2月の府中で願った「波乱」~願いは叶わなくとも、忘れられない馬〜

2020年の牡馬クラシック三冠を無敗で制したのはコントレイル。
その父ディープインパクトも無敗で三冠達成を成し遂げたのは2005年──コントレイルの偉業達成から15年ほど時を遡る。

この年の大相撲は横綱の朝青龍が年6場所全てで優勝。84勝という年間勝利数は断トツの数字だった。
さらに政治の世界では小泉純一郎氏が率いる自民党が衆議院選挙で圧勝。

後から振り返ると、いたるところで「本命決着」が繰り広げられていた年だったのかもしれない。

強いと思われていた本命同士の決着は「競馬を観る」という観点で考えれば見応えもあるし、迫力あるレースになることが多い。けれど、競馬のもう1つの顔である「ギャンブル」という側面から考えると、やはり一攫千金を期待してしまう部分がある。

この当時から私の馬券スタイルは「穴狙い」で、大本命・ディープインパクトにも真っ向から勝負を挑んでいた。
年明けの若駒ステークスを驚異的な末脚で勝利したことは知っていたけれど、まさかそのまま無敗でクラシック路線を走り切るとはつゆ知らず、三冠レースを“私と共に戦ってくれる”イキの良い穴馬を皐月賞までに探さなければ、と意気込んでいたのだ。


2月に行われる共同通信杯は、クラシックレースへ直結するレースのひとつと位置付けられている。
特にダービーを意識する関西馬には東京競馬場を経験させられるチャンスとあって、素質馬が参戦することが多いレースだ。
しかし、この2005年の共同通信杯で上位人気に推されたのは、関東馬だった。

人気を集めていたのは、アドマイヤベガ産駒のストーミーカフェ。
デビュー戦こそ2番手からのレースだったが、それ以降はスピードを活かしてハナに立つレースを続けていた。札幌2歳ステークスで逃げ切り勝ちの後は、休養を挟んで当時は中山で開催されていた朝日杯に出走。マイネルレコルトには先着を許したものの、猛然と追い込んできたペールギュントは凌いで2着を確保したという実績を持つ。
もともと私は上位人気馬を「疑ってかかる」ことから予想を始めるタイプの人間なのだが、この時も同様だった。明け3歳馬が厳冬期に58キロを背負うのは『酷量』であり、付け入る隙はあると考えていたのだ。そこで私は、思い切って無印とした。

その一方で、過去の戦績や当日のパドックを見て「ぜひ買いたい」と思った馬がいた。

ダイワアプセット。

柴田善臣騎手が乗る、5番人気の馬だった。
冠名の下につけられた「upset」は番狂わせや波乱といった意味を持つ英単語。このレースで好走をすれば、この年の牡馬クラシック路線ではこの馬を追いかけ続けることも考えていた。
ここまで5戦2勝という戦績だったのだが、その2勝とも「1番人気での勝利」という点は、彼の名前の由来を考えると、ある意味物足りない内容だ。名は体を表すのか、表さないのか──。
私はこの先の大レースでその名前の通り、波乱を巻き起こしてくれるものと考えていた。
まずはG3の共同通信杯で軽い波乱を起こしてもらおうと、私はダイワアプセット1着固定の馬単と単勝を購入。
そして、レースのファンファーレが鳴った。

スタートで、ニシノドコマデモはタイミングが合わず、最後方からのレースとなった。
対照的に1番人気のストーミーカフェがハナに立つ。四位騎手とはデビュー以来、5戦連続のコンビ。58キロの斤量でも逃げ脚は軽快だった。
若駒ステークスでディープインパクトの2着だったケイアイヘネシーが2番手。そして掛かり気味にモエレフェニックスが追走する展開。そこから馬群が開いてジュニアカップ勝ちのロードマジェスティが単騎の4番手。ダイワアプセットはその後ろの内ラチ沿いの5番手で脚を溜めていた。
1000mの通過は60秒ちょうど。
ストーミーカフェは絡まれることもなく、自分のペースに持ち込んで4コーナーを回って直線コースへ。
9頭立てということもあり、密集することもなくダイワアプセットは少しだけ外目に持ち出して追い出しにかかる。前を捕らえようと懸命に伸びるがストーミーカフェにも余力はある。

「ヨシトミ! 差せ! 差せ!!」

スタンドで大声で叫んだものの、その差は縮まらずコンマ4秒差の2着でゴール。
勝ち馬ストーミーカフェには離されたものの、重賞2着なので本賞金を加算し皐月賞の出走は「ほぼ当確」だと決めつけていた。

“エルコンドルパサー産駒なのでダービーの2400m戦だって楽しめるかもしれない”
“少なくとも皐月賞では重い印を打ちたい”

などと考えていた私だったのだが……。

ダイワアプセットは、右第1指骨複骨折で予後不良。

レースが終わり、地下馬道から引き上げていく際に異状を感じすぐに診察されたのだが、最悪の結果となってしまった。

ダイワアプセットは、いつかどこかでディープインパクトを負かして、名は体を表す「波乱」を演出してくれるだろうという私の願望は、叶うことはなかった。


結局この2005年の牡馬クラシック三冠で私は

皐月賞:マイネルレコルト。
ダービー:ダンツキッチョウ。
菊花賞:シャドウゲイト。

これらの馬に、私は「◎」を打った。
「打倒、ディープインパクト」の夢を託したものの、見事に返り討ちに遭い、馬券は散々な結果に終わったのである。

もちろんダイワアプセットが無事だったとしても、変わらずディープインパクトは無敗で三冠を成し遂げていたかもしれないが、ほんの一瞬の短い時間だったけれど「ダイワアプセットに夢を託そうとした」ことは今でも忘れられない。

2005年の共同通信杯を勝ったストーミーカフェも、このレース後に故障を発症してしまい、その後は古馬になっても苦戦を強いられるレースが続いた。結果としてこの共同通信杯が生涯で最後の勝ち星となった。ダイワアプセットしかり、「もし無事だったら……」ということを考えてしまうのは、それだけ期待をしていた裏返しなのかもしれない。

そして私は相も変わらず、本命馬を脅かす存在になりそうな馬を、今も探している。
ダイワアプセットのような「波乱」を期待させてくれるような穴馬を、また見つけるために。

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