前回、前々回と競走馬のセカンドキャリアについて私見を述べましたが、ちょうどJRA3歳未勝利戦が終るタイミングですので、サラブレッドの経済的価値がどのように見積もられていくか、もう少し述べてみたいと思います。
JRAでの登録が抹消されると、(1)同じオーナーで地方移籍、(2)売却され地方移籍、(3)繁殖入り、(4)引退、概ねこの4つの道を辿ります。前回取り上げたキモンルビー号は1パターンです。オーナーサイドは、JRA未勝利という3歳夏時点での結果に囚われず、この馬の能力イコール価値を見出していた訳です。一方で、当然ながら2ないし3のパターンも多いですし、2の場合でも新オーナーは繁殖としての価値を求めて購入する場合もありますから、その馬の価値を誰がどのように見いだすかは人それぞれです。私見ですが、3歳の8月で区切ってその馬の評価を決めてしまうのは非常に勿体ないですと思います。故障等の理由で十分な調教、育成の機会を得られないまま3歳8月までのデビューというデッドラインに向け急仕上げで使われて結果惨敗する……というのは、誰も悪くないかわり誰も報われないなと感じます。
中央競馬だけを見ていると、登録抹消、イコール、全てのキャリアの終了と思われがちですが、前回も書いたように決してそんなことはなく、物量的資本主義の網目を掻い潜ってダイヤモンドの原石を誰が見いだすか、馬にとっても人にとっても本当の戦いが始まるのかも知れません。
そして、もう一つ。競走馬にとって「仕上がりが早い」というのは、ファンの方々が思っている以上に武器になるのだと思います。馬主経済を考えれば尚更です。クワイトファインは、2歳時は不振ながら地方で9歳まで走ったという点から種牡馬としては晩成と思われがちですが、カカラ(バトルクウ2022)はすでにSNSで情報が出ている通り、8月に育成に入ってからすでに鞍を付け人を乗せ、ダグ・キャンターを順調にこなしています。この時期にじっくり基礎体力を強化でき、また、鞍上の指示に従うという基本スキルを身に着けられることは何よりの財産になります。生産牧場からは、もっと早く移動できると言われたくらいです。もちろん、一般論として生身の体である以上全く不安要素がないとは言えませんが、早くじっくりと育成することで今後アクシデントが発生しても充分ヘッジできると思います。個別の馬と比較するのは差し障りがあるので控えますが、皆様も一口ファンドに出資して愛馬の成長を見守る中で、「仕上がりが早い」、「順調にメニューを消化」がいかに難しいことか、身に沁みてわかることと思います。カカラも今後何が起きるかわかりません。無事に入厩しデビューできるかどうかも予断を許しません。サラブレッドの成長はそのくらい不安定です。
競走馬としての実績や血統背景から、このウマの産駒を競走馬としてまともに評価してくれる人が圧倒的に少ないのは悲しいですが現実です。かつ圧倒的にサンプルが少なく、いい馬に出会う可能性も極めて低いかも知れません。しかし、カカラが「仕上がりが早い」というのは現時点では事実であり、カカラ妹が「雄大な馬体を誇る」のも現時点では事実です。たった2頭のサンプルで、これだけ結果を出せるのですから、とにかく、クワイトファイン産駒だからと侮蔑することなく、ちゃんと馬を見ていただきたいと強く思います。
さて、時の話題をもう一つだけ。浅野洋一郎調教師の勇退が発表されました。報道によると、日高の牧場や個人馬主を大事にする調教師さんだったらしいですが、こういう人はこのご時世なかなか成績は上がらないのが現実。重賞勝馬はアミサイクロン(1996年マーチステークス)の1勝。しかも、元々管理していた調教師が処分期間中で一時的な転厩で浅野厩舎にいたその期間に重賞制覇という、なんとも言えない巡り合わせ。これが厩舎にとっても唯一の重賞タイトルなら、馬自身も、鞍上の平目孝志騎手にとっても唯一の重賞タイトルでした。人馬が辿ったその後の波乱の生涯も合わせ、競馬の華やかさと影の部分を感じざるを得ません。
アミサイクロンは、父が地方競馬出身で中央でも活躍したホスピタリティで、日本のハイペリオン系ではハイセイコー→ハクタイセイのラインと並ぶ成功を収めたものの、残念ながらサイヤーラインの継続には至りませんでした。馬も人も、光が当たるメインキャストばかりではなく、多様な馬がいて、多様な人がいる。だから面白いのです。だから、時に切ないのです。