「順調さ」こそ名馬の必須条件!/2021年新潟2歳ステークス2着馬・アライバル

「無事是名馬」と2歳重賞の重要性

毎年、クラッシック戦線に向かう過程で、有力馬の怪我による断念のニュースを耳にする度、「無事是名馬」の格言を思い浮かべる。日本ダービーを制覇することは凄いことだ。しかし、日本ダービーの出走表に名を刻むことも、無事に当日までのハードルを越えて行かなくては到達しないのである。順調に駒を進めても突然のアクシデントに見舞われ断念する馬もいれば、持って生まれた「弱さ」から、予定したレースに出走できず、本番に間に合わない馬もいる。結局、無事にスケジュールを消化できた馬たちだけが、日本ダービーの出走権を得て、頂点を目指す最後の戦いに参加できるということだ。

最近のクラッシック戦線に向けたローテーションは、収得賞金加算さえできれば、ゆったりとしたローテーションになる。「収得賞金加算後、本番へ直行」というローテーションも増えてきた。そこで、重要になって来るのは2歳の重賞レースである。実際のところ、暮れの2歳G1戦を制した馬たちが、直行ローテーションで本番に臨むパターンも最近では目立つようになった。

夏の終わり、8月末に実施される新潟2歳ステークス。次年度のクラッシック戦線に名を刻むための重要なレースのひとつである。6月の府中、阪神開催で素質馬たちのデビューが多くなった。そこで勝ち上がった馬たちが、ひと夏を越して成長した姿で登場するのが、新潟2歳ステークスだ。2000年以降の新潟2歳ステークス優勝馬から、ハープスターとアスコリビチェーノの桜花賞馬2頭が優勝し、皐月賞馬イスラボニータも2013年に2着となり収得賞金加算に成功している。ここを勝てば、暮れの2歳G1戦直行が可能で、ハープスターもアスコリビチェーノも阪神ジュベナイルフィリーズを次走に選択していた。クラッシック本番までリスクなく無事に進めるためには、2歳の重賞レースを勝っておくという選択肢が重要なポイントとなっている。

2021年新潟2歳ステークス。6月の新馬戦を勝ち、この舞台に駒を進めてきた牡馬に、私は思い入れがあった。父ハービンジャー、母は桜花賞2着、オークス3着の戦績を残したものの、右前脚屈腱炎のため現役生活を断念したクルミナル。頂点(Arrival)の意を持ち、競馬界の頂点に達するよう願いをこめて命名された鹿毛の牡馬は、クルミナルの二番仔として、2021年6月の新馬戦でデビューする。コロナ禍で入場制限が施された土曜日の府中競馬場に登場したのは、ルメール騎乗のアライバル。1番人気に支持されたレースは、好位追走から直線で抜け出し、プルパレイに2馬身1/2の差をつけてデビュー戦を飾った。

鼻の流星が大きく、シルエットの美しいアライバルは、初夏のターフに映えた。初仔の姉、ククナも桜花賞→オークスのクラッシック路線に乗ったことで、注目の2歳馬として更に期待が高まる。

                      

注目の新潟2歳ステークス

順調に夏を過ごしたアライバルは、新潟2歳ステークスを2戦目に選択する。新馬戦快勝後、右前脚の球節部に若干の疲れが出たらしいというニュースを耳にしたものの、気に留めることなく8月29日の当日を待った。

新潟2歳ステークスは12頭が出走。1番人気アライバルに対して、新潟開催初日の新馬戦を4馬身差で逃げ切ったオタルエバー、6月の中京で勝ち上がった中内田厩舎のセリフォスとの三つ巴の様相を呈する。

 パドックでのアライバルは、堂々の周回をみせる。オタルエバー、セリフォスが入れ込み気味の周回を見せている以上、負ける要素の無い状態にさえ見えた。心配と言えば、オタルエバーが途轍もない快速馬で、アライバルが直線で捕まえきれない事ぐらいだろうか? 新馬戦のレース比較から、セリフォスよりキレがあるはず…などと、思い巡らせながらスタートを待った。

