エコロテッチャンはその後、再びダート戦(1200m)を使い、4着に敗れてしまいました。芝のマイル戦が得意だと当初は考えて、盛岡競馬場を求めて来たテッチャンがまさかダート1200m戦を走ることになるとは…。本人も思いも寄らなかったと思いますが、目標とするレースをヴィーナススプリントに定めた以上は、ダート戦から目を背けることはできません。ダートの短距離戦では、テッチャンはスタートしてから好位につけるまでにパワーを使ってしまい、さらに最後の直線でも力でねじ伏せられてしまいます。自身の長所である軽快なスピードを殺されてしまう馬場で走ってもらわなければならず、テッチャンには申し訳ない気持ちで一杯ですが、これを糧にもっと強くなれば、自分の土俵でさらに良い走りができるようになると信じています。
唯一の希望といえば、レース当日に雨が降って、脚抜きの良い馬場になることでしょうか。力を要するパサパサのダートでなければ、テッチャンは砂自体が苦手なわけではありませんので、力を発揮してくれる可能性は高まります。ダートを得意とする他の牝馬たちの強みが削がれ、テッチャンの良さが現れるということです。競馬が行われる日に、ひと雨振ってもらいたいと願ったことなど一度もありませんでしたが、今回に限っては、雨ごいをしたい気持ちです。そして僕は決意しました。僕がレース当日に盛岡競馬場に行こう。雨男である僕が現地に行けば、ひと雨降ってくれるのではないか。神さま、いつも雨を降らせてくださってありがとうございます。今回もよろしくお願いします。
僕は東京駅から新幹線に飛び乗り、盛岡競馬場を目指しました。当日の東京の天気は快晴。ひんやりと肌寒くなってきてはいるものの、秋の陽気に包まれていました。岩手の天気予報を見ても、曇りとなっているだけで雨が降りそうな気配はありません。無駄足になるかもしれませんが、僕にとっても、Equine Vet Ownersにとっても、初めての重賞レースになることもあり、僕は現地に立っていたいと願うようになりました。テッチャンに関わる皆と、一緒に重賞レースの緊張を楽しむことができればそれで良いのです。勝ち負けは後からついてくるものです。
もうひとつ、テッチャンの口取りを皆でしたいという気持ちも強かったです。これまでテッチャンが2勝したとき、僕は予定があってその場には居られませんでした。僕も共有馬主としてテッチャンの競走生活にわずかながらも関わっていたという証を残すために、口取りに参加したいと思うようになったのです。そもそも、現地にいなければ、絶対に口取りに参加することは叶いません。競馬は何が起こるか分からない以上、たまたま勝ったときにその場にいたら口取りに参加できるのではなく、いつもその場にいるからこそ、たまたま勝ったときに口取りに参加できるのではないでしょうか。そう思うようになってから、往復6時間と4万円の旅費をかけてでも、できる限りは現地に行こうと決めました。
ひと眠りしてから起きると、トンネルを抜けて、新幹線の窓に雨が降りかかってきたのを感じました。仙台はかなりの雨が降っていたのです。もしかすると盛岡も降ってきたのではないかと期待してLINEをしてみると、「こちらは晴天です!」との返信が。たしかに盛岡に近づけば近づくほどに、雨は止んでいきます。肩透かしを食らいましたが、今仙台にいる雨雲が僕に引き連れられて盛岡に辿り着くかもしれません。あきらめてはいけません。もうここまで来たのだから、雨云々ではなく、エコロテッチャンの底力に期待しようという気持ちも湧いてきます。少しぐらい馬場が重かろうが、テッチャンは頑張ってくれるはず。普段の調教はダートでも抜群の時計が出るように、誰よりも速く走れるのですから。
上手獣医師よりもひと足先に、曇り空の盛岡競馬場に到着しました。馬主席に座るとすぐに菊花賞の実況が流れます。勝ったのはアスクビクターモア。廣崎さんにとっては久しぶりのG1勝利ですね。娘さんがとても綺麗な方であったのを思い出しました(笑)。僕の本命ガイアフォースは離された8着に終わりました。最内枠を引いたのが仇となり、勝負どころで前から下がってきた馬をさばくのに苦労して、スタミナ勝負に持ち込めませんでした。菊花賞は往々にして内が詰まるので、道中のどこかで外に出しておくことが大切です。ハマるべくしてハマった罠ということでしょうか。過去にはあのオリビエ・ペリエ騎手もハマってしまった罠ですから、やはり大舞台で勝つには経験も必要ということです。いつの日か、松山騎手がこの苦い経験を生かして菊花賞を勝つことを楽しみに待ちたいと思います。僕たちのメインレースであるヴィーナススプリントまで、あと2時間と迫りました。
