
新年最初の重賞レース、中山金杯。レイデオロ産駒の牡馬カラマティアノスと、1番人気のアンゴラブラックとのハナ差の接戦で、2026年の中央競馬はスタートした。ウイナーズサークルで満面の笑みを浮かべるカラマティアノス騎乗の津村騎手を見ながら、1年前の中山金杯を思い出していた。
「そういえば、去年の中山金杯を制したのはアルナシームだった…」
直線で4番人気のアルナシームが抜け出し、ゴールイン後藤岡佑介騎手が左手を大きく上げたシーンを、私はテレビで見ていた。検量室前に帰って来る笑顔の藤岡佑介騎手と、ひょうひょうとした表情のアルナシーム。さらにアルナシームを囲む人たちの笑顔…。
9連休の年末年始休暇の最終日で、翌日から始まる平常モードがチラつき、現地観戦を断念したことを後悔した。
「アルナシームが勝つなら、中山へ行くべきだったなぁ」
藤岡佑介騎手の勝利インタビューを聞きながら、私はテレビの前で、子供のように喜んでいるであろう友人のことを思い浮かべていた。
帯広在住の友人がアルナシームに一口出資していたことで、私もアルナシームのことが気になる存在となり、彼の蹄跡を追い続けた。アルナシームが駆け抜けた28戦は、多分、出資者の友人より私の方が現地で観戦したことが多かったはずだ。パドックで、返し馬で、アルナシームの姿をカメラ越しに追いながら、毎回祈るような気持ちでレースを見守った。

競馬を見ていると、ときどき「勝つから好き」でも「強いから好き」でもない馬に出会う。
私にとってのアルナシームは、まさにその代表だった。パドックの周回からソワソワして、返し馬で気持ちが昂ぶって、レースでは気性と才能が綱引きをしているような走りをする。
その全部が、なぜか目を離せない存在だった。
「今日は平常心だろうか?まずは無事に走り切ってくれたらそれでいい」
勝ち負けよりも、まず“無事”を願う馬なんて、そういない。でもアルナシームは、私にとっても、出資者の友人にとっても、そういう存在になっていた。
■東スポ杯2歳Sでの「気まぐれ」と、朝日杯FSでの「激走」
7月の函館での新馬戦。武豊騎手を背に、2馬身差で勝ち上がったアルナシームは、モーリス産駒の注目馬として各メディアで取り上げられた。マイル~2000mなら、かなりの活躍が見込める…出資者の友人が送ってくれる近況情報で、アルナシームの動向は手に取るように把握できた。
4か月後の東スポ杯2歳ステークスが、アルナシームの2戦目として選ばれた。2歳馬の登竜門重賞に出走するなんて凄いこと。帯広から遠征してきた友人と共に、パドックの最前列に陣取って、アルナシームとの初対面を待った。

しかし期待とは裏腹、パドックに登場したアルナシームは、自由奔放なやんちゃ坊主そのものだった。パドックの周回そのものが分かっていないのだろうか。突然立ち止まったり、嘶いたり、立ち上がろうとしたり…。「大丈夫だよ、ゆっくりでいいよ」と、思わず声をかけたくなる周回だった。それでも、同じパドック内で堂々と周回するイクイノックスには目もくれず、私たちはひたすらアルナシームの姿を追っていた。

ゲートが開くとアルナシームはダッシュつかず最後方。ところが突然スイッチが入ったように外から捲り始め、あっという間に先頭集団に取りつく。イクイノックスが最内を軽快に進む中、アルナシームは3コーナー手前で先頭に並びかける。武豊騎手が手綱を抱えるように抑えているにも関わらず、4コーナーを回ると先頭に躍り出る。私たちは『超高額の単勝馬券』を握りしめて待っている、ゴール前のスタンドに向かって、3馬身以上の差をつけたアルナシームが近づいてくる。
「来た! アルナシームの力は本物だ!」
しかし、夢の時間は、ほんの一瞬だった。
外からイクイノックスとアサヒが迫って来ると、気持ちが削がれたようになり、アルナシームは馬群に沈んでいく。私たちは口を開けたまま、アルナシームを飲み込んだ馬群を見送ることしかできなかった。

東スポ杯2歳ステークス惨敗でも、アルナシームは期待されていた──。
次に選んだレースは、2歳GⅠ・朝日杯フューチュリティステークス。
久々をひと叩きされて、変わり身に期待されたアルナシームだったが、パドックでは相変わらず昂ぶる様子を見せている。返し馬も落ち着かない様子で本馬場に入り、ゲートが開くと再びの出遅れ…。
しかし、今回は前走とは違った。4コーナーで内に潜り込むと、直線で一瞬だけ見せる天才の煌めき。セリフォスに並びかけたところで気持ちが逸れてしまうが、それでも最後まで脚を伸ばそうとする姿に、アルナシームの成長が見られる。結果はドウデュースから0秒5差の4着。スタンドで見ていて安堵感に満たされたのは、私だけではなかったはずだ。

