駆け続けた時間の先で - マカヒキ

あの年のダービーのことを、今もよく覚えている。

直線。エアスピネルをサトノダイヤモンドがねじ伏せる。その外からディーマジェスティ、馬群を割ってリオンディーズ。そして激闘の真ん中を切り裂き、一頭の鹿毛馬が弾けるように飛び出した。

勝者、マカヒキ。勝ち時計2分24秒0、上がり33.3秒。新緑の府中で放たれた極上の末脚に、眩しい未来を予感した。空前のハイレベルと言われた世代の頂点。この馬は一体どこまで強くなるのだろう。胸が高鳴った。

秋にはフランスへ渡りニエル賞を制覇。あの頃のマカヒキの前には、無限の未来が広がっていた。世界を制する未来。ライバルと名勝負を紡ぐ未来。そして大種牡馬である父を継ぐ未来──。

けれど、競馬、そして人生は思い描いた通りには進まない。

凱旋門賞は14着。帰国後、マカヒキは勝てなくなった。

GⅠで掲示板に載ることはあっても、あの輝きには届かない。あんなに強かったのに、どうしてしまったのだろう。そんな思いを抱かせる走りが続いた。数多の名手が手綱を取っても復活の扉は開かず、年齢を重ねるにつれて、マカヒキの名は競馬新聞の隅へと溶け込んでいった。同期のライバルたちが次々とターフを去り、その仔たちが走り始めても、マカヒキはまだ走っていた。

彼を見るたび、胸の奥で小さな祈りが宿った。

──どうか、もう一度だけ。

2021年10月10日。阪神競馬場、第56回京都大賞典。

彼は8歳になっていた。印の寂しい馬柱。それでも走れる身体があり、走る気概があり、走る場所があった。

その背には藤岡康太騎手がいた。友道厩舎を支える一人として追い切りからマカヒキと向き合い、苦しい時期も共に歩んできた。託されたその手綱に、きっと願いを込めていた。

ゲートが開く。ベレヌスが逃げ、キセキが続く。マカヒキは気合をつけて中団へ。促しながら追走するその姿は、決して余裕があるようには見えない。それでも23戦の記憶を刻んだ身体を必死に伸ばし、この一戦に向き合っている。

直線。先頭に立ったキセキをアリストテレスが追う。その背後から、内から外へと進路を切り返してマカヒキが迫る。藤岡康騎手のアクションに応え、懸命に脚を伸ばす。

キセキ、アリストテレス、そしてマカヒキ。2400m近くを走ってきた脚が仁川の坂で重くなる。誰もが苦しい。坂を駆け上がり、最後はもつれるようにゴールへ飛び込んだ。

誰が先にゴールしたのか分からなかった。直後、画面に映ったのは、藤岡康騎手がマカヒキの首筋を叩く姿だった。

勝った。

マカヒキが、勝った。5年ぶりに。

走破時計2分24秒5、上がり35.9秒。極上の切れ味で頂点を極めたあのダービーとはまるで違う。3歳のマカヒキが戻ったわけではない。悩み、もがき、それでも一歩ずつ前へ脚を伸ばし続けた8歳のマカヒキが掴み取った勝利だった。

「報われて、本当に良かった」

大きな祝福を浴びるマカヒキの姿に、胸がいっぱいになった。

ダービーを勝ち、そのまま王道を歩んで伝説となった馬はたくさんいる。けれど、頂点を極めたあとにこれほど長く歩み続け、その末にもう一度歓喜の輪の中心に立ったダービー馬を、私はほかに知らない。

もしフランスへ行かなければ。もし早くに種牡馬になっていれば。違う未来はあったかもしれない。けれど彼が歩いてきたのは、この険しくて、愛おしい道だった。一歩ずつ歩き続けたからこそ出会えた景色が、そこにはあった。

2026年、マカヒキの時間を受け継ぐ仔たちが、新たな物語を紡ぎ始めている。同期のライバルたちから大きく遅れて始まった、種牡馬としての第二の人生。その歩みもまた、決して平坦ではないだろう。

思い描いた未来じゃなくたっていい。遠回りした道には、そこでしか出会えない景色がある。

あの秋、8歳のマカヒキが教えてくれたように。

写真:Horse Memorys、はねひろ(@hanehiro_deep)

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