あれは、少し早めの昼メシを済ませて、府中のメモリアルスタンドから出た後だっただろうか。
降り出した雨は、まるで怒りをぶつけるような土砂降りに変わった。
分厚い雲に覆われた暗い空は、風薫る5月のそれとは到底思えなかった。
視界が悪くなるほどの豪雨により、地面を叩く音が響いていた。
私は、その土砂降りの雨をどこか他人事のように、ぼんやりと眺めていた。
その土砂降りの中でも、ダービー・デイの熱気は変わらずにいた。
2009年5月31日。
東京競馬場に、私はいた。
何年ぶりかの、競馬場だった。
当時の私はといえば、ワーカホリックに仕事をこなすだけの毎日だった。
深夜まで至る仕事、休日返上も当たり前……よく働いていた。
よく働いたと書けば見栄えはいいが、実際には、そこに何の達成感もよろこびもなかった。
いまになってみれば、それは寂しさを埋めるためにしていたのだろうと思う。
寂しさは、空白を嫌うからだ。
だから、その空白を埋めるべく、依存するものを探す。
その依存する先は、人によってさまざまだ。
仕事の人もいれば、買い物、お酒、ギャンブル、恋愛あるいは性愛なんかも、その対象になるだろう。
どれだけ仕事に励んでも、こころが満たされることはなかった。
その成果が出ようが出まいが、こころに空いた穴は、埋まることがなかった。
乾いた砂に水が吸い込まれるがごとく、満たされない。
回し車の上で延々と走り続けるネズミのごとく、どこにもたどり着けない。
時に、何を考えているのか分からない、と言われた。
またある時は、ロボットのようだと、言われたこともあった。
それはそうだ。
私自身だって、自分が何を感じているのか、わかっていなかったのだから。
生きながら、半分死んでいたのかもしれない。
そんな折、旧知の友人から「ダービーに行かないか」と誘われた。
わざわざ上京するのも面倒だし、いつもなら仕事が多忙と断るところを、なぜその誘いに乗ったのだろう。
いまとなっては、よく分からない。
ただ、京王線に乗ったとき、ワクワクした顔をして競馬新聞を読みふける人たちを見て、ここに来たかったのだと感じたようにも思う。
土砂降りの雨の中、ダービー・デイの時間は刻々と過ぎていく。
仕事場と自宅の往復だけの毎日とは異なる、現実離れしたその空間。
どこか戸惑いを覚えて異邦人だった私も、レースが進むごとに徐々にその場に馴染んでいく。
そうだ、今日は、ダービー・デイなのだ。
目いっぱい、競馬の祭典を楽しむ日なのだ。
ダービーの前になり、雨は止んだ。
しかし滝のような雨をたっぷりと吸ったターフは、すでにその前のレースのむらさき賞から「不良」へとその状態を変えていた。
2009年の日本ダービーは、40年ぶりに不良馬場での発走となった。
来賓に、時の宰相・麻生太郎氏が来場されているとのアナウンス。
今日は特別な日、ダービー・デイであることが、否が応でも意識させられる。
スタンドの熱気は、最高潮に達しようとしていた。
その熱気のせいか、雨は上がっていたものの、視界はどこか煙って見えた。
立錐の余地なく埋まったゴール前で、私は発走の時を待ち地蔵と化していた。
そうだ、このスタンドの雑踏が、たまらなく好きだったことを思い出す。
右を向いても、左を向いても、人、人、人、そして、人。
この日の入場者数、11万人。
22万の瞳が、その瞬間を目撃せんと、ただ一点に注がれている。
2006年に生を受けた、7,768頭のサラブレッド。
その頂点を決める走りが、これから始まるのだ。
ざわめきと、胸の高鳴りと、期待と、緊張と。
11万人の誰もが、同じような胸の高鳴りを抑えられずにいる。
それは、自分であることのようで、自分がなくなる時間だ。
誰にもならなくてもいい。
ただ、自分の応援したいサラブレッドに、騎手に、こころを差し向けるのだ。
だれもが、ひとりだ。
ひとりなのだが、それはいまこの場所にいる11万人のなかの、ひとりなのだ。
ただ、その瞬間とともにあればいい。
ターフビジョンに、黒い袴姿の男性が映し出される。
北島三郎さんによる、国家斉唱。
力強く、太く、そして威厳と誇りに満ちた、その歌声。
この国に生まれ、この国のダービーを観戦できるよろこびが、胸に満ちる。
発走時刻が迫る。
GⅠのファンファーレが鳴り響く。
さあ、2009年の、日本ダービーだ。
雨上がりの霧なのか、視界が白く煙る中、ゲートが開いた。
正面スタンド前を通って、18頭が駆けていく。
各馬の脚元からは、水しぶきとキックバックの土塊が飛ぶのが見える。
やはり、馬場は相当に悪そうだ。
先手を取ったのは、NHKマイルカップを勝っていたジョーカプチーノと藤岡康太騎手。
逃げると思われた武豊騎手のリーチザクラウンは、2番手からの追走を選択。
皐月賞前までは、ロジユニヴァース、アンライバルドとともに「三強」を形成していたが、その皐月賞では先行馬壊滅の超ハイペースに巻き込まれて13着と大敗。
