[対談・治郎丸敬之×緒方きしん]片目のサラブレッド・福ちゃん初勝利と未来を語る

福ちゃんことドコフクカゼのオーナー治郎丸敬之さんと、ウマフリ代表の競馬ライター・緒方きしんによる対談企画。

今回はドコフクカゼが挙げた初勝利について取り上げていく。

デビューできたこと自体が大きな出来事だった福ちゃんにとって、「勝つ」ということにはどのような意味があったのか。待望の初勝利となった一日を、2人に振り返ってもらった。

 ■増加する福ちゃん応援団!

緒方:改めて福ちゃん(ドコフクカゼ)、初勝利おめでとうございました! いやぁ、強かったですね! 前走でもかなり見せ場を作っていたことも含めて、今回はレース前から「良い走りをしてくれるんじゃないか」という手応えがあったんじゃないでしょうか。

治郎丸:ありがとうございます。もともとはデビュー戦のあと、8月は中2週になるから一度飛ばして、少し楽をさせて、次の9月開催に向かおうかという話だったんだよ。でも、今回のレースの登録時点のメンバーを見たら、8割くらいの仕上げで臨んでも勝ち負けになりそうですと長友調教師から提案されてね。もちろん何か問題があれば使うつもりはなかったし、やや急仕上げではあったけど、まずは勝ちに行こうということになった。ただ、あまり自分としては「勝てる」とは言わないようにしていた。普通に回ってくること自体が難しいのが競馬だからね。

緒方:たしかに、競馬は何が起きるかわかりませんからね。生き物だからこその難しさがたくさんあります。

治郎丸:そう。それにサラブレッドって、明日どうなるか分からないところがあるじゃない。怪我をするかもしれないし、病気になるかもしれない。そういうこともあるから、「次は絶対勝てる」とか、あまり先のことばかり考えるのも違うなと思っているんだよね。だからレースを迎えるまでは「まずは無事に回ってきてくれれば」と言っていた。

緒方:まずは無事が一番ですからね。さて、レースに向けての取り組みだと、デビュー戦後は馬体重のことも考えて、飼葉の量を増やしていたそうですね。2戦目はプラス体重で走らせたかったということでしょうか。

治郎丸:初出走の時は461キロだったんだけど、僕が思っていたより少し減って出てきたんだよ。福ちゃんの骨格やフレームから考えると、もう少し体重があってもいいんじゃないかと思っていた。普段の調教をしてくれている志村さんは474キロが理想的と言うので、その付近を目指して作っていこう、ということになった。ただ体重だけ増やしても意味がないので、飼葉を増やしながら運動もさせていたよ。最終的には469キロでの出走だったけど、減って出てくるよりは全然良かったし、その辺りはうまくいったと思う。

緒方:当日はデビュー戦に続いて、オレンジ色のタオルを持ったファンの方が本当にたくさん来ていました。今回は新馬戦のようにパドックで固まっていたわけではなく、どちらかというと競馬場のいろいろな場所に散らばっていたように見えました。

治郎丸:あの日、ものすごく暑かったじゃない。だからみんな日陰に避難していたっていうのも、いろんなところに散らばっていたのに関係はあると思う。でも本当、ありがたかったね。デビュー戦は「一生に一度だから」ということで来てくださった人も多かったから、やっぱり2戦目になって誰も来なくなったらどうしようと思っていた。それに発走時間は水曜日の15時15分で、新馬戦の時以上に時間が早いうえに平日の真昼間でしょ?なかなか集まりにくい時間なはずなのに、それでも初戦と変わらないか、それ以上にたくさんの人が来てくださっていた。感謝しかないです。

緒方:まだ2戦目ですが、走るたびに新しいファンの方も増えているのかなという感じもします。僕も当日、大阪から来たという方が、「このオレンジのタオルはどこで買えるの?」と周りの方に聞いているのを見ました。デビュー戦のあと、SNSなどで大々的に取り上げられたこともあって、どんどん知名度が増していると思います。

治郎丸:実は、新しいタオルを3枚競馬場に持っていったんだよ。事前に「レースに持って行きたいけど通販だと間に合わない」という人がいたから1枚渡す必要があったんだけど、それに加えて、なんとなく当日欲しい人もいるかもしれないと思って、予備で2枚。そしたら本当にちょうど2人から「売ってもらえませんか」って言われて、ぴったり売れた(笑)

