ミスターメロディ〜福永騎手、キングヘイローと不思議な縁のある良血馬~

「……ディヴァインライト抜けてくる! 大外からキングヘイロー! キングヘイローだ! キングヘイローが撫で切った! 遂に悲願のG1制覇です!」

2000年、高松宮記念。
己の血統の偉大さを、いくつもの敗北を乗り越え証明した良血馬、キングヘイロー。

クビ差2着に、内から抜け出し、競り合いを制していたディヴァインライト。鞍上は福永祐一騎手。クラシックをキングヘイローと共に戦った戦友だった。

自分が勝たせることができなかった彼に差し切られたその心境は、後年彼が「騎手人生で1番悔しいレース」と語ったことがように、相当な想いがあったのだろう。

そして18年後、福永騎手は再び世界的な良血馬と出会うこととなる。その馬の名は、ミスターメロディ。

アメリカ生まれの快速馬との出会いは3月の中京。奇しくも高松宮記念の季節だった。

良血馬が鮮烈なデビュー。ダート戦から、芝重賞へ。

デビュー戦の日、東京競馬場のスタンドからはどよめきが湧いた。

ダート1300mで戸崎圭太騎手を鞍上に迎えてデビューした彼は、好スタートを切るとそのまま先頭に立ち、一杯に追われることなくノーステッキ、しかも2歳レコード更新のおまけつきで圧巻のデビュー勝ちを成し遂げてしまったのだ。ダートでのデビュー、しかもぶっちぎりとなると、エルコンドルパサーやサクセスブロッケンなど後々の名馬も数多い。

そんなパフォーマンスを見せられては、当然昇級後も人気が集まる。500万下を勝利するのに3戦費やしたとはいえ、そのオッズは1.1→1.3→1.3と圧倒的な支持。3戦目の東京ダート1400mで500万下を勝ち上がると、次走はなんと初芝、それも重賞のファルコンSが選ばれた。

新馬戦、500万下と勝利に導いた戸崎圭太騎手が既に同レースでダノンスマッシュへの騎乗を決めていたことから、陣営は中京を得意とする福永祐一騎手へ依頼。

これが、福永祐一騎手とミスターメロディの初めての邂逅であった。

ミスターメロディの父は、スキャットダディ。日本でも馴染み深いヨハネスブルグの産駒で、現役時代には2008年ケンタッキーダービー有力候補の1頭としても数えられるほどの馬だった。

そのケンタッキーダービーで18着に敗れ種牡馬入りすると、シアトルスルー以来41年ぶりとなる無敗の米3冠馬ジャスティファイ、欧州1200mで無類の強さを誇ったカラヴァッジオ等、世界各地で数々の名馬を送り出す。当然のように種牡馬人気はうなぎのぼりであったが、不幸にも2015年に急死してしまう。その希少な血の後継価値は高く、馬主であるグリーンフィールズ代表の清水氏は、日本におけるスキャットダディの後継としてミスターメロディを購入したとまで言われている。牝系は活躍馬揃い、加えて母父はフレンチデピュティの父・デピュティミニスター。

ダートの世界的名馬を混ぜ合わせた"超良血"と言って、ほぼ差支えのない血統であった。

思えば若かりし福永祐一騎手の相棒、キングヘイローも父ダンシングブレーヴ(80年代欧州最強馬)、母グッバイヘイロー(ケンタッキーオークスなどG17勝)と、超良血。こじつけに聞こえるかもしれないが、彼に差し切られた中京で再び良血馬に騎乗するという事自体、既にどこか因縁めいていたのではなかろうか。

迎えたファルコンSでのライバルは、既にOPクラスを勝っているダノンスマッシュとテンクウを筆頭に、クロッカスSから参戦してきたアンブロジオ、新潟2歳Sの勝ち馬フロンティア等が顔を揃えていた。

とはいえミスターメロディも、芝に適応さえできれば十分にチャンスはあると思われていた。
3番人気という評価は、それを裏打ちするものだろう。

ゲートが開くと内枠を利してモズスーパーフレアが先頭に立ちペースを作る。後に前半600mを32秒台で走り抜ける彼女は、既にその片鱗を見せるスピードを見せ、後続との差を広げていく。

一方ミスターメロディは若干行きたがるそぶりを見せるも、先頭から5馬身ほど後ろの位置で落ち着く。1、2番人気のダノンスマッシュとテンクウは後方からレースを進め、最後の末脚に賭けていた。

直線に向いて、逃げるモズスーパーフレアを捕えに行くミスターメロディが伸び始める。残り200mで完全に射程圏に入ると、馬体を合わせ、更に加速。なおも抵抗を見せるモズスーパーフレアだったが、すぐさま競り落とし抜け出すとそのままゴールまでまっしぐら。初めての芝など問題にせず、いとも簡単に重賞初制覇をやってのけてしまった。

