「ROUNDERS」としては7年ぶりの新刊が11月8日に発売されました。vol.5のテーマは血統。これまでのテーマの中で最も奥深く、足を踏み入れるのを躊躇してきた領域です。競馬は血のギャンブルであり、血の知のギャンブルでもあります。その血と知のギャンブルの謎を解き明かそうとしていたら、何と過去最高の244ページという超大作になってしまいました。内容的にも重厚で尖ったものになっており、歴史に残る血統書のひとつになるはずです。
今回、vol.5を制作・編集するにあたって、僕自身、かなりの量の血統論を読み込みました。さすがの本好きの僕でも、今の時代にこれだけの文章を読むことは最近ありませんでしたので骨が折れました。しかし、読み終わったあと、達成感や満足感だけではなく、不思議な高揚感を覚えたものです。
言葉で表現するのは難しいのですが、血統の知識レベルがグッと上がっただけではなく、今まで迷宮だと思っていた血統の世界の地図がうっすらと見えるようになったのです。まさか30年以上競馬をやってきて、このような血統観の変化を味わうことになるとは思いもよりませんでした。
今これを読んでいる競馬ファンの皆さまにも、ぜひその血統観の変化を体感してもらいたいと願っています。先に言っておくと、今回のvol.5を完読するのは、そう簡単なことではありません。膨大な時間とかなりの集中力を要します。だからこそ、時間をかけてじっくりと読み終えたあかつきには、競馬の世界がこれまでとは少し違って見えてくるのです。パソコンから離れ、スマホを遠くに置いて、「ROUNDERS」だけを手にしてみてください。これは僕たちからの贈り物です。
それぞれの特集記事を簡単に紹介していくと、山野浩一さんの「血統理念のルネッサンス」には、ドイツの系統繁殖という、牝系を重視し、血を重ねて固定化する手法について書かれています。タイミング良く、今年の凱旋門賞を勝ったトルカータタッソは、まさにドイツの系統繁殖の産物ですね。とにかく難読ですが、時間をかけて読む価値があります。
「血統理念のルネッサンス」を発掘できたのは、栗山求さんがその存在をブログに書いてくれたから。であれば、山野浩一さん亡き今、難解な「血統理念のルネッサンス」を競馬ファンのために読み解いてくれるのはこの人しかいないでしょう。本文が難しすぎて先に進めないならば、こちらから先に読んでもらっても良いでしょうし、あとから読めばより理解は深まるはずです。
山本一生さんの「魔術師たちの腕くらべ」には、フェデリコ・テシオやマルセル・ブサックなど、数々の名馬を誕生させてきた血統の魔術師たちによる、血統に対する思想や実践の歴史描かれています。僕たちが知っているつもりになっている血統論は、先人たちの肩の上に乗っているものにすぎないのです。
メシ馬&Yamaguchiさんの「血統的・穴パターン ~サンデーサイレンスの影~」は、血統という観点から馬券を買うにあたっての穴パターンを、具体的な種牡馬を挙げつつ解説してくれました。ディープインパクトとキンカメの両雄亡き今、新種牡馬たちの戦国時代に馬券で絶対に負けたくない人は必読です!
堀田茂さんの「サンデーサイレンスのインブリーディング配合急増に関する一考察」では、これから日本の生産界が直面するであろうサンデーサイレンスのインブリードについて率直な見解を述べられています。獣医師としての知見や科学的な根拠に基づいた論にはハッとさせられます。
坂上明大さんは、「名種牡馬が現代のサラブレッドに与える影響についての覚え書き」において、現代のサラブレッドの血統表をさかのぼることで出会う過去の名種牡馬とその影響について分かりやすく書いてくれました。こんな風に血統表が見られたら、もっと競馬が奥深く面白いだろうなと思わせてくれます。
福永慈二さんの「IK血統理論と競馬ロマンに命を懸けた男たちのDNA」では、五十嵐良治と久米裕という2人が作り上げたIK理論について書かれています。文中に登場するトウカイテイオーの手書きの血統表を見るだけで、彼らがあの時代にどれだけの熱意で血統と向き合っていたかが分かるはずです。
ちなみに僕も「血統について語るとき、僕の語ること」にて、競馬を始めたころに出会ったトウカイテイオーやメジロマックイーン、ライスシャワー、ナリタブライアン、ビワハヤヒデ、サイレンススズカという名馬たちの血統を、その時代の日常のエピソードを織り交ぜながら語っています。懐かしいなあ。
前号からの空白の7年間、何もしていなかったわけではなく、血統というテーマは決まっていながらも、なかなか形にできないもどかしさと葛藤してきました。制作が難航した理由としては、僕とパートナーの荒木さんの人生が大きく変わったこともありますが、山野浩一さんの逝去が最も大きかったです。日本の血統評論の第一人者である山野さんにインタビューする段取りまで取りつけたにもかかわらず、それは叶うことなく、僕は血統の特集にする意義をひとつ失いました。なぜあのときすぐに行動しなかったのだろう。自分のふがいなさを責め、深く反省しました。そして、僕たちの人生は有限であることを思い知りました。今やるべきことは後回しにせず、会いたい人にはすぐに会うべきだし、愛している人にはありがとうと伝えるべきです。僕たちもあと何冊の「ROUNDERS」を出せるか分かりません。だから、渾身の1冊をつくりました。
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