![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]ミリアッドラヴに重ね合わせる(シーズン1-52)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2025/06/ミリアッドラヴ勝利後-scaled.jpg)
パールシークレットの導入が正式に決まったのは、12月に入ってからのことでした。契約書を交わして1月には日本にやって来ます、アロースタッドさんに受け入れてもらいましたとシモジュウから電話をもらい、いよいよ本格的に動き出した実感が湧いてきます。種付け料は受胎条件で50万円に決まったとのこと。種牡馬としての実績がないだけに、少し高いかなと感じましたが、血統的には大きな価値を生む可能性はあり、最初からそれぐらい強気に攻めた方が強い想いを持った生産者(もしくは馬主)が種付けに来てくれるかもしれません。
種付け料の設定も新しい形を採りたい、とシモジュウは教えてくれました。一度、種付けをしてもらうと、そのあとも毎年、同じ種付け料で種付けできるという仕組みです。たとえば、今年50万円で種付けした生産者は、今後パールシークレットの産駒が活躍して種付け料が上がったとしても、来年も再来年も50万円で付けられるということです。早い時期からパールシークレットの可能性に賭けた生産者が得をするということですね。
これはシモジュウが生産者として競馬界を見たとき、自分たちが種付けをして生産し、走らせたことによって種牡馬の価値が上がったにもかかわらず、種付け料が高くなってその種牡馬を配合できなくなるという矛盾を感じたことがきっかけだそうです。まだ無名の頃から支えて応援してきたにもかかわらず、人気が出てしまって、チケットが高額に跳ね上がって取れなくなってしまうアイドルの推し活に似たところがあるかもしれません(笑)。世の中そういうものかもしれませんが、仕組みを変えることで、ずっと応援してくれた人が報われて、お金を出せる人も新たにファンになれるのは素晴らしいことではないでしょうか。
いずれにしても、パールシークレットの仔が走らないと始まりません。走るというのは、産駒が無事に生まれて競馬場でデビューするという意味と、レースで活躍するという2つの意味です。そして、後者がより問われるはずです。血を残すという大義をだけでは多くの生産者は動いてくれない(動けない)ので、まずは第一世代から走る馬を出すことが重要です。
繁殖牝馬は1年で1頭しか子どもを産めません。生まれてきても売れるかどうか分からない種牡馬を配合するほど余裕のある生産者はひとりもいないのです。僕はシモジュウのチャレンジを微力ながらも応援したいという気持ちと、近親交配(インクロス)を避けるという目的が合致したからこそ、パールシークレットを配合しようと決められましたが、ほとんどの生産者にとって本来であれば数百万円から数千万円で売れるはずのところを、あえて未知の種牡馬を配合して売れなくなるリスクを背負う意義なんてどこにもないのです。バイアリ―タークの血を守ろうとしたばかりに、自分たちの血が滅びてしまうかもしれません。
この頃は、パールシークレットを配合するのはスパツィアーレと考えていました。なぜかというと、スパツィアーレはHail To Reasonの血が濃く、My Bupersの牝系クロスが生じているように、アメリカの主流血統が多く入っています。それゆえパワー型に偏ってきていることもあり、ヨーロッパ的なスピードの血を入れると良いのではと考えたのです。正直に言って、スパツィアーレは中央1勝馬であり、産駒もまだ実績がなく、パールシークレットを父に生まれてきた産駒がセリで売れるかどうか不安しかありません。それでも種付けすると決めた以上は、最後は自分で走らせるしかありませんね。僕は最終的に何頭の馬主になるのでしょうか(笑)。