ジャンボ焼き鳥を食べたり、上手獣医師のお子さまたちと戯れているうちに、あっという間に第10レースが終わりました。僕たちは馬主席に別れを告げて、パドックまで降りて行きました。電光掲示板にはエコロテッチャンの名前が表示されています。いよいよ重賞の舞台までやってきたのです。馬体重は450kg。他の出走馬たちは牝馬ながらも500kg近い馬体重を誇っていますが、エコロテッチャンもサラブレッドオークションに売りに出されていたときの貧相な頃とはまるで別馬です。筋肉を付けながらここまで馬体重を増やしてきたのは、志村厩務員や永田調教師の努力の賜物だと思いました。我が仕上げに一片の悔いもなし、と志村調教師が豪語していたのも分かる出来の良さ。これで負けたなら悔いはありません。
返し馬に入るところで、ややバタバタする面を見せて心配しましたが、重賞のファンファーレが鳴り響くと、テッチャンは順調にゲートに収まりました。スタート!と同時にテッチャンと鞍上の小林凌騎手は飛び出し、ハナを奪おうといわんばかりの勢いで前進します。ところが、100m、200mと走るうちに、内と外から来る馬たちのパワーに負ける形で行く手をふさがれてしまい、その瞬間、後方に向かって逆噴射したように失速してしまいました。一瞬、故障かと疑うほどの下がりようでしたが、その後は何とか付いていき、最後の直線では内を突いて伸びようとしますが、結局、最下位でゴールとなってしまいました。馬は無事そうで安心しましたが、グウの音も出ない大敗です。
重賞クラスのダート1200戦ともなると、先行争いが激化するだけではなく、スタートしてから押して押して前に行くような競馬となり、スピードというよりは、パワーが要求されることを象徴するようなレースでした。他の馬たちよりも、ダッシュ力もスピードも決して劣らないエコロテッチャンがダートの短距離戦で先行できないのは、ただ単にパワーが足りないからです。そして、スッと逃げるもしくは外の2、3番手に付ける形にならず砂を被ってしまうと、エコロテッチャンの良さは全く生きないこともはっきりと分かりました。距離云々よりも、自分の型に持ち込めて、最後のコーナーを抱えて(持ったままで)回ってくる形になると、最後の直線でももうひと踏ん張りできるのです。そう考えると、芝のレースが合っているのは当然のことながら、ダート戦であれば1600mぐらいの距離がある方が楽に先行しやすいということになります。
実はこの後、川崎競馬に一時的に移籍する話も出ていましたので、川崎競馬場であればダートの900mではなく、1500mもしくは1600m戦が、テッチャンが自分の力を発揮できる舞台ということになりそうです。川崎の1500m戦はスタートしてから第1コーナーまでが短いため、よりスムーズに先行できる1600m戦の方がより合っているかもしれません。いずれにしても、芝向きの馬であることはたしかであり、テッチャンには不得意な条件ばかりで走らせてしまって申し訳ないという気持ちで一杯です。そして、中央競馬の舞台から追い出されてしまった芝馬は、一気にマイノリティの存在となり、活躍の場が限られてしまうことも実感しました。
レース後に永田厩舎を訪れ、永田調教師とテッチャンの将来について語りました。逆噴射するように下がったのは、砂を被って嫌がったからだとのことで、馬体には問題がないと聞き安心しました。仕上がりは抜群だったけれど、やはりテッチャンの適性とは真逆の舞台であったこと、そしてスッと先行して持ったまま回ってこれるような舞台をこれからは選択していこうということで上手獣医師と永田調教師と僕の意見は一致しました。明らかな敗戦が僕たちの心をひとつにしたのです。大きな挑戦をしたからこそ、明らかな失敗ができ、未来がはっきりと見えてきたのです。
(次回へ続く→)