難病を乗り越え蘇った天才の、真夏の輝き。グレーターロンドンの中京記念。

2015年のバレンタインデーに、一頭の良血馬がデビューを迎えた。

その名はグレーターロンドン。

父は言わずと知れたディープインパクト、母は卓越したスピードを武器にデビュー3連勝でファンタジーSを制し、桜花賞でも2着に入ったロンドンブリッジ。さらに兄姉にはオークス馬のダイワエルシエーロや重賞2勝のビッグプラネット、甥には菊花賞馬のキセキなど多くの活躍馬がいるという、絵に描いたような良血一族である。

その優秀な一族から誕生した当馬はデビュー戦を快勝。調教から素晴らしい動きで好タイムを連発し、血統の後押しも相まって1.3倍という圧倒的支持を集めていたが、見事、期待にたがわぬ走りを見せたのだった。跨った北村宏司騎手が「調教で乗った時から自信を持っていた。とても乗りやすい」と絶賛すれば、管理する大竹正博調教師も「現状何の不安もない」と自信のコメント。世間では“遅れてきた大物”と謳われ、一躍ダービー馬候補に名乗りを上げた。

周囲の期待が高まる中、ダービーを見据え3Fの距離延長で挑んだ2戦目・山吹賞だったが、結果は2着。手応え良く直線楽に抜け出したものの、勝ち馬(レッドライジェル)の末脚にクビ差屈した。レース後には落鉄も判明するなど、本来の実力を出し切れたかは疑問符がついたが、タイミング的にも山吹賞は"落とせない一戦と"目されていただけに、痛い敗戦となってしまったのである。

クラシック出走を断念し、約半年の休養を挟んで迎えた500万条件(現1勝クラス)は危なげなく勝利。自己条件から再出発を図り、ここからひとつずつ順調に──多くのファンがそう思っていた。

しかしその矢先、蹄の難病が当馬を襲った。蹄葉炎である。

発症リスクは諸説あるが、最悪のケースとして死に追い込まれる可能性もあるほどの疾病である。過去にも名牝ウオッカや名種牡馬サンデーサイレンスなど、多くのサラブレッドが蹄葉炎を原因としてこの世を去った。

そのように命さえも危ぶまれたグレーターロンドンだったが、ここから不屈の精神力と関係者の懸命な努力で、復活を遂げることになる。

何とか怪我が治癒し、ターフに戻ったのは1年後の500万条件。新たに田辺裕信騎手を鞍上に迎え、後方から驚異の末脚を繰り出して差し切り勝ち。ここからこの馬の快進撃が始まり、続く1000万条件(現2勝クラス)、1600万条件(現3勝クラス)の節分ステークス、そしてOP特別の東風ステークスと勝利を重ね、休養前と合わせて5連勝を成し遂げた。驚きなのは、その末脚。休養後の4連勝はすべて32~33秒台の上がりで差し切るという圧巻のパフォーマンスで、デビュー時の大物感を再び蘇らせたのである。

その後、重賞をパスする事となったものの、遂に待ち望んでいたG1の大舞台・安田記念へ駒を進める。これが初の重賞挑戦でもあった。

それまでコンビを組んできた田辺騎手に先約がいたため福永祐一騎手が手綱を握り、スタートで後手を踏みながらも並み居る強豪を相手に僅差の4着と大健闘。連勝こそストップしたものの、ぶっつけ本番だったことを考えれば堂々たる競馬であったのは間違いない。

秋初戦の毎日王冠からは、蹄葉炎が発症してからは初となる中距離戦へも挑戦する。同レースで並み居るG1馬を相手に最速タイの上がりを使って3着に入ると、続く秋の天皇賞では極悪馬場の中、みなが避けるラチ沿いをスルスルと追走し4角先頭の強気な競馬を敢行。結果は9着と敗れたが、見ていた多くのファンが「オッ!」と一瞬は思ったのではないだろうか。

しかし、この極悪馬場での激走により歯車が狂ったのか、その後OP特別での取りこぼしや得意のマイル戦に戻っての敗戦など精彩を欠く競馬が続き、気づけば以前の連勝街道から一転、連敗続きとなっていったのだった。

そんな低迷期のさなか、転機となったのが京王杯スプリングカップ。キャリア初となる1400mへの挑戦であった。

この頃から調子の良さが目立ち徐々に復調気配を感じさせる雰囲気はあったが、レースでは最後方から上がり32.5の驚異的タイムを叩き出して差のない4着。レコードタイムが出るようなハイペースも重なり、さすがに道中は忙しさを感じさせる追走だったものの、一連の競馬は間違いなくこの馬に良い刺激を与えたと、私は今でも思っている。

──そして迎えた中京記念。

超大混戦のメンバーでオッズも割れ気味の中、グレーターロンドンは1番人気の支持を受けた。

好スタートから中団やや後方へ下げ、じっくり脚を溜めて最後の直線を迎える。

良い手応えで先に抜け出したのはロジクライ。3歳時に重度の骨折を患い、2年近くの休養を経て不死鳥の如く蘇った実力馬だ。

そんな根性溢れる同馬を外から自慢の末脚で並びかけ、交わし去る。食い下がる同馬を3/4馬身差退け、久々に果たした1着ゴールは初の重賞タイトルを手にする瞬間でもあった。

競走生命を失いかけながら逆境を乗り越えてきたこの2頭が、重賞の舞台で叩き合いを演じているその姿だけでも感動的である。

そして何より、一時はダービー馬候補とさえ謳われた類稀なる才能を持つグレーターロンドンが遂にタイトルを獲得。

優勝レイが掛けられた麗しき姿にはとても言葉では言い表すことのできない、込み上げる想いがあった。

更なる飛躍を期待された秋、再び蹄の不安により志半ばで現役を引退。結果的に同レースがラストランとなり、デビュー前に期待されていたG1制覇は叶わなかった。

しかしその才能と良質な血筋が買われて種牡馬入り。そしてその初年度産駒のロンドンプランが新馬戦を快勝し、産駒のJRA初出走・初勝利という輝かしいデビューを果たした。


デビュー時に抱いた大きな期待、一度は諦めた大きな夢──。

ファンがこの馬に捧げた想い、そして何よりこの馬自身がターフに捧げた熱き想いが、月日が経った今、再び輝きとなって蘇る。

苦難を乗り越え、タイトルを手にしたあの夏の輝きのように。

写真:タイガーマスクG、Horse Memorys

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