[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]公開展示(シーズン1-31)

右手に海を見ながら、1時間ちょっとのドライブでセレクションセール会場に着きました。天気予報によると雨が降るとのことでしたが、曇天ながらも天気はもってくれています。「雨が降るとあからさまに売れ行きが悪くなる」と慈さんの弟・暁洋さんが言っていましたから、せめて天気ぐらいは晴れてもらいたいと願います。

セレクションセール3日目、ダートムーアの23は455番と後ろから数えた方が早い番号であり、おそらく17時前後に上場になる予定でした。ゆっくりと会場入りしても良かったのですが、さすがに今回は自分の生産馬の出番だけに、朝の公開処刑、いや公開展示から始まるセリの一部始終を見てみたいと思いました。

公開展示において、10分ごと5つの時間帯に分けて、上場馬が20~30頭ずつ、セリ場の外の敷地に登場し、購買者たちが事前に観察することができます。公開展示以外にも、お目当ての馬の馬房に直接行けば、目の前で見せてもらったり、歩かせてもらうことはできますが、公開展示の良さは一気に複数の馬を見られること。気にかけていなかったけれど、馬体や動きを見ると良さそうな馬がいたり、1頭ずつ見るよりも、周りの馬と比較することも可能です。ダートムーアの23は後ろの番号ですから、公開展示も最後のグループになります。

公開展示が始まる前に、NO,9ホーストレーニングメソドの木村さんに挨拶に行くと、「テンションが上がってしまうから鎮静をかけて(鎮静剤を打って)来ているから今はボーっとしている。輸送で減ってしまったようで、もしかすると420(kg)ないかも」と言われました。たしかに大人しいというよりは覇気がなく、腹回りなども寂しい気もします。典型的な環境の変化に弱い牝馬なのでしょうか。

輸送の度に体重が減ってしまうのは、今後のことを考えても良いことではありません。競馬のレースにはどうしても輸送がつきものだからです。地方競馬であれば、競馬場のすぐ隣に厩舎があって輸送をせずにレースができますが、地元でしか走れないという制限が生まれてしまいます。

とにかく、何ひとつ良いことを聞かされず、公開展示に突入しました。ここでどれぐらいの人に見てもらえるか、誰が興味を持って馬の情報を尋ねてくれるのか、そうしたバイヤーたちの反応を見て、生産者は手応えを事前に感じます。その逆も然りで、誰も見に来てくれなかったり、聞いてくれなかったりすると暗澹たる気持ちになるのです。

購買者目線で言うと、この時の受け答えによっても印象が変わってきます。馬体重を聞いても即答できなかったり、聞きたいことの真意を理解せずに的外れな答えが返ってきたりすると、買う気が失せてしまいます。聞かれたことにきちんと答えるのは当然として、そこに馬のアピールポイントをさらっと付け加えることで心が動くこともあります。もっと言うと、購買者は売り手の人間性も見ています。表情や服装、身振り手振り、言葉の端々から伝わるその人となりを見ているのです。セリは競り場に出ている1分間だけではなく、その前から勝負は始まっているのです。

たとえば、僕が初めてオーストラリアのセリで馬を買ったとき、10頭近くを馬房の前に出して見せてもらい、そのうちの1頭に決めました。今でも覚えていますが、その1頭の管理者(その人が生産者なのか、エージェントなのか、ただの引き手なのか購買者には分からない)らしき人が「この馬は骨格が大きいから、将来的にはもっと馬体が大きくなるよ」と言ってくれたのです。もちろんセールストークなのでしょうし、信じる信じないは人それぞれですが、その言葉によってポジティブな未来を想像できたのも事実です。

そういうひと言が言えるかどうかは大切ですし、日本のセリとオーストラリアのセリをどちらも体験してみて、日本は聞かれたことにしか答えないのに対し、向こうはセールストークを必ず入れてくるという違いを感じました。セールストークと言っても決して押し付けがましいものではなく、その馬のアピールポイントをさらっと伝える感じです。この点に関しては、日本のセリにおいて生産者やコンサイナーは学ぶ点は大いにあると思います。

もちろん、オーストラリアが全て良いということではなく、明らかに態度の良くない人(スタッフ)もいますから、そういう人たちからは絶対に買いたくないと思ってしまいます。セリ会場で売っているのは、どの馬も同じサラブレッドですから、俯瞰的に見ると、それほど大きな違いはないのです。ネズミやうさぎ、牛、馬を売っている中で速く走る動物を選ぶなら、馬に殺到するはずですが、同じ馬たちであれば、実はほんのちょっとしたことがきっかけで、その馬を買おうと思ったり、逆にやめておこうと思ったりするのが人間心理なのです。そういう意味では、誰が売っているかという表に立つ人は極めて重要だということです。

ダートムーアの23は、馬房から近い、端っこのエリアに展示されました。エリアごとの良し悪しはほとんどないと思います。展示が開始されると、何人かが周りを囲むように見に来てくれました。他の展示されている馬たちと比較する余裕はなく、見に来てくれる人が多かったのか少なかったのか分かりませんが、パラパラと十数人は見に来てくれて、そのうちの数人が馬体重などを聞いてくれていました。僕は馬を引くことも、受け答えすることもできませんから、外から見守っているだけです。