ダートムーアには来年度、マスタリーという種牡馬を配合しようと考えました。今年度の種牡馬を模索する中で、Northern Dancerの血が少ない種牡馬として挙がった1頭です。父方と母方に1本ずつしかNorthern Dancerは入っていません。マスタリーは今年度から日本に導入された米国産の種牡馬で、種付け料は120万円と比較的安価。4戦4勝の戦績で引退し、向こうで数年間、種牡馬として産駒を誕生させたのち日本に導入されることになったので、まだ10歳と若い種牡馬です。
父Candy Rideはアメリカ馬らしからぬ、ずんぐりむっくりの小さい馬でしたが、マスタリーは体高も167cmと比較的高く、全体的なバランスの良い好馬体を誇っています。どちらかというと馬体の幅の薄い、スピードタイプの馬体。ウォーキング動画を前から見ると、一本の線の上を歩いているように脚捌きが非常に良いですね。ダートムーアに配合すれば、スラっとした好馬体の、脚捌きが良く、体幹も強い、ダートのスピード馬が誕生するのではないでしょうか。マスタリー産駒は日本で2頭走っていて、サクセスローレルはダートで4勝を挙げオープン入り、もう1頭のテリフィックプランは現在ダートで3連勝中です。どちらも500kg前後の大きな馬体を誇っており、馬格やパワーの心配も不要です。パレスマリスほどではありませんが、すでに日本にいる産駒たちが高確率で活躍しているという実績も十分です。
僕がマスタリーに目をつけたのは、種付け料の高騰を見てやはり人気になる前に種付けをしないとダメだと痛感したからです。人気が出るとあっという間に種付け料が上がってしまい、付けたいと思ってもすぐに付けられなくなってしまいます。たとえ良い種牡馬であっても、人気が出た後ではコスパが悪すぎるのです。良い種牡馬を、皆が気づく前に、安価な種付け料のうちに種付けしておくことを意識したいものです。
マスタリーに魅力を感じるようになったもうひとつの理由として、売れなければ自分で走らせれば良いとどこかで腹を括ったからではないでしょうか。どれだけ素晴らしい種牡馬であっても、買い手がそのことを知らなければ高く売れませんし、誰にも買ってもらえないかもしれません。世間の評価が追いついている(もしくは追いつくことが明白である)種牡馬であれば迷いはありませんが、売ることを第一優先に考えてしまうと、たとえ種付け料が安くてもマスタリーのような未知の種牡馬は配合しにくい。オーナーブリーダーとして覚悟が決まると、他人軸から自分軸の配合へと移ることができるのです。


全日本優駿に出走するミリアッドラヴを応援するために、川崎競馬場に行ってきました。パトリオットゲームが敗れたエーデルワイス賞の勝ち馬であり、福ちゃんのお姉さんと同じニューイヤーズデイ産駒の牝馬です。僕がミリアッドラヴに親近感を抱いたのは福ちゃんのお姉さんに似ていると思ったからです。新馬戦の写真は何枚かしかありませんでしたが、毛色(鹿毛)から馬体のシルエット、額の流星の形、表情などが似ているなと素直に感じました。だからどうということではありませんが、福ちゃんのお姉さんもミリアッドラヴみたいになってもらいたい、ミリアッドラヴには福ち憧れの存在として頑張ってもらいたいと応援したくなったのです。
ちょうどその日は、友人の馬主である宮崎孝一郎さんの所有馬フクノバルトランが川崎の8レースに出走するということで、現地で合流して一緒に応援することにしました。互いに町田住まいということで、宮崎さんとは食事しながら競馬の話ばかりしている仲です。川崎競馬場の5階にある出走馬馬主席に入ると、すでに宮崎さんとその仲間は缶ビールや缶チューハイを机に広げて、飲み始めていました。UMAUMAの澤風哉さんもいます。澤さんは先日の新宿馬主会でもお見掛けしたので、「澤さんはどこにでもいますね。何人いるんですか?」とその行動力を称えました。初めての出走馬馬主席からの眺め(競馬場全体が綺麗に見えます)に驚きつつ、一滴もお酒が飲めない僕はそこに食べ物がないことに気づきました。「皆さん、もう食べてきたのですか?」と聞くと、「まだこれからです」とのこと。何か食べ物を買ってくるとのことで、宮崎さんたちはしばし離席されました。
