[追悼]早逝の名馬、アスクビクターモア。力強き菊花賞馬の駆け抜けた12戦を振り返る。

8月8日、菊花賞馬アスクビクターモアが熱中症による多臓器不全で亡くなりました。宝塚記念を走り終え外厩先で秋に備えていた矢先の出来事でした。

数少くなったディープインパクト産駒。母カルティカ、母父レインボウクエストの鹿毛馬であるアスクビクターモアは、2020年セレクトセールで1億8,700万円で取引されました。馬名の意味は"冠名のアスク"+"勝利を意味するVictor"+"より多くを意味するMore"。「より多くの勝利を」願った競走馬名でした。

戸崎騎手、田辺騎手、そして横山武史騎手と共に、デビュー戦から常に好敵手と共に走り抜けた12戦を振り返りましょう。

2歳戦 クラシックホースたちとの邂逅

アスクビクターモアは2歳6月の東京開催でデビュー、新馬戦は1番人気に推されます。6月26日の第5レース、1800mの新馬戦で競った相手は後の皐月賞馬、ジオグリフでした。

10頭立ての10番枠、戸崎騎手に促されて枠入りすると、抜群のスタートで駆け出したアスクビクターモア。前に行きたがる仕草を見せながらも、2番手を追走。前の2頭を見る位置で、ジオグリフが3番手に続きます。

1000m通過タイムは62.9秒、残り800mでアスクビクターモアが9頭を引き連れて直線に入り、粘り込みを図りますが、3番手で構えていたジオグリフ、その外4番手で続いていたアサヒが並びかけてきます。3頭の競り合いの末、外から抜けだしたジオグリフが勝利。アスクビクターモアは3着で新馬戦を終えました。

1000m通過以降のラップタイムは11.8 - 11.2 - 11.0 - 11.3秒、アスクビクターモアは直線でジオグリフとアサヒに交わされるまで、加速し続けて後続を引き離していました。後に大きな武器となる強気のロングスパートで勝負するレーススタイルは、新馬戦からその片鱗を見せていたと言って良いでしょう。

2戦目の未勝利戦は9月の中山1800m戦。前走2着のアサヒとの再戦となりました。石橋脩騎手から田辺騎手に乗り替わったアサヒはゲートで出遅れて最後方に。アスクビクターモアは10番枠から出ると、前に馬を置いて先行策で中山の1コーナーに入ります。インを空けながらも前に馬がいるポジションに馬を誘導する戸崎騎手の指示に応えて、アスクビクターモアは折り合い良く5~6番手で向こう正面へ。

道中でセッタレダストが外から早めに先頭を目指して上がっていきますが、アスクビクターモアはここでは動かず、最後方のアサヒも田辺騎手からの仕掛けの指示を待ちます。

1000m通過は62.7秒と、再びのスローペースでレースは進みます。セッタレダストが仕掛けたことで先行馬たちが動き出します。アスクビクターモアは残り600m地点でアサヒが捲ってきたことを確認して進出開始。2頭の併せ馬で大外から先行馬たちを飲み込んで直線の脚比べに持ち込みますが、新馬戦と同様にロングスパートを決めたアスクビクターモアが今度はアサヒの追撃を抑えて初勝利をあげました。

次走は新馬戦と同じ東京1800mのリステッド競走、アイビーステークス。このレースでは後に朝日杯、日本ダービーを勝つドウデュースとの初対戦を迎えます。
内の2番枠から出たアスクビクターモア、8番枠からケッツァーが逃げに行くまでに少し折り合いを欠きますが、ここは戸崎騎手が抑えて新馬戦同様2番手をキープ。ドウデュースは前に川田騎手とコンビを組むルージュラテールを見ながら、4番手でアスクビクターモアをマークします。

隊列は直線まで変わらず、インコースにアスクビクターモア、外側にドウデュースが並んだところで2頭の位置取りが明暗を分けました。
外を追走していたドウデュースが楽に抜け出したのに対して、アスクビクターモアはルージュラテール、ケッツァーの間を抜け出すために一瞬仕掛けが遅れてしまったのです。

更に後方から直線一気に賭けていたグランシエロが上り最速の末脚を繰り出し、アスクビクターモアは3着でレースを終えました。

ただし、直線勝負でドウデュースが上がり34.0秒、アスクビクターモアも34.2秒で上がっていることから、2歳時点で皐月賞馬、そしてダービー馬に真っ向から挑んで勝負出来る実力を見せていたとも言えます。

