ウォーターリーグ、ウォータールルド、ウォーターパルフェ、そして2022年の牝馬クラシック路線を大いに盛り上げているウォーターナビレラなど”ウォーター”の冠号を持つ馬を所有している山岡正人オーナー(64歳)。地元京都で長年フレンチのシェフとして腕を振るわれ、現在は先代故山岡良一氏の後を継ぎ近畿機械工業株式会社の代表を務められています。
今回は山岡正人オーナーにウォーターナビレラのこと、また愛馬達を通して紡がれてこられた、たくさんの競馬を取り巻く人々とのつながりを語って頂きました。
伏木田牧場に舞い降りた青鹿毛の仔馬との運命的な出会い
馬主(うまぬし)の方々がデビュー前のサラブレッドを購入する方法として、JRAのブリーズアップセールや、北海道苫小牧のノーザンホースパークで開催されるセレクトセール、静内の北海道市場で開催されるサマーセールなど「せり市場での購入」が良く知られていますが、実はそれはほんの一部に過ぎません。「庭先取引」という仕組みで購入されている馬も、数多くいます。
「庭先取引」とはせり市場に登場する前の時期に馬主と生産牧場間で直接交渉の上購入することです。長いお付き合いや懇意にして下さっている馬主の方に牧場側がいい馬をお勧めできるというメリットがあります。
2019年5月27日に生まれたウォーターナビレラも伏木田牧場と大変縁の深い山岡オーナーの愛馬となりました。
6 月初旬のこと、山岡正人オーナーに北海道浦河町にある伏木田牧場の伏木田修社長より1本の電話が入ります。それは「良い馬が生まれたのでぜひ山岡オーナーに買ってもらい、武幸四郎調教師に預けてほしい」という連絡で、その馬こそ後のウォーターナビレラだったのです。
伏木田牧場とは、先代の山岡良一オーナーの時代から繁殖牝馬を預ける長い付き合いの間柄とのこと。山岡正人オーナーは伏木田社長を、愛情をこめて”修ちゃん”と呼んでいるのだとか。また伏木田修社長と武幸四郎調教師は同い年で、信頼のおけるの仲とのことです。
「生産牧場としては、いい馬を作ってせりで高く売るという事が商売であり夢であると思うのですよね。それでも、その馬のオーナーにぜひと声をかけてくれた。その気持ちがとてもうれしくてね。だから、"修ちゃん、せっかくいい馬が生まれたのだから本当はせりに出したいのでしょう?"と思いまして。そして、せりに出ている気分で提示された値段からもう一声分競り上げて値段を決めました(笑)」と語る山岡オーナー。
伏木田社長には「値段をまけてほしいとはよく言われますが、まさか上げてくれる人がいるとは……」と驚かれたそうです。
「彼(伏木田社長)はアメリカで修業を積み、その成果を牧場運営に取り入れています。昼夜放牧も彼の代から取り入れました。また、若い生産者のグループで勉強会を開いたり、とにかく何事にも一生懸命。私は馬のことはわかりませんが信頼してお願いしています」と語る山岡良一オーナーの言葉からも、その信頼関係がうかがえます。
ウォーターナビレラの母シャイニングサヤカは、地方競馬で活躍し2013年のグランダムジャパンシリーズで大接戦の2位に入ったという実力馬。父は当時の新種牡馬であるシルバーステートで、父と同じ青鹿毛のウォーターナビレラはその父に初重賞制覇もプレゼントすることになります。
*グランダムジャパンとは、全国の地方競馬で活躍する牝馬たちの世代別重賞シリーズのこと。2歳、3歳、古馬シリーズに分かれ、競走成績でポイントを獲得し各世代の女王を決定します。
天国の先代へ、感謝とともに届けた初重賞制覇
遅生まれながら周囲の深い愛情に見守られ順調に育っていったウォーターナビレラ。2021年8月の札幌競馬で無事デビューを果たします。そこで見事に勝ち上がると、10月2日の中山競馬サフラン賞も優勝。そして2021年11月6日、暮の阪神ジュベナイルフィリーズのステップレースとなる、第26回KBSファンタジーステークスへと駒を進めます。
京都競馬場が改修工事中のため阪神競馬場で行われた2021年のファンタジーステークス、2番人気に推されたウォーターナビレラは、1番人気ナムラクレアの追撃を振り切ると、1着でゴール。そしてこの重賞制覇が山岡良一オーナー、そしてご子息の正人オーナーにとって念願の初タイトル。さらに武幸四郎調教師・武豊騎手の兄弟タッグとしても、シルバーステート産駒としても初の重賞制覇と、記録づくしの勝利となりました。
