かつて上半期のグランプリ「宝塚記念」で鮮やかな復活を遂げ、日本馬初の凱旋門賞制覇をめざして海外へ飛び立っていった名馬がいた。2011年の三冠達成に続いて有馬記念も制したオルフェーヴルである。翌春の阪神大賞典の大逸走、天皇賞・春の11着惨敗と、2戦連続でファンの期待を裏切ったあとの快勝劇で、海外遠征への弾みをつけた──。
競馬ライターの小川隆行氏を中心に、プロ・アマ問わず競馬愛の強い執筆者たちが、歴史に名を刻んだスターホースのエピソードをまとめた『アイドルホース列伝 1970-2021』(星海社新書)から抜粋。「記録よりも記憶に残る馬」という言い方がまことにふさわしい型破りな三冠馬・オルフェーヴルの蹄跡を振り返ってみよう。
5月生まれからクラシックの中心へ
毎年3月末にクラシック有力候補を探している。レースVTRを観たり競馬サイトでそれまでのレース成績を比較する。今から10年前、2011年のトップはサダムパテック(父フジキセキ)。重賞2勝の内容がともに良く、「東日本大震災の被災者に勇気を与える」とのキャッチフレーズをつけた。
しかし、その予想はオルフェーヴル(父ステイゴールド)によって見事に裏切られた。半年後には「この馬、こんなに強かったのか」と、その能力に度肝を抜かれた。レースのたびに感じるインパクトは、時の経過とともに大きくなっていった。
デヴュー3戦目の京王杯2歳Sでは後方で行きたがる素振りを見せ、池添騎手との呼吸が合わず折り合い難。きさらぎ賞でも行きたがっている感じがした。末脚はそれなりに良かったが、クラシックで活躍できる走りにはとても見えなかった。
しかし、スプリングSでは朝日杯FS勝ち馬のグランプリボスを問題にしなかった。成長を感じてオルフェーヴルの血統に注目すると、宝塚記念と有馬記念を勝ったドリームジャーニーの全弟。好勝負しそうな雰囲気を感じたが、ベスト3には入れられなかった。最大の理由は5月生まれ。3歳クラシックホースのほとんどは2~4月に産まれており、5月生まれの活躍馬は記憶にない。人間と同じで、早く生まれほど成長するためだ。
後で知ったのだが、母オリエンタルアートはディープインパクトと3度も交配したが一度も受胎しなかったという。「それで遅生まれだったのか」と合点がいった。
三冠馬の大逸走
震災の影響のため東京開催となった皐月賞では思わず「ウソ!」と声が出た。馬群を割ると一気に後続を突き放す快勝劇。「こんなに強かったんだ」と驚かされた。サダムパテックの単勝を握りしめながら。
一転して主役となった日本ダービー。不良馬場での差しに不安を感じていたのは、ファンだけではない。陣営も池添も同じ気持ちだった。道中で泥んこになった池添が抜け出しを図ると二冠を達成した。
神戸新聞杯を勝って挑んだ菊花賞では4コーナーで4番手から仕掛けると独走状態。ゴール後、内ラチ沿いを走りながら外ラチに向かって池添を振り落とした。有馬記念も勝って年度代表馬となったが、一番驚かされたのは、翌春の阪神大賞典だ。
ハナを奪ったナムラクレセントの後方にいたオルフェーヴルは正面スタンド前で2番手に立った。「いつもと違うなぁ」と感じた直後、突っかかるような感じで向正面で先頭に立つと、一完歩ごとにラチとの差が広がっていく。ずいぶん外目を走るな、と思った直後、ズルズルと下がってしまった。「競走中止か!?」と場内のファンが心配するも、最後方からまたも上昇していく。終わってみれば2着確保。初めて目にするアクシデントは、オルフェーヴルの怪物ぶりを感じさせた。逸走の理由は向正面ナムラクレセントを交わし先頭に立った段階で「レースが終わったと思い込んだ」とも言われている。
次走の天皇賞・春では後方のまま動かずビートブラックの大逃げを許してしまった。今は亡き後藤浩輝は生前「長距離馬は騎手に押さえつけられる時間が長くてストレスが溜まりやすい」と語っている通りの敗因だった。
しかし、オルフェーヴルは見事に復活する。宝塚記念ではいつもの通り後方でレースを進め、追い出しを遅らすとGⅠ5勝目を飾った。
2年連続で凱旋門賞に挑む
夏を越したオルフェーヴルは凱旋門賞挑戦を決めた。鞍上は池添からC・スミヨンに変更される。スイープトウショウのような、気性が荒く乗り方の難しい馬を上手に操る技術をもっている池添は、オルフェーヴルに辛抱強く付き添ってきた。交代のショックは想像するに余りある。「乗せてやれ」と口にしていたファンも少なくない。
フォワ賞制覇から挑んだ本番。大外枠からスタートすると、後方でじっと我慢を続けている。ペースメーカーを務めたアヴェンティーノがチラチラと後ろを振り返る。直線を迎えて残り300mで仕掛け、200mで先頭に立った。勝利を確信した日本中の競馬ファンが「いけ!」と叫んだ直後、牝馬のソレミアに交わされ2着。当時はまだ国内での馬券発売はなかったが、発売されていたらもっと多くのファンが悔しがったことだろう。
帰国後のジャパンCでは再び池添が手綱を握った。同じ勝負服のジェンティルドンナとは史上3度目の三冠馬対決。直線で馬体がぶつかるほどの激しい一騎打ちはハナ差2着。実に見ごたえのあるレースだった。
年が明けて5歳になったオルフェーヴルは大阪杯を快勝、宝塚記念を目指す予定だったが軽度の肺出血がみられ、次走は2年連続凱旋門賞挑戦となった。
雪辱を期したスミヨン騎乗でフォワ賞を勝ち、迎えた本番は2着。5馬身離されたが、圧勝したトレヴは3歳牝馬で54・5キロ。59・5キロのオルフェーヴルより5キロも軽かった。このとき4着だったキズナに騎乗していた武豊は後に「乗ってみたい馬はオルフェーヴル。2400mなら世界一強いと思う」と語っている。
引退レースとなった有馬記念では2着ウインバリアシオンを何と8馬身突き放して優勝。引退レースを数多く目にしたが、これほどの圧勝劇を観たことはなかった。GⅠ勝利数は6つだったが、凱旋門賞の激走や阪神大賞典での逸走など、記録より記憶に残る馬だった。型破りな強豪馬は種牡馬として2頭のGⅠ馬を送り出している。
(文・小川隆行)
アイドルホース列伝 1970-2021 (星海社新書)
小川 隆行 ,小川 隆行 ,一瀬 恵菜 ,鴨井 喜徳 ,久保木 正則 ,後藤 豊 ,所 誠 ,榊 俊介 ,広中 克生 ,福嶌 弘 ,三木 俊幸 ,宮崎 あけみ ,吉川 良 ,和田 章郎(星海社 2021年6月25日 発売)
星海社サイト「ジセダイ」
https://ji-sedai.jp/book/publication/idolhorse.html
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