3歳春 弥生賞からクラシックロードへ

2歳戦時に3戦走って1勝3着2回のアスクビクターモアは、田辺騎手との新コンビで3歳シーズンを迎えます。年明けすぐの1月5日には、その日のメイン競走の中山金杯……そしてクラシック初戦の皐月賞と同じ、芝2000mの1勝クラスに挑みます。

9頭立ての8番枠から好発進を決めると、未勝利戦と同様に1コーナーまで折り合いに気を付けて進めた田辺騎手。他の騎手よりも田辺騎手の重心が後ろに寄って見えるほど、アスクビクターモアは前進気勢があり、スローペースを嫌っているように見えました。

そして残り800mを過ぎたところで、田辺騎手の重心は前へ。「ゴーサイン」をもらったアスクビクターモアは、ロングスパートを開始します。
コーナーを回り切って先頭に追い付くと、一つ前のポジションにいたレヴァンジルをクビ差交わして1着。

これで中山成績を2戦2勝にして、弥生賞へ向かうことになりました。

弥生賞ではドウデュースとの再戦となりました。アスクビクターモアは抑えながらも折り合いがついて2番手、ドウデュースは再びアスクビクターモアをマークする5番手付近の位置でレースを進めます。
ロジハービンが最後方から一気に先頭を狙ったことでレースが動き出し、アスクビクターモアはこれまで勝ってきた通り、3コーナーからロングスパート勝負へ。ドウデュースが真後ろから追いかけますが、ロジハービンが捲り切れず、いったん下げてからインコースに進路を切り替えます。

直線を向いて抜け出したアスクビクターモアをめがけて、ドウデュースが一完歩ずつ差を詰めます。しかし、ここはスムーズに立ち回ったアスクビクターがドウデュースをクビ差凌いで重賞初勝利。クラシックの有力馬の1頭として皐月賞へ向かうこととなりました。

迎えた皐月賞、2番枠から出たアスクビクターモアは「逃げ切り」で勝ち上がってきたビーアストニッシド、デシエルトを前に行かせず、自らハナに立ってペースを刻みます。
1000m通過タイムはこれまでで最速の60.2秒、弥生賞で真後ろにいたドウデュースは後方から追い込みを狙い、新馬戦で競い合ったジオグリフはアスクビクターモアやついていく先行馬たちを見る6番手で3コーナーへ。

コーナーでもアスクビクターモアは先頭を譲らず、先行策を選んだデシエルトやビーアストニッシドらを振り切って、直線ではインを3頭分ぐらい空けた位置、しかし外にはジオグリフとイクイノックス、そしてインからは1枠1番のダノンベルーガ、そして大外からは唸る末脚でドウデュースが襲い掛かります。自らがペースメーカーになった分、狙い撃ちされたアスクビクターモア。結果はジオグリフ、イクイノックス、ドウデュース、ダノンベルーガに交わされて5着でしたが、ダービーへの優先出走圏内には粘り込みました。

そしてアスクビクターモアは、更なる大舞台でも自らの持ち味を存分に発揮したレースを見せます。

日本ダービー、アスクビクターモアは皐月賞で先着された4頭、青葉賞から挑むプラダリア、そして皐月賞6着で東京での勝鞍があったオニャンコポンに次ぐ7番人気、先行馬には有利な2枠3番を引いてゲートイン。

スタート直後に岩田康誠騎手がデシエルトと共に一気に先頭を目指します。アスクビクターモアはその後ろにポジションをとって2番手、外にはビーアストニッシドが掛かりながら3番手、ジオグリフとダノンベルーガは中段へ。馬群から離れてドウデュース、更に後ろからイクイノックスが、皐月賞よりもポジションを下げて直線での末脚を溜めます。

直線手前でデシエルトに鞭が入る中、アスクビクターモアは馬なりで先頭に立ち、後続を待つ形に。
内からダノンベルーガが来て、外からドウデュース。イクイノックスはまだか、ジオグリフはどこか──。アスクビクターモアは残り200mまで先頭を守りますが、外によれた際に更に外から追い込んだドウデュースに追い越され、ドウデュース目掛けて追ってきたイクイノックスにも交わされます。