自分が生産した馬を皆が見てくれるのは嬉しく誇らしい気持ちがある反面、どうしてもレポジトリのことがあるので卑屈な気持ちにもなってしまいます。馬体重を聞いてくれた人の中に、キセキやソウルラッシュなどの馬主である石川達絵さんもいました。石川さんの所有馬は馬体が立派な馬が多い印象があり、そうした大馬主にわずかでも興味を持ってもらえたのはありがたいことです。

ノースヒルズの代表を務める福田洋志さんも見に来てくれました。福田さんはダートムーアの23が僕にとって初めての生産馬であることを知ってくれて、買う買わないではなく、挨拶も兼ねて足を運んでくれたのだと思います。誰も見に来てくれなかったら恥ずかしいという生産者の想いを良く知っているからこその心遣いでもあります。「力強くて良い馬ですね」と声をかけてくださって、それがお世辞だとは分かっていても、あのときの僕の心には嬉しく響きました。

天下の大牧場の代表が僕のような弱小生産者の元に足を運び、馬を見てくれて、お褒めの言葉までくださったのです。僕が福田さんに何かできることはひとつもありませんが、この先何かあれば必ずや恩返しをしたいと思いました。セリ本番前の感情的になっているタイミングとはいえ、それほどに福田さんの温かさが身に染みたのです。

わずか10分間程度の展示でしたが、僕にとっては20分にも30分にも感じられました。公開展示から馬房に戻り、そこから本番のセリまでの間にどれぐらいの人々が訪れてくれるかが鍵だと言われます。ノースヒルズの福田さんも「本当に買いたい人は2度見に来る」とおっしゃっていたように、公開展示で馬を見て、本気で買いたいと考える人は、その後、もう一度馬房を尋ねるそうです。自分が買う身になってみたとしても、同じ行動を取るはずです。

ずっと馬房に張り付いていても何もできませんから、そこは木村さんたちにお任せして、僕は慈さんと一緒にレポジトリ(レントゲン写真)が見られる部屋に行きました。何をしに行ったかというと、レポジトリが見られている回数を調べるためです。購買者は気になる馬のレポジトリをチェックするため、どれぐらいの人たちがダートムーアの23に興味を持ってくれているか、見られた回数で大体把握することができるのです。しかも獣医師にレントゲン写真を見てチェックもらうためには1頭1000円ぐらいを払うため、レポジトリを見ているということはかなり購買意欲があるという証拠になります。2か所ぐらいはチェックすることが多いため、見られた回数÷2をすると、購買意欲のあるおおよその人数が分かると教えてもらいました。ちなみに前日の碧雲牧場のトウカイファインの23は、公開展示が終わったあとに調べたら61回見られていたそうです。

レポジトリルームに入り、受付の女性に「履歴を知りたいのですが」と伝えると、上場馬の番号を聞かれ、パソコンをカタカタといじってくれて、「38回です」とすぐに結果を教えてくれました。多いのか少ないのか微妙な数字だなと思いつつ、慈さんに「38回だそうです」と言うと、「普通の状態だったら当確ですね」と答えてくれました。それぐらいの人数がレポジトリを見てくれているということは、そのうちの何人かは買おうと思って競ってくれるので、売れないことはないという意味の当確です。

ただ今回に限っては、ダートムーアの23に興味を持ってくれて、レポジトリを見てもらったとしても、そこで左前肢の種子骨に骨片が飛んでいることが判明し、リスクありとして候補から外されてしまうことにつながります。興味を持って見てくれないと購買にはつながりませんが、見てしまうと弾かれてしまうという無間地獄です。

これぐらいの骨片ならば、買ったあとに手術をして走らせようとか、何も起こらないかもしれないから走らせてみて、症状や問題が現れてきたらそのときに手術なりをしようと思って買ってくれる人もいるかもしれませんが、かなり稀でしょう。安くても700万円以上の買い物になるのですから、よほどの理由がない限り、わざわざすでに傷があるものを買う必要はないのです。僕だって逆の立場(買う側の立場)であればそう考えるはずです。

ダートムーアの23の出番が来るまでの間、あらゆる競馬関係者と会い、挨拶を交わしたり、情報交換をしたりしましたが、僕はどこか上の空でした。何を話したのかあまり良く覚えていないのです。これから起こるできごとに気持ちが奪われていたのだと思います。ボーっとしながらも、セリの様子が映し出されている会場内のモニターを眺めていると、前日と比べて、ずいぶんと安い価格で取り引きされている馬が多いことに気づきました。値段が競り上がらないのです。

それどころか誰も手を挙げる人がおらずに生産者が持ち帰る、いわゆる「主取り」になってしまう馬も少なくありません。その傾向は時間が経つにつれて顕著になってきました。ある生産者は「サマーセールの最終日みたいな雰囲気」と表現されていましたが、初日とは打って変わって、セリの熱気が明らかに失われていっていたのです。あわよくば誰かがひと声、ふた声かけてくれるのではと淡い期待を抱いていましたが、もしかしたら本当に主取りになってしまうのではないかと、僕はますます不安になってきました。

(次回へ続く→)

あなたにおすすめの記事