実はウォーターナビレラはデビュー当初、先代の山岡良一氏が所有されていましたが、新馬戦を見届けた後、サフラン賞を目前に他界されました。
「1着でゴールを駆け抜けたあと、豊くんが空に向かってこぶしをあげてくれてね。父にもきっと届いたことと思います。そして縁の深い伏木田牧場の馬でついに重賞に手が届いたと、本当に嬉しかったです」
武豊騎手を“豊くん”武幸四郎調教師を“幸ちゃん”と優しいまなざしで呼ばれる山岡オーナーと武一家とのつながりは大変長く、故武邦彦元調教師が騎手時代からとのこと。
「父の時代に武田作十郎調教師に預けていた関係でその時からの付き合いです。今はコロナで会う事は難しいですが、それまでは年に一度"武作会"と言う名の食事会を開き、集まっていたほどです」
先代の山岡良一オーナーと気さくで優しくて楽しい武邦彦さんとは、「馬主と調教師との関係になってしまうといろいろ気を遣ってしまうのでは」という思いから、しばらく飲み仲間として楽しい時間を過ごす間柄が続いていたそうです。
ウォーターナビレラが武豊騎手とコンビを組むことになったのもこうしたご縁がきっかけかと思いきや、「もともと吉田隼人騎手が乗ってくれていたのですが、ファンタジーステークス当日は福島に騎乗依頼が入っていたそうで、ある日武幸四郎調教師から電話があり“武豊(騎手)でいきたいと思いますがいいですか”と(笑)。それで決まりました。吉田隼人騎手にはいまも調教に乗ってもらっていてありがたいことです」とのこと。
武幸四郎調教師に任せてきたからこその信頼関係が垣間見えます。
楽しみは愛馬のこどもたちが競馬を勝つこと、頑張った後はゆっくり余生を過ごしてもらいたい
「馬主としての楽しみは、愛馬のこどもたちが競馬を勝ち、”ウォーター”の血をつないでくれること」と山岡オーナーは語ります。
「1998年生まれの外国産馬ウォーターリーグは種牡馬となりましたが、所有馬であるウォーターエナンとの間に生まれたウォータールルドがオープン競走ギャラクシーステークスを勝ってくれました。いまはウォーターエナンとディープインパクトとの間に生まれたウォータービルドが種牡馬となっています。ウォーターの血がつながっていくことがとても楽しいし、サラブレッドと向き合う上での醍醐味だと感じます」
また、愛馬たちの現役引退後や繁殖引退後についても配慮しているという山岡オーナー。
「ウォーターの名前で長い間走ってくれた馬、そしてこどもを産んでくれた繁殖牝馬たちには、引退後は余生を過ごしてもらいたい。繁殖牝馬が”こどもを生む年齢を過ぎたからそれで終わり“というのはちょっと違うかなと私は思っています。長い間楽しませてくれたのだからそれはやってあげたい。現在は養老牧場に6頭預けています」とご説明いただいた。
馬が好きで競馬を始めたファンにとっては、引退馬のその後が厳しいものであることを知って一頭でも多くの馬に穏やかな余生を送ってほしいと願っている方も多いのではないでしょうか。その中で長い間馬主を続けている山岡オーナーの馬たちへの愛情には、心からの敬意を表します。
「絶対がない」ことこそが競馬
「ウォーターナビレラが桜花賞で2着になった後、正直に悔しさのあまり丸二日間レースを振り返る事はできませんでした。そして5月のオークスはだれも想像できなかった展開となり、熱中症もあったウォーターナビレラは全力の走りをすることができませんでした。でもそれも含めて“これが競馬”なのだと思います」と、山岡オーナーは語ります。
「オークスで全力を出し切っていたらその後のローテーションもどうなっていたかわからない。けれど、レース後は北海道でゆっくり静養しおかげで元気になりましたからこの先に向けて考える事もできます。この後は、軽ハンデで出走できる札幌競馬のクイーンステークスから始動し、秋の大本番秋華賞を目指す予定です。ぜひ応援してください」
山岡オーナーの愛情深いお人柄に関わった多くのホースマンたちが励まされ、信頼を寄せている事が感じられる大変貴重なインタビューとなりました。 山岡オーナーの愛馬たちのますますの活躍を心より願っております!
写真:ご本人さま提供、川原敬、パドジジ