。

ということは、あと4か月か5か月しか残された時間はありません。その間に福ちゃんをどこの育成場に預かってもらうかを決めなければならないのです。預かってもらえるかも分かりません。福ちゃんが碧雲牧場を出て行かなければならなくなり、行く当てがないでは可哀そうですし、東京の僕の家の屋上で一旦飼うわけにもいきません。ランニングマシンを置きたいという案でさえ家族に大反対を食らったのですから、馬を飼うなんて言ったら、僕が追い出されて預かり先がなくなってしまいます(笑)。これがすでに400kgを超える大きさのあるサラブレッドという動物を扱う難しさです。ペットとは一線を画すのです。

福ちゃんを預ける育成場の条件として、①福ちゃんの日々の様子を動画に収めてくれる、②将来的に競馬場で活躍できるように鍛えてくれる、の2つが挙げられます。僕がずっとお願いしようと考えていたのは、上手獣医師が運営する岩手県遠野にあるマウンテンビューステーブルです。マウンテンビューステーブルは栗東トレセンと同じ勾配の坂路があり、ウッドチップも深いため、馬の肢に優しく、かつしっかりと鍛えることができます。また、上手先生はSNSで発信されているように、息を吸って吐くように動画を撮影することができます。福ちゃんの動画をお願いすれば、快く撮影してくれるでしょう。ただ、上手先生も一人何役もこなして走り回っている方だけに、余計な仕事を増やしてしまうのも申し訳ありませんし、福ちゃんだけを特別扱いして撮影するわけにはいかないでしょう。そう考えると、現場にいる人たちにお願いしっぱなしではなく、僕自身も撮影に行ける態勢が理想的だと思うのです。岩手県の遠野は行くだけで大変ですし、気軽に撮影というわけにはいきません。福ちゃんのお姉さんも浦河にいるから、(特に車を運転できない僕にとって)会いに行くのが難しいのです。

①の条件を満たすためには、碧雲牧場に近い日高周辺にある育成場の方が良いのではないかという結論に至りました。碧雲牧場を訪れたついでに福ちゃんの育成風景を撮影に行けたら一石二鳥。1歳の10月から、競馬場でデビューするまでの短ければ半年、長ければ1年ぐらいの期間ですから、何らかの用事をつくって北海道に行けば良いのです。

そこで思いついたのが、育成牧場エクワインレーシングです。代表を務める瀬瀬賢獣医師はXでも積極的に発信をされており、その存在はかなり前から知っていましたし、リアルダービースタリオンでシュシュブリーズの子どもたち(クールフォルテやモーメントキャッチなど)が育成された牧場でも有名です。かつて福ちゃんのことで相談しに株式会社ドワンゴに行った際にも瀬瀬代表の名前が挙がり、僕の記憶が定かであれば、「小眼球症の馬が中央競馬でも競走馬になれるべきと活動をした人」という認識です。エクワインレーシングは碧雲牧場のすぐ近くにあり、僕たちが良く行く鵡川のラーメン屋「寶龍」でも親子で食べている姿をお見かけしたことがあるぐらいのご近所さんです。まさに福ちゃんを育ててもらうにうってつけの人であり場所ではないですか。

(次回へ続く→)

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