一斉のスタートから、予想通りオタルエバーが飛び出す。アライバルは好スタートから外を回って中段に取り付く。1番枠のセリフォスは、内ラチに沿ってアライバルを見るようにじっとしている。長いバックストレッチの直線を、前半600m36秒2のゆったりとしたペースで、オタルエバーが先導する。淡々とした流れは3コーナーから4コーナーの入口まで続いた。

直線に入りゴールまで600mの長い攻防。楽な手応えで先頭を行くオタルエバーに対して、仕掛けて行ったのはセリフォス。オタルエバーの内、ポッカリ空いた最内に、セリフォスが進路を取る。川田騎手の手が動き始めると、瞬く間にオタルエバーとの差が縮まる。

一方のアライバル。直線半ばまで馬群に囲まれ、進路を探しているようにも見える。アライバルの前を行くコムストックロードがふらつき、内を突こうとしていたルメール騎手の進路を阻む。内からオタルエバーを捕まえに行ったセリフォスは、並びかけるとそのまま先頭に躍り出た。アライバルは進路を外に切り替え、ようやく伸びてきたが、セリフォスとの差はなかなか縮まらない。差し脚に加速がつき、内のセリフォスを目指して追い込むアライバル。しかしセリフォスに差されたオタルエバーを抜き去るのが精一杯、2着で入線した。セリフォスとの差は0秒2、上がり3Fの走破タイムはセリフォスが32秒8に対してアライバルが33秒0。取ったコースの差、アライバルが進路を探すのに一瞬迷った差が0秒2となって表れてしまった。

それでも最低限の目標、収得賞金を積み上げたアライバルは、暮れのG1には出走できるだろうと、この時は安堵していた。

アライバルを待っていた、苦難の道

賞金を積み上げたアライバルの次走は、暮れのG1直行か、府中の重賞を挟むのか──。

そんな楽しみを吹き飛ばしたのが、右前脚に疲れが出たとのニュースだった。新潟の良馬場のコースを全力で走ったダメージは、想像以上のものだったに違いない。まだ、体が出来ていない2歳の夏、疲れを充分とってからの再スタートとなれば、クラッシック戦線を目指すローテーションに暗雲が漂う。結局、暮れの朝日杯FS、ホープフルステークスには間に合わず、美浦トレセンに帰厩したのは12月中旬になった。

アライバルにとって最大目標は、来春のクラッシック戦線に乗ること。「賞金加算を目指して出走権を確実にする」の狙いから、翌年1月の京成杯を再スタートに定める。

年末年始とコンスタントに調整を重ね、直前の追い切りタイムも好時計をマーク。ルメール騎手も継続騎乗で、春の大舞台に向けて落とすことのできない一戦となった。初めての右回りと、レースを走ることによってそれなりに負担がかかることが想像できる右前脚への不安。京成杯優勝で賞金加算すれば、確実に日本ダービーの出走権は手に入る状況の中、無事に先頭ゴールすることを祈るしかなかった。

京成杯出走の16頭は、アライバルと比較すれば格下のメンバーに見えた。東スポ杯3着のテンダンス、百日草特別勝ちのオニャンコポン以外は、全て新馬か未勝利を勝ち上がった馬で構成されている。余程の事が無い限り、アライバルの優勝は揺ぎ無いと思っていた。

しかし、ゲートが開いてみると様々な試練がアライバルに襲いかかった。

スタート直後に隣のルークスヘリオスと接触して体制を崩し、1コーナーを回った所で、再びルークスヘリオスに外へ弾かれる。立て直して前に出ようとするアライバルの進路をオニャンコポンに蓋をされて、窮屈なポジションでバックストレッチに入る…。それでも、ルメール騎手の懸命の立て直しで、3~4コーナーの中間点では先頭集団に取り付いた。

直線手前で、外に出したかったアライバル。ところが、完全に団子状態になった先頭集団の中に入ってしまい、身動きが取りづらくなる。更に直線では、脚をなくした逃げ馬の後ろに入ってしまったことから、遅れを取ってしまう。外からオニャンコポン、最内からテンダンスとロジハービンが伸びる中、ようやく進路が開いて追い込むアライバル。しかし、仕掛けの遅れが最後まで響き、加速がつき始めたところがゴール板だった。アライバルは優勝どころか、賞金加算することもできずに、不完全燃焼の4着で終わった。