緒方:競馬場内に福ちゃんグッズの販売スペースを申請してください(笑)

治郎丸:関係者のなかには、僕があれを入口とかでみんなに無料で配っていると思っている人もいたらしい。そんなお金持ちじゃないよ(笑) でもレース当日に欲しいという声はもちろん、元々購入している方たちがタオルを持って競馬場まで来てくれる、そういう環境になっているのは嬉しいなと思ったよ。

緒方:そんなファンの皆さんが見守るなかでパドックに登場した福ちゃんですが、すごく落ち着いていましたよね。一度競馬を経験していますが、悪い影響はなかったように見受けられました。

治郎丸:そうなんだよね。新馬戦って馬にとっては何が起きたのか分からないまま終わることも多いから、「幼稚園の運動会みたいなもの」って表現することがあるんだけど、2戦目になると前回走った記憶が馬にもあるから「競馬場に来たらこのあと苦しいことをするんだ」って分かってくる。だからこのあたりは、競走馬にとってレースを嫌がらなくなるかどうかの分岐点だと思う。でも福ちゃんは落ち着いて普通に歩いていた。2年半ずっと見てきたけど、「もしかすると、これが福ちゃんの本当の性格なのかな」って、良い意味で驚いたくらいだよ。

緒方:もしかしたら、ものすごい大物なのかもしれません。

治郎丸:それか、まだ競馬が何なのか分かっていないくらい鈍いタイプなのかもしれない(笑) 7戦目くらいで急に「私、毎回パドックを歩いたあとに一生懸命走らされるじゃん!」って気付く可能性もありそうだよ。それくらい鈍くてもいいんだけどね(笑)

 ■デビュー戦とは違った緊張に、人生初の囲み取材。美談では終わらせたくない福ちゃんの走り

緒方:レースですが、期待通り…いや、それ以上の強さでしたね。

治郎丸:デビュー戦よりはちゃんと競馬の形になったよね。タイム自体はそこまで変わらなかったけど、普通に回って、そして勝ったのが一番良かった。

緒方:今回はちょっと、見ていた自分の方の感情も面白くて。デビュー戦は、もう、福ちゃんが走っているだけで涙、涙という状況で、感動しっぱなしでした。でも今回は途中から「このまま勝ってくれないと困る! ここまで来たら勝て!」って、完全に目がギラギラしていました。直線、一気に抜け出した後も、ゴールするまではハラハラの方が強かったですし、決勝線を通過して、少し経ってからようやく感動が追いついてきました。

治郎丸:実はね、僕もちょっと心配したところはあったよ。4コーナーで手応えが悪くなったように見えたから。「あれ? やっぱり8割の出来だから、ちょっと甘かったかな」と一瞬思った。でも、単純にコーナーを回るのが下手なだけで、直線に向いてからはしっかり突き放してくれたし、よく伸びたよね。まだ荒削りなところはたくさんあるけど、これからが楽しみだと思う。

緒方:治郎丸さんも、流石に最後は目が「勝ってくれ!」と言っていましたね。このまま強くなってくれれば、その先には重賞──なんて夢も現実的になってくるのではないでしょうか。願わくは、来年の関東オークスで見たいですね。気が早いですが。

治郎丸:姉のルリモハリモよりスケール感もあるから、おそらく来年の今頃にはもっと強くなっていると思う。だから今は無理をさせずに進めたいね。緒方さんの言う通り、重賞を目指せたら良いな、と考えているよ。ただ、関東オークスは中央馬も出てくるから、かなり厳しい戦いになるけどね。右回りでコースも広い、大井の東京プリンセス賞とかを目標にできたら面白いかな。もちろん、南関東の牝馬三冠では初戦にあたる浦和の桜花賞も良いかなと思ったけど、福ちゃん、あんな小回りは回れずにたぶんどこかにぶっ飛んでいくと思う(笑)