その間に、澤さんとはマニアックな話をさせてもらいました。彼はもともと競馬の世界とは何の縁もゆかりもない家庭に生まれましたが、競馬にどっぷりとハマり、勤めていた会社を辞めて、最初は競走馬の売買の仲介事業をスタートしました。その延長線上で、今は地方競馬の共有クラブを始め、第一世代からリオンダリーナ(門別リリーカップ、園田プリンセスカップ制覇)が出ました。見せてくれる牧場の当歳、1歳馬はほとんど全て見ているというぐらい、足しげく牧場を回っているという面白い若者です。まだ20代後半とのことで、僕がブログを書いて「馬券のヒント」の小冊子を売ったりして四苦八苦していた若かりし頃を思い出し、ずいぶん先に進んでいるなあと感心します。共有クラブを運営する大変さや喜び、種牡馬について、聞いてみたかったローレル賞のリオンダリーナのことなど、またいつかゆっくり話を聞いてみたいと思わせるほど地に足のついた話をしてくれました。
宮﨑さんたちが戻ってきたのですが、なんと手ぶらです。「あれっ、どうしたの?」と聞くと、「食べ物を買うためにものすごい列ができていて、まるでテーマパークのようです」とのこと。そんなこんなしていると、宮崎さんのフクノバルトランの出走時間が近づいてきました。5階席からは第4コーナーからゴールまでが一望でき、追い込み脚質のフクノバルトランが見事な差し切り勝ちを収めるのを楽しめるはずです。
スタートが切られ、フランスの女性ジョッキー、ミカエル・ミシェル騎手に導かれ、フクノバルトランはスムーズにインコースで流れに乗っています。前走は無理に出して行って、最後は末脚が不発に終わったので、今回はじっくり脚をためる作戦でしょう。先行した2頭がレースを引っ張り、馬群も縦長になり、フクノバルトランにとっては願ってもない展開になったように見えましたが、最後の直線で伸びてきたものの、惜しくも届かず4着。川崎競馬場は前残りが顕著であり、少々ペースが速くなっても、後ろから行く馬にとっては厳しいコースです。それでもいつも諦めずに差してくるフクノバルトランは良い馬ですね。
「3階のケンタッキーラウンジに入っているお店で食べ物は売っているはずです」と澤さんが提案してくれました。たしかにあそこは指定席を買っている人しか入れないので、外にある売店よりは混雑はしていないはず。「それじゃあ、僕も買い出し手伝いますよ」と宮崎さんたちと一緒に行くことにしました。案の定、ケンタッキーラウンジ内の売店は数人しか並んでおらず、すぐにカレーライスやもつ煮込み、ソーセージ等を手に入れることができ、僕たちは意気揚々と馬主席に帰りました。僕はカレーライスを食べながら、彼らはお酒を飲みながら、メインレースを待ちます。
10レースが発走を迎え、そろそろメインレースのパドックに出走馬たちが入ってくる時間になりました。宮崎さんたちを促し、エレベーターで1階まで降り、一直線にパドックに向かいます。その日の出走馬の馬主であれば、パドック横にあるブースに入場できますので、僕は「出走馬主」と書かれた黄色い腕章を借りて、警備員さんに会釈をしてブースに入りました。お目当てはもちろんミリアッドラヴです。
彼女は化け物級に強いと思っていますし、勝手に福ちゃんのお姉さんと重ねて思い入れもありますので、牡馬に混じった今回のレースでも負けるわけがないと考えていました。ただ、パドックの雰囲気は前走のエーデルワイス賞のときよりも落ち着きに欠けるというか、浮ついている感じがします。馬体重を見ても、マイナス14kgと大幅に減少。前走がプラス8kgと増えて良い感じだっただけに、さすがに12月になってピークアウトしているのが雰囲気的にも数字的にも伝わってきます。一年のサイクルを通して、牝馬は夏から秋にかけて調子が上がり、冬から春にかけて調子を落とします(牡馬はその逆です)。ミリアッドラヴも例にもれないということです。12月に行われる全日本2歳優駿で牝馬が勝ったことがほとんどないのは、そのあたりにも理由はありそうです。