しかし、アスクビクターモアの内からダノンベルーガが迫ると、右手前から左手前に替えてもうひと踏ん張りを見せ、3着に残しました。

他の先行馬たちが伸びあぐねる中で、ただ一頭、皐月賞上位組と真っ向から勝負した姿には、秋の更なる飛躍を期待せずにはいられませんでした。

ダービー後、ドウデュースは凱旋門賞へ、イクイノックス、ジオグリフ、ダノンベルーガは距離適性を考慮して天皇賞秋へ向かうことが発表されました。アスクビクターモアは最後の一冠を目指し、夏休みに入ります。

3歳秋 菊花賞、レコード破りの強さを見よ

アスクビクターモアは得意の中山競馬場で開催されるトライアル、セントライト記念に出走します。

ダービー3着の実力と中山競馬場での成績が評価されて1番人気に推されますが、新たな刺客がアスクビクターモアに立ちはだかります。キタサンブラック産駒の芦毛馬、ガイアフォースです。

春に比べて折り合いがつくようになったアスクビクターモアは番手追走からコーナーで抜け出すいつもの競馬を試みますが、外にはガイアフォースの芦毛の馬体が迫ります。
直線で一度は振り切ったかに見えましたが、坂を超えてガイアフォースがもうひと伸びしてアタマ差先着、アスクビクターモアは2着に敗れます。しかし、この敗戦によって、陣営も覚悟が決まったのかもしれません。

10月23日、菊花賞当日。セントライト記念を勝利したガイアフォースが上り馬として1番人気に支持され、アスクビクターモアは春の実績馬として2番人気となります。ゲートが開くと、セイウンハーデスが幸騎手と共に一気に飛び出し、アスクビクターモアは追いかけて2番手を狙います。ガイアフォースは最内枠で出負けしてしまい、掛かりながら1度目の3コーナーへ。

セイウンハーデスが1000mを通過したタイムは58.7秒、ダービーよりも更に速いペースですが、アスクビクターモアはのびのびと2番手でセイウンハーデスを追いかけます。
セイウンハーデスの勢いが鈍る中、ただ1頭馬なりで捉えたアスクビクターモア、残り600mで早々と先頭に立つと、最後の一冠でも春二冠と同様にロングスパート勝負に出ます。

最内枠のガイアフォースは馬群から抜け出せず、先行馬たちも脚が残らずに後退する中、アスクビクターモアただ1頭が後続を3馬身離してラストスパート。後方から馬群を抜けたジャスティンパレス、外から捲ったボルドグフーシュが2頭並んでアスクビクターモアを追ってきます。

アスクビクターモアは田辺騎手の鞭に応えて、最後まで伸び、2頭の競り合いから抜けたボルドグフーシュが追いついた時、そのハナはゴールラインに届いていました。

阪神芝3000mの消耗戦を先行2番手で受けて3コーナー馬なり、展開を利したジャスティンパレス、ボルドグフーシュを凌ぎきっての勝利。

「最も強い馬が勝つ」とも言われる菊花賞に相応しい、素晴らしい走り。

勝ちタイム3分2秒4は2001年阪神大賞典でナリタトップロードが出した3分2秒5を0秒1更新するコースレコードです。強さだけでなく速さも証明してみせた、価値ある1戦でした。

4歳 中長距離G1を目指した果てに

菊花賞後は休養に入ったアスクビクターモア。4歳初戦は日経賞に決まりました。

休んでいる秋の間に同世代のイクイノックスが天皇賞秋、有馬記念を連勝。年明けの中山金杯でラーグルフが勝ち、2月の京都記念ではフランスから帰国したドウデュースが唸る末脚で他馬を退け、ジオグリフはサウジアラビアでダートに初参戦しサウジカップ4着、ドバイワールドカップへ転戦しました。

国内に残ったアスクビクターモアの目標は、天皇賞春。倒すべき相手は2021年菊花賞、そして2022年の天皇賞春・宝塚記念を勝ったタイトルホルダーでした。

この両者の初顔合わせになった日経賞では、ゲートで出遅れてしまい最後方からのレースになります。

不良馬場を踏みしめて後方からタイトルホルダーを追いかけたアスクビクターモア、コーナーで外に出してなるべく馬場の荒れていないところを狙いますが、その時には既にタイトルホルダーの姿は遥か先、不完全燃焼でレースを終えます。