緒方:初勝利のあとには、治郎丸さんも「人生初」となる囲み取材を受けていました。

治郎丸:初めての囲み取材が謝罪会見なんてことにならなくて良かったよ。一歩間違えたらそっちの可能性も全然あっただろうから。

緒方:いや、普通は百歩くらい間違えないとそうはならないです(笑) そのあとの口取り写真でも、後ろに福ちゃんを応援していたファンの皆さんが写っていたり、志村さんがオレンジ色の応援タオルを優勝レイみたいに福ちゃんの背中にかけて歩いてくれたりと、印象的な出来事が多かったです。

治郎丸:あれはすごく良い写真だった。できることなら全員に入ってもらいたかったくらいなんだけど、さすがに収拾がつかなくなっちゃうからね。だから今回は関係者だけで撮ったけど、背景に応援してくださっていた人たちがたくさん写っていて、福ちゃんらしい口取り写真になったと思う。タオルも本当、天才的な演出だったよ。GⅠの後のウイニングウォークみたいになって、皆さんが拍手してくれるいい光景だったよね。

緒方:僕はもう、その頃にはギラギラした勝負モードを通り越して、完全に感動モードでした。そういった出来事が起こることも含めて、やはり、今回の初勝利には大きな意味があると改めて感じさせられましたが、治郎丸さん的にもそこは同じ思いでしょうか。

治郎丸:すごく価値がある勝利だと思ってる。片目にハンディを抱えて生まれた福ちゃんを、競走馬としてデビューさせるというのは、前回も話したようにそれだけで一つの大きな物語ではあると思うんだよ。でもデビューするだけだったら「いい話だったね」というだけで終わってしまう可能性もある。「結局勝てなかったじゃないか」と言う人は絶対にいると思うんだよね。

緒方:競馬である以上、「勝てるのか」「競走能力があるのか」という部分からは逃れられないですからね。サラブレッドは経済動物でもありますから、賞金を稼ぐ資質は間違いなく求められるので、好走する、そして勝つということは大事です。

治郎丸:そう。だからやっぱり勝たなくちゃいけない。普通の競走馬としてほかの馬たちと一緒に走って、勝ったり負けたりしながら実績を作っていくというスタートラインに立てたことが、すごく大きかったと思う。少なくとも今回出走した馬たちの中では、ドコフクカゼが一番速くゴールまで走った。それに関しては間違いなく証明できたよ。

緒方:デビューできたということだけではなくなりましたからね。デビューして終わりではなく「ちゃんと、勝てるんだぞ」と。これからさらに競走能力を証明して、もしかしたら重賞なんかも勝利して…そして競走馬を終えたらいつか繁殖に上がって、その能力を子どもたちにつないでいく、という壮大な夢に向かうための大事な一歩を踏み出したと思います。

治郎丸:僕はそこまで行って初めて、本当に「普通のサラブレッド」として認めてもらえるんじゃないかなと思っている。「ハンディのある馬を大切に育てました」という美談だけでは絶対に長続きしない。でも「こういう馬でも普通に走れる。勝てる。賞金を稼げる」と分かれば、馬主だって「ちょっと先天的に劣る部分はあるけど、素質がありそうだから買おう」と思うかもしれないし、生産者にとっても選択肢が変わるかもしれない。そういう意味では、未来の馬たちに対する活路を開いた勝利だったかもしれないね。

緒方:この1勝から、より大きな舞台に飛躍していく可能性もありますし、その先にはお母さんになる未来も待っています。福ちゃんはまだ2歳ですから、無限大の夢を持っているということを、改めて感じさせられました! ますます、これからに期待です。

治郎丸:そうだね。これからもまだまだ、福ちゃんは楽しみな物語を紡いでいってくれると思うから、引き続き応援、よろしくお願いします!


今回、福ちゃんはほかの競走馬たちと同じ舞台に立ち、先頭でゴール板を駆け抜けた。それは福ちゃん自身の競走能力を示した1勝であると同時に、自身に何らかのハンディを持って生まれてくる馬たちの未来にも、わずかながら新しい可能性を示した1勝なのかもしれない。

もちろん、まだ物語は始まったばかりだ。まずは無事に次走へ、そして、いつの日か重賞へ。デビュー戦で起きた「革命」の続きを、福ちゃんは自らの走りで少しずつ描き始めている。

Photo by Asano

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