アグネスデジタルは、何故挑戦し、勝つ事が出来たのか…。稀代の「二刀流」馬を支えた底力を考える。

大谷選手の活躍で、現在は二刀流という言葉がスポーツの世界でも使われるようになりましたが、今から二十年前に競馬の世界で二刀流という言葉がぴったりと当てはまる馬がいました。

その馬の名は、アグネスデジタル。

『ウマ娘』でもキャラクター化しているため、若い世代の方々にも名前を知られている名馬です。

父Crafty Prospector

Crafty Prospector
Crafty Prospector

母Chancey Squaw

1997年5月15日生まれ、アメリカ産馬。

1998年の秋、スペシャルウィークが育成された厩舎にやってきた小さな1歳馬……。みんなからチャンシーと呼ばれていたその馬は、首が短めで脚も短く肩も立っていて、前脚がなかなか前に出ないタイプでした。見た目も必ずしも良くはありません。
私は、アグネスデジタルが1歳から栗東に移動するまで、彼を担当する厩舎にいました。

性格は大人しく、普段からボーッとしてるようなタイプ。入れ込むのも稀で、手のかからない仔でした。

馴致が終わり、馬場で乗る時になってもなかなか前脚が出ないので、よく躓いていたのを見かけました。私は乗り馬の担当ではなかったのですが、横で見ていてアグネスデジタルのすごい才能の片鱗が感じられたかというと、そうではありません。
事実、すぐ疲れが腰に出て、トレーニングを休む時期もありました。

そんなある日のこと、白井先生が追い切りを見にこられた日、担当者が休みだったため、かわりに私が乗る事に。
速い時計は出ましたが、チョコチョコした走りで決して見栄えするような走りではありませんでした。
追い切り後、それを見た先生に「短距離ダートやな」と言われ、自分も「そうですね」と答えたのを覚えています。

まさか、将来的にダートと芝のGⅠを勝つとは……その時は、思いもよりませんでした。しかも複数──さらには中距離までも制するのですから。

何故、アグネスデジタルは挑戦したのか?

アグネスデジタルは、何故、様々な条件のレースに参戦したのか……。

伏線は白井厩舎に所属し、1995年の桜花賞を2着しオークスを優勝したダンスパートナーという馬にあるんじゃないかと、私は思っています。

オークスを勝ったダンスパートナーは、その後フランスへ渡りノネット賞・ヴェルメイユ賞と走ってから帰国。
現代では海外遠征が頻繁に行われていますが、当時はなかなか海外遠征する馬も少なく、しかも3歳牝馬の挑戦というのはオーナーサイドの意向があったとしても稀でした。

しかも、帰国後は牡馬のクラシック最後の菊花賞へ。
牝馬の菊花賞出走は18年ぶり、勝てば48年ぶりという、歴史的挑戦。当時、凄い挑戦だなぁと感嘆した記憶があります。

白井先生が元々そういった挑戦、概念にとらわれない姿勢をお持ちだったからこそ、アグネスデジタルのマイルチャンピオンシップへの出走や、5歳時に安田記念を走ってから再びダートへ戻るという選択が実現したのです。そして、だからこそ南部杯、天皇賞・秋、香港カップ、フェブラリーSの勝利があったのではないでしょうか。

……ですが、挑戦したからといってなかなか勝てないのが競馬。アグネスデジタルは、その大きなハードルを乗り越えた一頭でした。

何故、アグネスデジタルは勝てたのか?

何故、アグネスデジタルは様々な条件のレースで勝てたのでしょうか?

その鍵のひとつが、走り方でしょう。

元々、育成時代からピッチ走法だったので、短距離やダートを走るにはうってつけの走り方をしていました。
その走りが如実に表されたのが、マイルチャンピオンシップです。

後方から進んだアグネスデジタル、・的場騎手は直線で外に出します。しかし、挟まれてしまい、一度ブレーキをかける事に。
普通であれば、万事休す……という展開です。
しかしアグネスデジタルは進路が開くと一瞬の加速力で突き抜け、優勝。その他馬を抜く時の回転の速さは、尋常ではなかったです。

ピッチ走法は、脚の回転が速くなる為に、一瞬の加速力に優れています。
ですが、ピッチ走法は距離が長くなると歩数が多くなり疲れるので、中距離はどちらかといえば苦手なはずです。

でも、アグネスデジタルはこなせた。
そこに、彼の強さがあります。

ダートや芝のマイル・中距離もこなせた理由の一つに、アグネスデジタルの「性格の良さ」が挙げられるのではないでしょうか。

牧場でも、普段からボーッとしてるようなタイプでした。
レースになっても入れ込む事もあまりなく、走りながら、彼は「あぁ、今日はダートなんだぁ」「あぁ、今日は芝かぁ」と、砂や芝が前から飛んでこようとも、気にもしないで走っていたんじゃないかなと思います。

あと、これは個人的推測になるのですが、アグネスデジタルは柔らかい筋肉の持ち主だったので、乳酸が溜まりにくく、ピッチ走法でも中距離や長い直線を走っても疲れなかったのではないか……と思います。

その後も種付けなどで何度か会いましたが、お互い"仕事"中でした。もし彼に会って話せるのならば、色々と聞いてみたいです。

「ダートや芝、マイルから中距離をなんで走れたの?」「嫌じゃなかった?」って。

おそらくデジタルは、「あまり気にしないからなぁ」って答えてくれるのではないでしょうか。
そんな印象を受ける馬でした。

現代の競馬のスタイルでは、なかなかダートと芝の二刀流に現役中ずっと挑戦し、しかも勝つ馬は出てこないでしょう。ローテーションが確立し、しかも今はトライアルに出走しない馬もいる時代です。
単発でたまに、フェブラリーS等のダートのレースに出る馬はいますが……。

ダート、芝のマイルから中距離までを勝ち切ったアグネスデジタル。
今思い返しても、本当に凄い馬でした。

アグネスデジタル

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