アンビシャス~夢の競演「大阪杯」が見られる訳~

GI、GII、GIII……これらは、そのレースに過去の出走馬、上位馬の格に応じて定められる。
GIがGIであり続けるには、それ相応のメンバーが毎年出走する必要があり、場合によっては格下げされる可能性もある。

まだ競馬歴の浅いファンには驚きかもしれないが、春の中距離GI・大阪杯は長らく「産経大阪杯」と呼ばれるGII競走であった。GII時代の優勝馬には、ネオユニヴァースやメイショウサムソン、オルフェーヴル、キズナなどのダービー馬に加え、エアグルーヴやダイワスカーレットなどの名牝がいて、毎年「スーパーGII」として親しまれてきた。

「大阪杯」と名を改めて新しくGIとなったのは、2017年。
国際セリ名簿基準委員会(ICSC)のパート1国に加盟した2007年以降、ホープフルステークスとともに初めて設けられることとなったGIである。

2007年以前までは、日本で自由にGIを設置することができた。
しかし、先述の通りパート1国に加盟したため、グレードの設定にいくつかの条件が要求されるようになる。
3歳以上の場合、上位4頭の「前年のレート」と「直近3年の平均レート」の両方で「115ポンド以上」が必要となったのだ。
簡単に言えば、国際的に定められた「強い馬」が、何年か連続して複数頭出走することが必要ということである。


アンビシャスは、2014年11月、京都の新馬戦でデビュー。
2馬身半差をつけて勝ち上がりを果たし、500万円以下(現:1勝クラス)の千両賞でも連勝した。その後、共同通信杯ではリアルスティールやドゥラメンテに次ぐ3着。続く毎日杯でも3着となり、出走賞金を加算することができなかった。

クラシック第1戦・皐月賞では、登録馬19頭目にもかかわらず回避馬が出て繰り上がり出走することが一時可能となったが、結局は回避を選択。しかし登録したNHKマイルカップでは除外、ダービートライアルのプリンシパルステークス勝利するも、ダービーを回避──。

重賞上位入線の実力があるにもかかわらず、クラシックには縁がなかった。「残念ダービー」と呼ばれることもある福島・ラジオNIKKEI賞に進み、ようやく重賞勝利を挙げる。秋は、クラシック第3戦の菊花賞を無視し、天皇賞(秋)で果敢に古馬に挑戦し、5着に食い込んだ。

古馬となり、中山記念では同い年の二冠馬のドゥラメンテにクビ差まで迫って2着。中団や後方から鋭く伸びて他の馬を抜き去る競馬で、ここまで出世してきた。

"産経大阪杯"へ出走

そしてアンビシャスはあ「産経大阪杯」(GII)に参戦。
レースの数週間前「産経大阪杯が来年からGI昇格を検討」とのニュースが世間に広がる中での競走であった。
天皇賞(秋)、宝塚記念を勝利して前年の最優秀4歳牡馬を獲得したラブリーデイ、菊花賞馬キタサンブラック、オークス馬ヌーヴォレコルト、ジャパンカップを制したショウナンパンドラなど多くのGI馬の始動戦となっていた。
そんな中、アンビシャスは2番人気に支持される。鞍上は、新コンビとなる横山典弘騎手だった。

キタサンブラックが先手を主張し、内では多くのGI馬が中団を形成し始める。
11頭中9番枠からのスタートしたアンビシャスは、決して良いスタートは言えなかった。
これまで通り後方からの競馬を選択すると思いきや、横山騎手がとったのは先行策であった。

中団待機勢を尻目に、2番手につけるアンビシャス。
馬群は、キタサンブラックとアンビシャスの2頭、GI馬多数の中団勢、最後方の人気薄3頭の3つに分かれた。
キタサンブラックの作るペースはスロー、アンビシャスも行きたがる面を見せたが、横山騎手はそれを折り合わせた。
後方勢もペースを察知し、早々に先行勢に追いつき馬群は一団となり、直線コースに入った。

スローということで、後続勢はそろって伸びるのに苦労する。次第に逃げるキタサンブラックと好位のアンビシャスの2頭で争いとなった。
200メートル付近から2頭、横山典弘騎手と逃げ粘る武豊騎手で叩き合い、坂を駆けあがる。
外のアンビシャスが、ゴール寸前でクビ差ばかりかわして先頭でゴール板を通過した。
裏街道を進んだアンビシャスが、並みいるGI馬を下して掴んだ勝利であった。

GI馬の負担重量が大きいとはいえ、アンビシャスは、大舞台でも通用しうる瞬発力を披露した。

多くのGI馬が戦った産経大阪杯は、2016年のすべてのレース終了後にファイナルレートが確定。
一定のレーティングを満たすことに成功し、2017年から「大阪杯」に改称の上、GIに昇格することが、正式に決まったのだった。

"大阪杯"へ出走

それから1年後、アンビシャスは「大阪杯」に参戦した。
GIのタイトルにふさわしく、前年の年度代表馬キタサンブラック、香港ヴァーズ制覇のサトノクラウン、ダービー馬マカヒキらが出走。
加えて、2000メートル巧者のヤマカツエースや多数の重賞で好走したステファノス、個性派マルターズアポジーやロードヴァンドールなどが参戦。昇格初年度ということもあり、マイル・中距離路線というより、中長距離路線のメンバーが集まっていた。

マルターズアポジー、ロードヴァンドールなどがGIタイトル目がけて逃げる中、アンビシャスは後方待機。
大外から追い上げるも、馬群の2番手の好位で進んだキタサンブラックが3馬身前にいた。
レースは、前年に下したキタサンブラックが優勝。連覇がかかったアンビシャスは5着に終わったのだった。

GIに昇格したことで阪神競馬場の観客は、前年と比べて50.9%増。売り上げは前年比122.1%増と大きな盛り上がりを見せた。

その後、キタサンブラックは大阪杯を含めて、GIを7勝を記録。
当時歴代最多の賞金を稼いで2017年末の有馬記念で有終の美を飾って引退し、社台スタリオンステーションで種牡馬となっている。初年度産駒が生まれただけで、たちまち大手メディアが取り上げた。


一方、アンビシャスはというと安田記念15着に敗退したのを最後に、突如オーストラリアに移籍することが発表された。
向こうでは、GIで2着、3着となるなど、11戦に出走したが勝利には至らず。異国での奮闘ぶりを伝える日本のメディアは、それほど多くはなかった。
2021年3月現在、私が調べた限りでは、アンビシャスの消息はわからない。少なくとも日本語のニュースを見つけることができない。
彼はいま、どこで何をしているのだろう──。

春古馬三冠シリーズ第1戦、芝2000メートルという舞台。
GI昇格後、GI馬など豪華メンバーが出走し、熱い戦いが繰り広げられている。

牝馬路線を進み、今度は牡馬に挑戦。
ローカル重賞で賞金を積み重ね、いよいよ一線級との勝負。
秋惜しかった皐月賞馬、ダービー馬の復活。
香港遠征の壮行レース。

短距離女王グランアレグリアと、クラシック三冠馬コントレイルのように、別路線のトップランナーが同じゲートに収まるのも「GI」ならでは。

基準のレーティングを超えたことにより、大阪杯・ホープフルステークスはGIへと昇格し、毎年大きな盛り上がりを見せている。レースの「格」をゼロから積み重ね、ここまで押し上げてくれた過去の名馬たちに、改めて「ありがとう」と伝えたい。

写真:Horse Memorys

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