世界へと飛躍

初めて古馬との対決となったジャパンカップはアーモンドアイの真価が問われる一戦として注目を集めたが、ここでも規格外の走りを見せた。前年覇者スワーヴリチャード、菊花賞馬キセキ、かつて同レースでキタサンブラックを破ったシュヴァルグラン──彼女は、これほどの馬たちを置き去りにした。涼しげにかわしていく様に痛快さを覚える一方、これまで信じてきた何かが平気で崩されていくような恐怖すら感じた。

勝ち時計2:20:6はレコードとして世界に刻まれた。20年近く破られていなかった世界記録を、彼女は1.3秒も縮めてしまった。

この年、アーモンドアイはテイエムオペラオー以来2頭目となる満票で年度代表馬に選出される。ちなみに、同年の明治安田生命の名前ランキングの21位に「愛」がランクイン。前年は73位という点からも、三冠牝馬から着想を得た親がいたのかもしれない。2018年に競馬好きの血統を受け継ぎ人生のメイクデビューを果たした「愛」ちゃんは、何度もアーモンドアイの映像を見せられるのだろう。産駒のデビューは早くて2022年、「愛」ちゃんが4歳になる頃だ。誇り高きその名を大切に生きてほしい。

翌年春にはドバイターフを快勝、鮮烈な世界デビューを果たした。
前年凱旋門賞を連覇した牝馬エネイブルとの最強馬論争に火をつけ、私たちは日本馬初の凱旋門賞制覇に夢を乗せた。(のちに陣営は国内専念を表明。アーモンドアイにとって海外遠征は苦しいことだったという)

日本競馬が世界に大きく躍進し続けた平成を終え、私たちは彼女に夢を乗せながら令和を迎える。

しかし次走の安田記念は、ほろ苦い結果に終わった。
最後の直線、アーモンドアイは進路を塞がれ、持ち前の上がりをもってしても先頭には届かなかった。負けて強し、32.4秒の上がり最速は死守したものの、この日ばかりはいつものダイナミックで軽やかな完歩が、一所懸命そのものに見えた。この時初めて、私にはアーモンドアイが化物ではなく、ひたむきに走る女の子に見えた。
無性に、愛おしくなった。

そんな慈しみの心は秋の天皇賞で打ち砕かれることとなる。GⅠ馬ダノンプレミアム、アエロリット、世代最強の一角と謳われた皐月賞馬サートゥルナーリアの豪華な顔ぶれが横一線、熾烈な叩き合いをよそに、最内の狭いところからスルスル上がって並ぶ間もなくかわした。出走した9頭のGⅠ馬を子供扱いしたのだ。残酷すぎるほどの勝利だ。だけどちっともいじわるな感じがしないのは、やはり彼女の愛らしい容姿と、真摯に走り続ける姿のせいだろう。レース後には熱中症のような症状を見せ、口取りを辞退した。一所懸命に走ってきたからこそだなあ、と思った。

天皇賞・秋(2019)

35年の沈黙を破る偉業へ

アーモンドアイを語る際、強さと美しさが引き合いに出されるが、必ずしもその競走生活が順風満帆であったわけではない。

天皇賞・秋後の香港遠征は熱発で回避、電撃出走した有馬記念では自身初の大敗を喫する。当時の報道を紐解けば、馬群の外側を走らされ、スタンド前を2度通る特異なコースに混乱し、疲れてしまったのだという。そして5歳になった2020年、新型コロナウイルスの猛威はアーモンドアイにも影響を与えた。彼女はドバイ連覇をかけて遠征するも、レースは延期。帰国を余儀なくされた。

アーモンドアイが帰ってきた日本のターフに、観客の姿はなかった。4月に全国で緊急事態宣言が発令され、人々は競馬場どころか日常の外出もままならなくなっていた。私たちはそれぞれの場所で、アーモンドアイの帰国初戦・ヴィクトリアマイルを見ていた。2月から続く無観客競馬、画面に映る無人の競馬場にも随分見慣れてきたつもりだったが、静寂のパドックを淡々と周回するアーモンドアイの映像を前に、今日ばかりはくやしさと寂しさでたまらなくなった。見られないなんて、もったいない。

そんな日でもやっぱり、アーモンドアイは強かった。余力たっぷりに、国内最多タイの芝GⅠ・7勝を達成した。

シンボリルドルフがGⅠ・7勝の金字塔を打ち立てて以来、日本競馬は35年もの間、頑として動かない芝GⅠ・8勝の壁を前に立ち尽くしてきた。全盛期に安定してGⅠに出走し、確実に勝利する難しさだろう。
キタサンブラックやジェンティルドンナも、引退レースで7つ目のタイトルをもぎ取った。
戦績を振り返ってももっと早くに達成できてもよさそうな馬たちだが、競馬の神様はいじわるなようだ。これはアーモンドアイにとっても同様だった。8勝目がかかった安田記念も、快足牝馬グランアレグリアの後塵を拝した。七冠の後ルメール騎手はインタビューで「彼女の人生はまだ終わっていない。あらためてGⅠを勝つことができると思う」と語っていたが、分厚い壁が砕かれるその日は、彼女の最後の秋へと持ち越された。

春のGⅠシリーズを終えてもなお、スタンドの声援なき競馬が続いたが、秋競馬を目前にJRAは制限付きで観客の動員を発表した。苦しい時代だったが、日本競馬はくじけることはなかった。一度たりとも開催を止めなかった。さらに3歳牡馬・牝馬ともに無敗での三冠を達成。いつか来るアーモンドアイとの対決が待たれた。

そして迎えた天皇賞・秋、アーモンドアイは約1000人の幸運な競馬ファンの元に帰ってきた。
道中好位に付けたアーモンドアイは最後の直線、持ったままで三番手から二番手へ、後に続くグランプリホース・クロノジェネシス、天皇賞・春連覇のフィエールマンへの鞍上の激しい鞭捌きも他所目に、一発、二発とルメール騎手の鞭が入った途端、トップギアに達した。明らかに次元の違う脚でゴールに一番乗りした。声なき声援は万感の拍手となり、彼女を包み込んだ。

日本競馬における、35年の沈黙が破られた。

アーモンドアイもさることながら、鞍上のルメール騎手もまた、紛れもないナンバーワンジョッキーだろう。2018年には、かつて武豊騎手が記録した年間212勝という途方もない大記録を塗り替え、ルメール騎手は現代の日本競馬で頂点を極めた。振り返れば15年前、あのディープインパクトを国内でただ一人ルメールが破ったというのも、今の日本競馬の伏線だったように思う。

そんな彼が八冠のレース後、目を潤ませ、言葉をつまらせたのだ。
「毎回乗るときは、プレッシャーがちょっと重たいです」
ルメールも泣くんだなあ、と思った。はじめて彼が生身の人間として迫ってきた。今まで、ちっともそんなそぶりを見せなかったじゃないか。

いや、そんなことはない。アーモンドアイで制したオークスのインタビューでは、「やったぁ!」と子どもみたいにはしゃいだ。コロナ禍の移動規制で調教に乗れなかったヴィクトリアマイルでは、代わりに調教を務め上げた三浦への謝辞で締めくくるスポーツマンシップがきらめいた。負けて悔しいはずの安田記念でも、目を腫らした勝者に優しくアイシングを差し出した。アーモンドアイのことを話す時はいつも、「彼女は」「彼女は」と信頼をのぞかせた。彼女を前にしたルメール騎手はいつも温かく、そしてどんな重圧にも悠然と立ち向かう人間だった。

この後、アーモンドアイはジャパンカップで引退と発表された。

あなたにおすすめの記事