■引き出されたアルナシームの素質
3歳になり、スプリングステークスに出走したアルナシームは7着に敗れる。春のクラッシックへのチャレンジを断念するが、ここから一段一段、勝ち鞍を積み上げて、4歳春には3勝クラスを卒業し、オープンクラスに昇格した。
武豊騎手から始まって、池添謙一、福永祐一、坂井瑠星、鮫島克駿、横山和生。それぞれの騎手たちがアルナシームの「素質の引き出し」を増やしていく。そして鞍上が横山典弘騎手にバトンタッチされた時、アルナシームの素質が開花した。

2024年、夏。5歳になったアルナシームは、中京記念で待望の重賞初制覇を果たす。変則開催のため、小倉競馬場の1800mで実施された中京記念に、友人は口取り抽選に当選した出資者として、帯広から現地観戦に向かっていた。
私はテレビ中継のパドック周回画面で、最前列にいるであろう友人の姿を探しながらアルナシームの様子を伺う。猛暑の中、暑さにへこたれず周回を続けるアルナシーム。落ち着いている…。5番人気の低評価でもデキは良さそうに映っている。
レースはテーオーシリウスとセルバーグが競り合う展開になり、1000m通過が57秒4と早いラップを刻む。横山典弘騎手が、アルナシームを中団の内で落ち着かせている。
そして、直線。いつの間にか先頭集団に取り付いているアルナシームが、残り200mで先頭に躍り出る。ゴール前、内から伸びてくるエピファニーとの一騎打ちとなり、クビ差凌いでアルナシームが先頭ゴールを果たした。彼の白い流星が、先頭でゴール板を通過した瞬間、ようやく“才能の正体”を世間に知らしめることができた。
翌日の週刊Gallopに掲載された中京記念のゴール写真、ページの右上で小さく掲載された口取り写真に、友人の顔があった。誇らしげな白い鼻面のアルナシームと笑顔の横山典弘騎手、そして友人の満足感溢れた姿…。それは、素敵な夏競馬の1シーンだった。
中京記念制覇でステークスウイナーとなったアルナシームは、鞍上に藤岡佑介騎手を迎え、重賞レースを中心に転戦する。6歳初頭の中山金杯を勝った後は2000mを中心にレース選択され、秋には2400mの京都大賞典にも出走した。

このころ、SNSの世界でアルナシームは人気者になっていく。担当の五十嵐公司助手が立ち上げたX(旧Twitter)、「アルしゃん(アカウント名)」でアルナシームの姿を発信すると、日を追うごとにフォロワーが増加。1.6万のフォロワーたちが、投稿されるアルナシームの写真や動画に反応していた。
■弾けて消えたアルナシームの“夢”、そして引退…
アルナシームが、有馬記念に挑戦する──。
京都大賞典後、発表されたスケジュールが有馬記念を目指すというもの。有馬記念出走がXにポストされると、瞬く間に“いいね”が急増、リポストは4桁になった。
みんなが楽しみにしていた、念願の有馬記念出走。しかし、藤岡佑介騎手とのコンビで暮れのグランプリを目指す夢は、11月中旬に途絶えてしまう…。
「アルナシーム、右前脚の種子骨靱帯炎を発症」
突然のニュースに誰もがショックを受け、同時にケガの重篤さから、心の中で引退を覚悟する。そして、翌日には、「アルナシーム引退」のニュースが流れた。
引退の知らせを聞いたとき、私を含め多くのファンがまず思ったのは、「寂しい」よりも「無事でいてくれてありがとう」だったのではないだろうか。正直、寂しさは半端ない。でも同時に、「よく頑張ったね」という気持ちが自然と湧いたはずだ。彼がターフを去ることは確かに切ないけれど、無事に現役を引退できるなら、それが一番の幸せだと思うことにした。
“アルしゃん”にポストされた引退報告のコメントは、「深い愛に包まれてのハッピーリタイア」で締められている。それに対し多くのフォロワーたちが、感謝のコメントを返していた。
「よく頑張ったね」と言いたくなる馬。
アルナシームの存在は、レースを見る楽しさを思い出させてくれたし、“勝つことだけが価値じゃない”という当たり前のことを、改めて教えてくれた馬である。

■アルナシームの引退に寄せる、ひとりのファンの備忘録
競馬には、数字では測れない魅力がある。アルナシームは、その象徴のような馬だった。
競走馬は完璧じゃなくてもいい。むしろ完璧じゃないからこそ応援したくなる馬もいる。それがアルナシームの魅力であり、これからも“愛された馬”として、語り継がれていくはずだ。
この先、彼の名前を目にするたびに、パドックでのソワソワした姿や、直線で一瞬だけ見せるあのときめきや、レース後に無事な姿を確認して安堵した、あの瞬間を思い出すだろう。そしてきっと、少しだけ優しい気持ちになれる…。
それが、誰からも愛された馬“アルしゃん”こと、アルナシームなのだ。

Photo by I.Natsume
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