結果的に中団以降に控えていた馬達の中での最先着は3着のフロンティアで、その次が7着のダノンスマッシュ。前にいた馬が軒並み残る展開だったとはいえ、およそ初芝で見せるレースぶりとは思えぬ横綱相撲の快勝劇。芝短距離戦線・ダート路線の二刀流が通用する可能性が見えてきたという意味でも、かなりの収穫だったことは間違いない。

ファルコンSの次走は、もう1ハロン距離を延長したNHKマイルC。
日本でのスキャットダディ産駒初戴冠を狙うにあたり、ファルコンSでの勝ちっぷりは十分すぎるほどだった。

ただし、本番のNHKマイルCでは、1ハロン延長の距離不安も手伝ってか7番人気の評価に。
ところが、いざレースが始まれば前半4ハロンはファルコンSとほぼ変わらない46.3というラップ。しまい勝負になる展開ならば、十分にチャンスはあるように思えた。

そして直線。馬場の真ん中を通って、あっさりと先頭に立つミスターメロディだったが、後ろから追撃してきたギベオンに併せられ、苦しい展開に。最後は1ハロンの距離延長が影響したか、外から強襲してきたケイアイノーテックとレッドヴェイロンにもとらえられ、やや離された4着に終わった。

その後、休養を挟んで秋のオーロCで復帰した後は5着、2着と続き、翌年は阪急杯からの始動。

背中には、前年、キングヘイローから20年の時を経てダービージョッキーの栄光を掴んだ福永祐一騎手が再び跨ることとなった。

その阪急杯では絶好の手応えで4コーナーを回ってきたが、直線で内にいたラインスピリットが外に出し、間を割ろうとしたタイムトリップと接触した際、大きく外へヨレてリョーノテソーロの進路を妨害。何とか立て直したと思いきや、今度は内にササりタイムトリップらを妨害してしまう。

3か月前に同距離で2着になった時とはまるで別の馬のようにフラフラ走り、直線でまともに走ることができずに自己最悪の7着に敗れたうえ、福永騎手も過怠金を課されるといった後味の悪い始動戦となってしまった。

とはいえ、1着との差は僅か0.5差。不利が重なり不完全燃焼に終わったこのレースでも大きく離されることは無かったという結果に、悲観的な考えや意見はそれほどなかったのだろう。陣営は、予定通り高松宮記念へと送り出すこととなった。

キングヘイローの訃報、そして迎える決戦・高松宮記念。

決戦の5日前、ある1頭の訃報が入った。

キングヘイロー、老衰により逝去。

福永祐一騎手のダービー制覇を見届けて安心したのかは分からないが、悲願達成の翌年での逝去に、あまりにも運命的すぎやしないかとの声すら聞こえてきたのも確かである。そのキングヘイローが初のG1制覇を成し遂げた中京の舞台で、高松宮記念が行われた。

この年の短距離戦線は前年春秋スプリント制覇を果たしたファインニードルが引退し、再び群雄割拠の戦国時代へと突入。

その中で、抜けた1番人気に支持されたのは明けて4歳となったダノンスマッシュ。NHKマイルC7着以後4戦し3勝2着1回。その中には京阪杯、シルクロードSと重賞2勝も含まれ、ファルコンSで敗れた時とは比較にならない成長を遂げていた。父は前年、3冠牝馬アーモンドアイらを送り出し、自身も世界の短距離王者として君臨したロードカナロア。父同様、ここで短距離戦線の混戦模様を振り切って王座を獲得したいところ。

それほど差のない2番人気には、モズスーパーフレア。ファルコンSで敗れた次走、函館のHTB杯を600m32.8で逃げ切るという快速ぶりを見せていた。俗に言う逃げて差す競馬が完全に板についた彼女は、前走のオーシャンSで600m32.3のハイラップをものともせず逃げ切る快勝。そしてこの大一番、鞍上は天才・武豊騎手。スムーズに先手を取ってしまえば、逃げ切りは濃厚である。

そして3番人気は、ミスターメロディと福永祐一騎手だった。

ファルコンSで上位人気の2頭に勝利している事、内枠を利せる馬場である事、そして鞍上がかつてのキングヘイローの相棒であった福永祐一騎手である事──。そうした様々な要因が重なる偶然もあったのだろう。前走7着という結果ながらも、上位人気に支持されていた。

折しも前年のファルコンS出走馬達が上位に支持されていたが、わきを固める歴戦の古馬たちも、前年2着のレッツゴードンキ、安定して走り続けるナックビーナス、2年前の覇者セイウンコウセイなど決して一筋縄ではいかない強豪が揃う。

さらに伏兵勢も魅力。キングヘイローの娘・ダイメイプリンセスが父を弔うのでは、藤田菜七子騎手と老雄スノードラゴンが大波乱を巻き起こすのでは……と、予想談義に暇は尽きなかったG1レースだった。