パドックでもしかしたら会えるかもという人物がいました。ミリアッドラヴの馬主である白石明日香さんです。もちろん面識はありませんが、ミリアッドラヴのことを調べていくと、銀座のママとして有名な白石さんのことを知り、YouTubeチャンネルを観ていると、今日は仕事が終わってから着物で駆けつけるとおっしゃっていたからです。白石さんはミリアッドラヴが2頭目という強運の持ち主。1頭目にセレクトセールで購入(2200万円)したデルシエロは新馬戦を勝ち、小柄な馬体ながらも1勝クラスでも好走を続けています。ミリアッドラヴもセレクトセールにて2970万円で購入したように、決して超良血で高額な馬を選んでいるわけではないのです。むしろセレクトセールとしては安い部類に入る馬たちを手に入れて、それらが想像以上に走っているということです。決して狙ってできることではなく、優秀な馬係がついているとか、調教師がアドバイスしていると言う人もいますが、どの大物馬主さんにも優秀な馬係が大抵ついていますし、調教師もアドバイスをしているはずですから、それだけではないはずです。もちろん女性だからということでもありません。おそらく彼女の周りにいる人たちからのアドバイスに対する素直さと出せる資金(2000万円前後)といったバランスが良い方向に出ているのではないでしょうか。それこそが持っているということなのですが。
ミリアッドラヴを見ていると、目の前に白い着物を着た白石さんが現れました。「ミリアッドラヴを応援しています」とだけ声を掛けられたらと思ったのですが、せっかく自分の愛馬を見にきたのに邪魔をされるのは逆の立場だったら嫌だな、やっぱりやめておこう、いやひと言ぐらいなら嬉しいかも、自分の馬が他者からも応援されていることを伝えたいと思い直したりしました。そんな逡巡をしながら、パドックもジョッキーが跨って佳境に入ってきてしまい、そっとしておくことにしました。僕の引っ込み思案な性格が幸いしたのか災いしたのか結果的には分かりませんが、白石さんが真剣にパドックを見つめるその姿を後ろからストーカーのように見つめながら、「ミリアッドラヴのことを応援しています。勝てると良いですね」と心の中で声を掛けました。
5階席に戻り、僕たちは全日本2歳優駿の生演奏ファンファーレを聞きました。来年のこのレースに、福ちゃんのお姉さんも出走していることを願いながら。スタートが切られ、ミリアッドラヴは外枠からダッシュ良く2番手につけ、道中は引っ掛かることもなくスムーズに流れに乗れています。前走が1200m戦であったことなど微塵も感じさせない、きっちりとした折り合い。最終コーナー前ですでに先頭に立つと、最後の直線でも脚色が衰えることはなく、そのまま粘り込んでゴール。「よっしゃー!」と僕も自分の所有馬が勝ったようにガッツポーズをします。周りの馬主さんたちからは、僕がミリアッドラヴの馬主なのではないかと思われるほどの喜びようでした(笑)。
普通に走れば負けようがないのですが、今回は体調がやや下降線を辿っていただけに、先頭で駆け抜けてくれて正直ホッとしました。終わってみると、ピークアウトしている中でも勝ち切ったミリアッドラヴはやはり化け物です。何よりもニューイヤーズデイ産駒の牝馬から大物が誕生した瞬間でした。過去の全日本2歳優駿の勝ち馬フォーエバーヤングやデルマソトガケ、ドライスタウトなどの錚々たるメンツに、牝馬として肩を並べたということになります。
もし全日本2歳優駿がセレクションセールやオータムセールの前に行われていたら、ニューイヤーズデイ産駒の牝馬である福ちゃんのお姉さんにも注目が集まり、高く売れていたかもしれません。だって似ているんですもの。そんなことないよ、馬次第だよと言われるかもしれませんが、そんなこともあるのです。セリには空気というものがあって、その空気はセリの前に行われる大きなレースで勝った馬や新馬戦をポンポンと勝った馬の父(種牡馬)がつくるものです。第二のミリアッドラヴを目指して、ニューイヤーズデイ産駒の牝馬である福ちゃんのお姉さんが注目を集め、あちこちから手が上がり、値が競り上がっていくシーンを空想しながら、僕は眼下のミリアッドラヴに拍手を送り続けました。

(次回へ続く→)