G2、G3では活躍するのだが、G1となるとあと一歩足りない。
そんな馬達は、今も昔も変わらずにいるものだ。
2020年、アーモンドアイがG1最多勝記録を更新したのは周知の通り。
では一方でG2最多勝記録を持つ、「トライアル大将」を皆さんはご存じだろうか?
その馬こそ今回の主役、バランスオブゲームだ。
誕生時からバランスが取れ、整った身体をしていたという彼はセレクトセールにて落札。
競り落としたのはかの有名な「ダービースタリオン」を手掛けた薗部博之氏である。
その購買価格は、870万円。
薗部氏のゲームコメントを借りて価格だけを見れば「手ごろな馬ですね」といった評価であり、そこまでの活躍を見込めるような馬ではない、ということになる。
しかしセリで競った相手、マイネル軍団の総帥岡田繁幸氏は落札直後、薗部氏に売却交渉を持ち掛けてきたという。
こんなイベントはダビスタで起こることはない。現実は小説より奇なりとはよく言ったものである。
結局この交渉が成立することはなかったが、素晴らしい相馬眼を持つ彼に見出されていた馬を落札していたというこの事実に薗部氏は一層自信を深め、バランスオブゲームと言う名前を付けて競馬場へと送り出すこととなる。
バランスオブゲームは、その評価にたがわず新潟のデビュー戦を快勝する。さらには返す刀で新潟2歳Sをレコード勝ち。岡田氏の眼力は、やはり間違っていなかったという事であろう。
朝日杯FSでの4着を挟んだ弥生賞では、逃げて力むというまだまだ若い面を見せていたが、向こう正面でカラスを見つけてうまく気を逸らすと、そのままローマンエンパイアら重賞ウィナーを完封し、鮮やかな逃げ切り勝ちでG2初制覇。
この時点で早くも重賞2勝。2週間後に2歳王者アドマイヤドンが若葉Sでまさかの敗戦を喫したこともあって、皐月賞の本命となってもおかしくない存在だった。
しかし本番皐月賞では7番人気の低評価。
結局、ノーリーズンの超激走の裏で見せ場なく8着に終わると、続く日本ダービーも7着。
夏を経て挑んだセントライト記念では出走馬唯一のG2ホースとして貫録を見せる重賞3勝目。だが迎えた本番菊花賞は5着に敗れた。
さらに翌年、2003年。
毎日王冠では女傑・ファインモーションを下す重賞4勝目を挙げるも、本番であるマイルCSは4着。
──トライアルでは安定して強いが、G1ではどこか足りない。
そんな印象が彼につき始めると、ファンもG1では買目から外していった。
そして遂に重賞でも人気は出なくなり、2004年は未勝利。2005年の始動戦として、2年前2着に惜敗した中山記念を選んだ。
単勝オッズは7.6倍の4番人気と、出走メンバーと比較しても実績に合わない評価だったが、カンパニーの追撃を4分の3馬身抑え、戦前の評価をあざ笑うかのような快勝劇。
ちなみに、このレースで1、2番人気に推されていたエアシェイディとカンパニーは、この時点で重賞未勝利。
3番人気のメイショウカイドウは重賞2勝の勝ち鞍があるとはいえ、2走前に同じ舞台で1.7倍の断然人気を裏切る8着惨敗を喫している。
つまりは、終わってみれば実績通りだったのだ。
そんな鮮烈な復活を果たしたにもかかわらず、次走安田記念は12番人気で7着。続く毎日王冠、天皇賞秋、マイルCSも4.11.5着と馬券に絡めず。ならばとダートの根岸Sに出走するも11着惨敗。
──気づけば年齢も7歳になっていた。
同世代のダービー馬タニノギムレットの初年度産駒がデビューする年である。
限界説まで囁かれてきた彼は、復活を賭して1年ぶりに中山へと向かった。
その日の中山は、雨だった。
「打倒ディープインパクト」。
この年の古馬中長距離戦線を走る各馬の目標は、恐らく一致していた。
中距離馬にとって、春最大の目標は安田記念や宝塚記念。
一方、古馬王道を歩むディープの春最終戦はほぼ間違いなく宝塚記念。
そこでの打倒を目論む彼らの多くは、春の始動戦に中山記念を選んだ。
前週の京都記念も、天皇賞春を見据える馬達が集うかなり『濃い』メンツだったのは間違いない。
しかし、この中山記念はそれを上回るほどの『濃さ』だった。
出走12頭中、ナイトフライヤーを除く11頭が重賞ウィナー。そのうち3頭はG1ホースと、G1として扱っても全く遜色がないメンバーが出揃う。
そんな中での1番人気は喉鳴りを克服した皐月賞馬ダイワメジャー。前走マイルCSではあわや復活という所まで見せ場を作った彼の背中には、2年前の栄光を知るミルコ・デムーロ騎手。
続く2番人気には前年2着、それ以後も安定した走りを続けるカンパニー。
さらには日本と香港のマイルG1を制したハットトリック、秋華賞馬エアメサイア、前年のスプリングS覇者ダンスインザモアと人気が続き、不振が絶えないバランスオブゲームはトップハンデ59キロも手伝ってか15.4倍の6番人気と、前年同様評価は芳しくなかった。
しかしここでもう一度、思い出して欲しい。