このダービーでは5番人気と人気を落としていたが、巻き返しを狙う。
そのリーチザクラウンを見る形で3番手のポジションを取ったのは、ロジユニヴァース。
最内1番枠から好発を決めた横山典弘騎手は、積極的な競馬を展開する。
新馬戦、札幌2歳ステークスと連勝し、さらに当時の出世レースであったラジオNIKKEI杯2歳ステークスではリーチザクラウンを差し切り、弥生賞では楽々の逃げ切り。
4戦4勝、1番人気で臨んだ皐月賞では、好位を追走するもハイペースの影響を受けたか、まったく伸びずに14着と惨敗していた。
舞台変わっての府中で、捲土重来を期していた。
好位集団にはプリンシパルステークス2着のアントニオバローズ、それを見るように皐月賞2着のトライアンフマーチ、ちょうど中団あたりに青葉賞勝ちのアプレザンレーヴ。
後方集団には、2歳チャンピオン・セイウンワンダー、さらにはナカヤマフェスタ。
そして、1番人気のピンクの帽子、18番アンライバルドと岩田康誠騎手はここにいた。
前走の皐月賞を中団待機から豪快な末脚で差し切って「一強」を誇示し、1番人気に支持されていた、アンライバルド。
ロジユニヴァースと同じくネオユニヴァースを父に持ち、同じようにダービー父子制覇がかかる。
向こう正面に入り、先頭のジョーカプチーノがリードを大きく拡げていく。
刻んだラップは前半1000mが59秒9と、不良馬場を考えるとかなりのハイペース。
単独2番手のリーチザクラウンも、徐々に後続との差を拡げる。
3番手のロジユニヴァースは、後続を引き連れながら、間合いを詰めるタイミングを測っているようにも見えた。
府中の大欅を過ぎ、馬群が詰まっていく。
4コーナーあたりで先頭のジョーカプチーノは失速し、馬群は一団となり最後の直線を迎える。
興奮のクライマックス、ダービーの直線。
ゴール前から見る18頭は、霧霞の中から立ち上る、真っ黒い塊のようにも見えた。
先頭は紫と白の勝負服、リーチザクラウン。
その内へと潜り込んだ白い帽子、ロジユニヴァースが伸びる。
熱気と怒号に煙る霧の中、巻きあがる水しぶき、そして土塊。
それは、薫る風の下、新緑のターフの上を疾走するダービーのイメージとは、かけ離れていた。
死力を尽くして敵を追い散らす、騎馬隊の行軍のようにも見えた。
速さではなく。
強さ、そして生命力を、競っているように見えた。
あるいは煙る霧の中、舞い上がる土塊と泥の中、己がいのちの輝きの大きさを競っているのかもしれなかった。
馬群が近づいてくる。
大雨にぬかるんだ馬場を叩く蹄鉄の音は、いくつもの心臓が刻むビートのように聞こえた。
黄色と青の勝負服、ロジユニヴァースが先頭だ。
四肢が、力強くターフを刻む。
その馬体は、泥を浴びている。
生命力に満ち溢れ、輝く3歳サラブレッドたち。
ダービーに抱くそんなイメージとはかけ離れた、泥だらけの行軍。
しかし、ロジユニヴァースはゴールに向けて、力強くステップを踏む。
懸命に追う、横山騎手。
渾身の、右鞭が飛ぶ。
一完歩、一完歩、また一完歩。
その脚が刻む音は、生命の音そのもの。
ほら、生きるって、こんなにも美しいだろう?
ゴールまでの刹那、泥だらけのロジユニヴァースに、そんな声掛けをされたようだった。
ロジユニヴァース、1着。
皐月賞14着からの見事な逆転劇で、3歳サラブレッドの頂点に立った。
勝ち時計2分33秒7は、ディープインパクトとキングカメハメハの持っていた当時のダービーレコードよりも、10秒以上遅いものだった。
それは、極限までのパワー、究極のタフネス、そして泥田のような不良馬場にも怯まない精神力と底力が問われたレースだったことを示していた。
その過酷なレースとなった日本ダービーを、ロジユニヴァースは制した。
鞍上の横山騎手は、15回目の挑戦で悲願のダービージョッキーとなった。
デビュー5年目の1990年には1番人気に支持されたメジロライアンで挑むも、アイネスフウジンの2着と惜敗。
以後、2003年のゼンノロブロイ、2004年のハーツクライと2着が続いたが、その悔しさを晴らす勝利だった。
ウイニング・ラン。
手を振る横山騎手へ、スタンドから送られる祝福の声援が、暖かかった。
18頭の優駿たちが地下馬道へ引き揚げていっても、私はスタンドで呆然としたままでいた。
たったいま目にした、ロジユニヴァースの走り。
それを、脳内で何度も巻き戻しては、リプレイを再生していた。
11万人の興奮。
泥を浴びた、その姿。
心音のような、蹄鉄の音。
歓喜の瞬間。
いのちの輝きの美しさと、祭りが終わってしまった寂しさと。
よくわらかない情感が、ないまぜになっていた。
それは、久しく味わっていなかったものだった。
祭りのあとの虚脱感のような疲労が、どっと噴き出てくる。
その疲れにかき消されそうになる情感を、もう少し感じていたいと思った。