前哨戦を終え、天皇賞春で横山武史騎手への乗り替わりが発表されました。新コンビで挑んだ一戦で、アスクビクターモアは横山武史騎手の積極策に応え、逃げ宣言のアフリカンゴールド、その後ろ2番手に続いたタイトルホルダーをマークする3番手にポジションを決めます。

向こう正面で後退したアフリカンゴールドと入れ替わる形で先頭に立ったタイトルホルダー、その直後にアイアンバローズが迫ってアスクビクターモアはインの3番手を維持します。
レースが動いて、タイトルホルダーが抜け出すはずの3コーナー、しかしいつもの手ごたえがありません。

右前肢を跛行してしまい、タイトルホルダーを止めるために横山和生騎手がブレーキをかけます。
その外にいた馬たちが続々と先頭争いに加わる中、アスクビクターモアはタイトルホルダーの真後ろにいたために仕掛けどころで加速出来ず、11着に敗戦してしまいました。

不完全燃焼が続くアスクビクターモアの春3戦目は宝塚記念。ドバイシーマクラシックを馬なりで楽勝し、世界最高峰の評価を受けたイクイノックスが1番人気に推されます。天皇賞春を勝った菊花賞3着馬ジャスティンパレスが2番人気、同じコースのエリザベス女王杯を勝っているジェラルディーナが3番人気と続き、アスクビクターモアは春2戦の敗戦は馬場や展開が合わなかったと評価され4番人気で挑みました。

良馬場でしたが進むたびに芝がめくれるほどの荒れ馬場。そして逃げていたユニコーンライオンの1000m通過が58.9秒と荒れた馬場にしては流れたペースで進む中、後方にいたジェラルディーナが早めに動いて先頭に取りつき、イクイノックスは一旦ジャスティンパレスの後ろに入れて仕掛けどころを待ちます。

ジェラルディーナに応戦しながら直線で先頭に立ちかけたアスクビクターモア、しかし先行馬に苦しい流れの中最後の踏ん張りが効かず、最後方から追い込んで来た同世代のイクイノックス、ジャスティンパレスらを見送ると、11着でレースを終えました。

春のG1レースが終わり、秋の復帰を目指して多くのG1馬たちは放牧に出ます。

アスクビクターモアもまた秋の復帰を目指して外厩へ放牧に出て、夏休みをとる中での──突然の、訃報でした。

アスクビクターモアの最後と、夏の競馬の今後

夏休みをとる馬もいれば、ローカル開催、いわゆる夏競馬で活躍する馬もいます。菊花賞で果敢に逃げたセイウンハーデスは七夕賞で重賞初制覇、セントライト記念で3着に好走したローシャムパークは函館記念を制覇しました。

アスクビクターモアの放牧も、単に牧場でのんびり過ごすようなものではなかったはずです。休養しながらもトレーニングを欠かさない、スポーツ選手の合宿やキャンプのイメージが合うでしょう。

熱中症に起因する多臓器不全が死因となってしまったアスクビクターモアですが、JRAも熱中症対策は既に行っており、パドックや装鞍所へのミスト・シャワーの設置などを行っていました。2024年開催からは、夏競馬における暑熱対策を強化すると発表されています。具体的には、熱中症リスクが著しく高い時間帯でレースの休止時間を設け、午前9時半スタートで午前中のレースが終わった後、午後3時以降に午後のレースを再開する見込みのようです。

また、外厩先の牧場や乗馬クラブでも午後は営業せず、シャワーで冷やしてあげたり、扇風機で涼んでいる様子をSNSで目にする機会も増えたかと思います。

雄大なフットワークで伸びやかに走り、距離をこなすスタミナと追い比べでもうひと伸びする精神力を武器に、菊花賞、弥生賞を含む4勝を挙げたアスクビクターモア。

彼の勇姿を見る機会がないのはとても残念ですが、同期の馬たちが活躍し、そして人馬の健康を最優先した競馬開催・施設整備が進むことを願っております。

そのためには、より一層の酷暑対策の必要性を、ファンとして声をあげていく必要があるかもしれません。すでにJRAがその実現に向けて動き出していますが、その動きを支える私たちファンもまた、売り上げや寄付といった形で支援することが出来るのではないでしょうか。

アスクビクターモア、12戦完走、お疲れさまでした。心より、ご冥福をお祈り申し上げます。

写真:shin 1、win、かぼす

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