[連載]イーストスタッドブログ・第3回 種牡馬の心理と種付け

ウマフリ読者のみなさま、こんにちは。
イーストスタッドのマネージャー佐古田直樹です。
前回、種牡馬の放牧地についてお話しました。今回は種牡馬と人の関係性や種付けにおける苦労などをお話します。

競走馬を引退して種牡馬となると、馬体は徐々にふっくらとして種牡馬らしい迫力あるものに変化していきます。心理的にもハーレムを形成するためのプライドが芽生え始めますが、これに伴って攻撃行動が顕著になることがあります。攻撃行動とは、噛んだり立ち上がったりして自分の強さをアピールする行為で、相手との主従関係を優位にしようとする意図があります。

馬の群れでは社会的な順位付けがあり、上位の馬が主導権を持つことが知られています。種牡馬を上手に扱うには、優位な立場にたって指示を与えなければなりません。

関係性が優位になれば他方を指示で動かすことができますが、逆に動かされるということは劣位である証拠です。種牡馬の攻撃行動は痛みを伴うことがあるため、人は身を引いて逃れようとしてしまいますが、これは馬の意思で人が動かされた状況といえるのです。つまり、うまく痛みを回避できても、主従関係は悪化していることになります。日頃から、馬の操作での始動や停止、方向の操舵や間合いの確保などの場面で、指示のもとに種牡馬を動かすという手順を繰り返し、優位な立場を築いていかなければなりません。

また、馬は感情を読み取ることも優れていて、人が不安を感じているとそこに付け入って主導権を奪おうとします。緊張する場面で冷静に振る舞うことは簡単ではないですが、自分を信じて向き合っていると馬との関係も良化していきます。いくつもの経験から得られる自信は、彼らから一目置かれる存在となるかもしれません。

毎年2月に入ると種付けシーズンとなりスタリオンスタッドは慌ただしくなっていきます。種付けにやって来る牝馬は事前に卵巣の状態を確認し、排卵を予測して種付けを行います。理論上は牝馬も種付けを望むタイミングですが、稀にその気分が乱れている馬や、性格的に牡馬を受け入れ難い馬もいます。種付けで種牡馬やスタッフが怪我をしないように、牝馬の発情兆候をチェックするのがアテ馬の役割です。イーストスタッドではヒストリカルという引退種牡馬がその大役を担っています。

一部の方からは『アテ馬は惨めな存在なのでは?』と思われてしまうこともあるようですが、実は種牡馬以上に強い精神力が求められ、適性がなければ務まらないポジションです。特に種付けが初めての牝馬などは、初めてのことに驚いて牡馬を鋭く蹴って逃げまわります。経験豊富なアテ馬は、牝馬に蹴られたり逃げられたりしても種牡馬以上の迫力で追いかけて乗駕を繰り返すことで、徐々に牝馬の交配本能を引き出すことが出来るのです。数分前までの拒絶が信じられないぐらい発情兆候を示して種付けを終えれば、次回以降も良好な種付けが期待できる牝馬となります。毎日安全な種付けが進められるのは、彼らの働きによるものです。

種付けにおいては種牡馬と牝馬の相性も存在します。種牡馬のなかには、アテ馬とは違って優しい性格の馬もいます。この性格でライバルたちを負かしてきたのですから競走能力は並外れたものがあるのでしょう。ただし牝馬は強い種牡馬を求める傾向があります。実際に優しい種牡馬は、特に気の強い牝馬に嫌われることがあり、我々にとっては少々厄介です。

すべての牝馬はアテ馬で発情を確認しています。そして問題ないと判断されてから、種牡馬が入場します。しかし、アテ馬で機嫌が良かったはずの牝馬が優しい種牡馬に変わった途端に気分を変えることがあるのです。またそんな優しい馬に限って牝馬の感情を敏感に読み取るので、自信をなくしたように興奮も冷めていきます。

そんな時は互いの気持ちをリセットするために距離をおき「お前ならできる!」と種牡馬を鼓舞しながら興奮を促します。距離をおいて眺めていると徐々に性欲も湧いてくるので、興奮がピークに達した状態で牝馬に近づき、いよいよ種付けとなります。最初は嫌な表情をみせた牝馬も、興奮して種牡馬らしい姿を確認すると何事もなかったように受け入れるので不思議なものです。

このように、サラブレッドの種付けではいろんな性格の馬たちをマッチングさせています。種付けが苦手な種牡馬の産駒が優秀な成績をあげれば、彼らもまたまた優しい種牡馬としてそのDNAを受け継いでいくのかもしれません。

我々が苦労している仕事が競馬の繁栄に繋がっている──そう願いたいものです。

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