重賞未勝利のその馬は、明け4歳の浅いキャリアながら2番人気の支持を集めていた。

──伝説は、いつも始まりがある。


2006年の12月24日。

三冠馬ディープインパクトが有馬記念で引退。
中山競馬場の舞台を最後に、その完全無欠な馬は堂々とターフを去った。

競馬界は、競馬ファン、その跡を継ぐスターの登場を熱望した。
玉座はいつまでも空席にはしていられない。

その年末、2歳馬ではウオッカ・ダイワスカーレットといった素質馬が頭角を現しつつあった。
3歳馬は二冠馬メイショウサムソンや香港Cで2着のアドマイヤムーンらが、古馬勢はダイワメジャーやポップロック・デルタブルースにコスモバルクといった古豪が、どの馬も空席となったスターの座を虎視眈々と狙っていた。

そんななか、有馬記念前日の12月23日。中山競馬場メインレース・クリスマスCで1頭の3歳馬が勝利をあげてオープン入りを果たしていた。

──そして、年が明けた。


曇り空のもとに集まった10頭。

1番人気に推されたインティライミはダービーでディープインパクトの2着という実力馬。
明け5歳となり、馬体はピカピカに磨き上げられていた。前走中日新聞杯ではトーホウアランの前に2着と敗れたものの、1番人気となった今回は負けられない。3歳春の京都新聞杯以来の重賞勝利を目指す。

2番人気は4歳馬のマツリダゴッホ。
これまで重賞では最高着順が4着という未知数な存在。

ただ、昨年末に休み明けを馬体重12キロ増で登場したあたりから、身体に実が入ってきていた。いよいよ本格化、といった声も聞こえてくる。まだ実績は寂しくうつるものの、その将来性を高く評価されての2番人気だった。

3番人気も4歳馬で、ジャリスコライト。
2歳時には朝日FSで1番人気に支持されたほどの素質馬で、ダービー14着以来久々の実戦となる。10キロ増での復帰となったが、決して重すぎるようには映らず、勝負できる体勢は整っているように見えた。

そのほか、毎日杯でアドマイヤメインの2着だったインテレットや前年のAJCCで2着のフサイチウステル、新潟大賞典勝ち馬のエアセレソンなどが顔を揃えた。


スタートが切られるが、インテレットが1頭出遅れる。

好スタートはインティライミ……このまま逃げて、得意の展開に持ち込めるか。行く気は満々のようだ。大外のエアセレソンは難しいところを見せて、他馬とかなり離れた外側でレースを進める。

そのままインティライミがレースを引っ張り、2番手をフサイチアウステルが追走する形に。あえて競りかけにいくような馬もなく、自然と縦長の展開に。各々が自分のペースを保って無理をしない流れになり、インティライミだけが軽快に飛ばしていた。

向こう正面、残り1000mのところではインティライミが後続に10馬身近い差をつけていた。

──このまま逃げ切れるのか。
勢いのまま、単騎で駆ける。

2番手のフサイチアウステルや4番手のマツリダゴッホはまだ動く気配がない。しかしそれより後方のインテレットたちは徐々に進出を開始していた。そろそろ動かないとさすがに捕まえられない。
4角手前、まだインティライミは5馬身以上の差をつけている。

ここは中山競馬場──直線は、短い。

しかし後ろを振り返ると、いつの間にか2番手まであがっていたマツリダゴッホが猛然と差を詰め始めていた。4角を曲がりながら、凄まじい勢いで進出する。コーナリング中とは思えない加速ぶりだ。
そして直線に向いた瞬間、勝負が決したかのように力強くマツリダゴッホがインティライミをかわす。インティライミは抜かれてから粘りを見せるものの、2着争いが限界そうだ。

後方勢が追い込みをかける。しかし観衆の目は、既にマツリダゴッホに奪われていた。
1頭流しながらゴール板を駆け抜ける。
その姿は、重賞初制覇とは思えない風格があった。

2着には出遅れて最後方待機となっていたインテレットが食い込む。後方勢としては早めにスパートをかけつつも、あがりも最速という結果となった。
3着にはシルクネクサス、逃げたインティライミは4着に。

重賞実績馬が揃うG2で、1ヶ月前に条件戦を勝ち上がったばかりの馬が5馬身差で勝利。

新たなる伝説のはじまりを予感させずにはいられない。
そんな快勝であった。

そしてその年末、マツリダゴッホはアッと驚かせる勝利を収める事になる。

同時にそれは、サンデーサイレンス産駒「最後の世代」の大物が登場した瞬間でもあった。

「中山巧者」マツリダゴッホ、初の重賞制覇もやはり中山競馬場だった。ディープの去った競馬界で、新しいヒーローの台頭は、ここから始まった。

写真:Horse Memorys

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