快晴の下大観衆の歓声が響きながらゲートが開くと、福永祐一騎手はミスターメロディを若干促しながら先行の作戦を取る。中京実績があるとはいえ、1200m戦は2歳12月のダート戦以来だ。悠長に構えていては良い位置が取れないと判断したのだろう。外から行きたがっているダノンスマッシュに番手を譲ると、そのままインの5番手という絶好位にポジションを取る。結果的にこの選択が、ダノンスマッシュとの明暗を分けることとなった。

一方、いつもは自分からハナを切りに行くはずのモズスーパーフレアはスタートから武豊騎手がしきりに前へいく合図を送っているが、自分から進んでいく感じが見られない。そればかりかスタートしてしばらくは、内のセイウンコウセイとラブカンプーに先頭を譲っていたほどだ。

600m通過は33.8。前3頭が引っ張る速い流れではあるが、モズスーパーフレアが単騎で引っ張り、下手をすれば32秒台まで視野に入れてられていた戦前の予想よりは、はるかに遅いペース。ダッシュがつかなかった分、モズスーパーフレアは直線入り口で後続に詰め寄られ、苦しい展開になっていた。

変わって外からセイウンコウセイが再び先頭に立ち、そのすぐ内にミスターメロディ。ダノンスマッシュはラブカンプーの外目からそのまま進出を開始していき、直線へ。

2年前の覇者、セイウンコウセイと幸騎手が108倍の低評価に反発するように脚を伸ばすその内、ぽっかり開いた進路からミスターメロディが抜け出しにかかる。

その姿はまるで、鞍上が19年前にアグネスワールドを内からディヴァインライトで捕らえ、抜け出した騎乗にそっくりだった。

同じように、4コーナーで外を回したダノンスマッシュが差を詰めてくる。

──しかし、その脚は鈍った。

同じゼッケンを纏ったキングヘイローが見せたあの爆発的なキレは、この日のダノンスマッシュにはなく、先頭争いには追い付けない。ショウナンアンセムとセイウンコウセイが懸命に追うものの、一向に先頭との差は詰まらない。

頭一つ抜け出したその態勢は、突っ込んでくる馬もいなければ、交わされることもないままただひたすらに、前へ、前へ。

初の芝1200も何のその、一気にG1初制覇。

上半身を伸ばし切った綺麗なフォームは、そのまま中京のゴール板を駆け抜けた。

「スタートして一瞬置かれかけたので、促していいポジションを取りに行ったのが良かったかなと思います。道中はリズム良く運べていましたので、あとは直線でどこを突こうかなと。……最後はキングヘイローが後押ししてくれたのかなと、本当にそう思いました。いい報告ができると思います」

2019年 高松宮記念勝利ジョッキーインタビューより

あくまでこじつけだが、不思議なものでこのレース上位5頭の入線馬番は3、4、7、13、5。

語呂合わせで『さよならキングヘイロー(13番はキングヘイローの優勝馬番)号』。しかも勝利騎手が福永祐一騎手と、本当にキングヘイローの弔いレースに見えてくる。ちなみに3連単の配当は449万7470円と大波乱だった。

自身が育てた良血に差し切られたあのレースとほぼ同じ抜け出し方を、時を経て跨った再度の良血馬で今度は勝ち切った。

そしてミスターメロディも、差された前年のNHKマイルCとは違い今度は粘り通す横綱相撲の勝ちっぷり。馬と騎手の成長を、我々にしかと見せてくれた。

この勝利で、ミスターメロディには海外からの種牡馬入りオファーも来たという。まさに「勝利の旋律」を奏で、多くの人々にその名血を証明した結果となった。

種牡馬として、後継を送り出せるか。「名血」のメロディは、終わらない。

その後、種牡馬としての可能性を広げる意図もあってか、1200m戦だけにとどまらずマイル、ダートへの再挑戦と、様々な挑戦を続けたミスターメロディ。

2020年のJBCスプリント12着を最後に現役を退き、結局高松宮記念以後は勝ち星を挙げることはできなかったが、スプリンターズSで2年連続4着に食い込むなど、そのスピード能力は健在だった。

そして、その血を伝えるためにキングヘイローも繋養されていた優駿スタリオンにて種牡馬入り。日本で飽和状態にあるキングカメハメハやディープインパクトの血を持たない種牡馬として、そしてスキャットダディの後継として期待される。

新馬戦で披露した、将来を楽しみにさせてくれるような圧倒的スピード能力。名手・福永祐一騎手との出会い。そしてキングヘイローとの不思議な運命──。

強さ、成長、ロマン。

我々が競馬を見るうえでの「楽しさ」の多くを見せてくれたと言っても過言ではないミスターメロディ。

しかしそれも、よりよい後継に恵まれるための序章に過ぎないのかもしれない。彼の協奏曲は、まだまだ始まったばかりなのだから。

写真:おぎや

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