+16キロの馬体を支えた右前脚への負担と共に、アライバルのクラッシック戦線へのローテーションは振り出しに戻ってしまう。

最後の望みを託した、スプリングステークスへの出走

幸いなことに、心配された右前脚のダメージはそれほどでも無さそうで、3月上旬にはスプリングステークスへの出走が発表される。今度こそ、皐月賞トライアルで権利を取って、皐月賞、日本ダービーの出馬表に名前を刻む。アライバルの目標に向けた調整は、順調に消化されていった。

スプリングステークスには13頭が名を連ねた。京成杯とは異なり、東スポ杯2歳ステークスで、イクイノックスに続いたアサヒ、シンザン記念2着のソリタリオ、朝日杯FS4着のアルナシームなど骨っぽいメンバーが揃っている。アライバルはアサヒに続く2番人気。前走で+16キロだった馬体重もマイナス8キロまで絞れ、充分臨戦態勢が整ったように見えた。

ゲートが開くとビーアストニッシドが飛び出し、1番人気アサヒは最後方に下げる。8枠12番のアライバルは不利を受けることなく、外を回って中段につける。

快調に飛ばす岩田康誠騎手とビーアストニッシド。バックストレッチを楽に先導するビーアストニッシドに対し、ルメール騎手は後方の人気馬たちを置きざりにして二番手につけた。アライバルは気持ちよさそうに追走している。4コーナーの手前ではエンギダルマ、グランドラインが追い付いてきたが、抜かせること無く二番手で直線に入る。

逃げるビーアストニッシド、追うアライバル。激しく手綱を押す岩田康誠騎手に対して、ひと鞭ごとに追い詰めるルメール騎手。後ろからは何もやってこない。ドーブネがようやく大外から伸びてくる気配を見せるが、後の祭り。一完歩毎に差が縮まっていく二頭の先頭争いはゴール前まで続き、馬体が合ったところがゴール板だった。

追った外のアライバルか、逃げた内のビーアストニッシドか。ゴール板を過ぎた直後にはアライバルの馬体が先頭に立っていた──。しかし結果は非情である。ハナ差で内のビーアストニッシドに軍配が上がった。

惜しく、そして残念な2着。前走の京成杯が力負けではないということを証明することができ、最低限の賞金を加算することもできたスプリングステークス。アライバルは皐月賞の優先出走権確保と共に、賞金的に日本ダービー出走の可能性も確かなものとする。

しかしただひとつ、アライバルの右前脚の状態だけが、心配の種として残っていった…。

「無事是名馬」の難しさ

心の隅に心配事を残しておくと、それが現実となることが多々ある。

皐月賞は無理でも、何とか日本ダービーだけは出走して欲しいと思っていたが、その夢も潰えてしまう。アライバルの右前脚の疲れが取れず、左前脚にも不安が広がり、皐月賞の翌週に日本ダービー回避のニュースが流れた。

 「もしも~」とか「~だったら」とか言っても歴史が変わるものではない。しかし、どうしても考えてしまうのは、「新潟2歳ステークスで、直線スムーズに外に出せていたら…」「京成杯の度重なる不利が無ければ…」の後に「ゆったりしたローテーションでクラッシック戦線に挑めたはずだ」という言葉が続き、悔しさだけが残ってしまう。競走生命を削って日本ダービーの出走権を確保しても、無事でなければ出走が叶わないのがこの世界。「無事是名馬」の大切さを実感させるのがアライバルの蹄跡だと思う。

アライバルは再起を目指して休養に入り、1年1カ月後の谷川岳ステークスで復帰(10着)した。その後も休養を挟みリステッド競走を2戦(9着・4着)消化したが、5歳となった2024年2月、左前脚に繋靱帯炎を発症し、無念の引退となってしまった。

今年も新潟2歳ステークスを皮切りに、来春のクラッシック戦線に向けて、2歳重賞が続々と施行される。それらを目指す馬たちが、自分の持つスキルを100%発揮し、無事に悔いのない戦績を刻むことを祈るばかりである。

Photo by I.Natsume 

あなたにおすすめの記事