彼は岡田氏にその馬体を見定められたほどの整った馬体をし、器用な立ち回りが必要とされる競馬場でこそ真価を発揮しているという事。そう、彼のレースセンスは、ここにいる超G1級のメンバーの中でも群を抜いていたのだ。
観客が傘を手放せない程降りしきる雨が作り出した、緩い馬場。
その影響か、これが初の道悪経験となるハットトリックがスタートで大きく出遅れる。
他馬も同様に、ダッシュがつくような馬はいなかった。
しかしそんな馬場も歴戦の舞台を踏んできたバランスオブゲームには関係ない。
4年前のあの弥生賞の時のように、1頭だけ悠然と先頭に立っていった。
最初のコーナーで競り掛けてきたダイワメジャーとエアメサイアも、コーナーで先頭を譲るとそのまま2番手集団を形成。その後ろにつけたカンファ―ベストから大きく離れた後方集団の外目に、カンパニーとダンスインザモア。出遅れたハットトリックはオリビエ・ペリエ騎手がしきりに手綱を動かすが、どうにも前に進んでいく感じがない。それどころか真横のユキノサンロイヤルの方が手応えよく見えるほどだった。
1000mを60秒9と言うマイペースでゆったり逃げたバランスオブゲームの手ごたえはよく、勝負所に差し掛かっても鞍上田中勝春騎手の手が動くことはない。後方集団の人気各馬が進出を開始しても、まだ動かない。
直線に入ったところで、ようやく追い出す田中勝春騎手の外にダイワメジャーとミルコ・デムーロ騎手が合わせにいった。
内からカンファ―ベストも差を詰めて行く。
外にはエアメサイア、カンパニーと人気馬が殺到。
流石にここで、バランスオブゲームの単騎も終わりだろう。
さあ、ここから熾烈な叩き合いが始まる──ように、一瞬だけ思えた。しかし、そうはならなかった。
トップハンデを背負う彼を、我々はまたも甘く見ていたのかもしれない。
並ぶ隙も与えない。追ってきたダイワメジャーとの差は開く一方だった。
その後ろ、エアメサイアも伸びがない。カンパニーは道悪に脚を取られたか未だエンジンがかかっていない。ハットトリックに至っては、とうに馬群に沈んでいた。
伸び悩むトップホース達を尻目に、トップハンデの馬体が躍動する。
3馬身、4馬身。
まだ伸びる、まだ開く。
「G2じゃ負けない!」
我々にそんなメッセージを伝えるかのように、差を広げていく。
連覇達成のその瞬間、田中勝春騎手は左手を小さく宙にあげた。
グレード制導入後は史上初となる中山記念連覇達成。G2は5勝目。
そして次走安田記念は17着と大敗し、案の定G2ホースと我々が侮った、その次走。
中距離馬最大目標、宝塚記念。
この日もまた、雨が止む事はなくレースを迎えた。
阪神競馬場の改修工事によって京都競馬場で開催されたこのレースは、凱旋門賞へ挑むディープインパクトの壮行式だと揶揄されていた。
そんな世間の評価などまるでお構いなしにバランスオブゲームはスタートからマイペースに逃げる。
坂の下りからTVカメラがディープインパクト1頭を映す一方、カメラからは外れたその画角でバランスオブゲームは中山記念の再現をするかのように馬なりで回ってきていた。
2番手のダイワメジャーは再び道悪に脚を取られたか交代。
後方勢もシンガポール帰りのコスモバルクは手ごたえが怪しく伸びてくる馬はディープインパクトただ1頭。
その姿に、昨年同じ競馬場でギリギリまで先頭を譲らなかったアドマイヤジャパンが重なる。
まさか、この壮行レースで大金星を挙げてしまうのか。
200mでディープが外から交わしにかかる。
それでもなお、バランスオブゲームは抵抗をやめない。交わされまいと、必死に粘る。
だがディープは強かった。あっという間に4馬身差がついた。
3着に粘り通した事実が物語るように、まだまだやれることは証明したと言えた結果だった。
そして秋の始動戦、オールカマーでコスモバルクを抑えきり、バランスオブゲームはJRA最多G2勝利記録となる「6勝」を挙げた。
その後は天皇賞秋へ向かう予定だったのだが……この記録で競走寿命の灯火が燃え尽きてしまったかのように、追い切り後に左前脚浅屈腱炎を発症、無念の引退。
通算成績は29戦8勝。うち7勝が重賞。
落札価格870万円の馬が、総獲得賞金は6億1769万円。
馬主孝行が過ぎるほどに走り通し、数多の名馬たちと戦ってきたバランスオブゲーム。
そんな彼の親戚には、稀代の癖馬ステイゴールドの名前もある。
多くの名馬を幻惑するようなレースセンスと、カラスに気を取られ気を落ち着かせたりするといったどこか人間らしいところはやはり彼の血筋……癖馬ディクタスから脈々と受け継がれる血が、織りなすものだろうか。
そう考えると、G2最多勝記録を樹立できたのもうなずける。
なぜなら彼の父は音速の末脚を持つ、デビューから史上最短でダービーを制したフサイチコンコルド。
記録は新しい記録を産むとも聞くが、こんな伝説的エピソードを持つ馬達が血縁に多数いるなら納得ではないだろうか。
それこそ、伝説から伝説が生まれるゲームのように。