サッカーボーイ〜新時代の到来を予感させた屈指のスピードと瞬発力 1988年函館記念〜

夏競馬というと、春と秋のGⅠシリーズの合間にやっている開催とイメージする人もいるかもしれない。開催場も、北海道の競馬場をはじめとする、いわゆるローカルの競馬場へと移行する。
この時期にはGⅠが開催されていないこともあり、札幌記念などの例外はありつつも、多くのGⅠ実績馬は休養に入っている。

とはいえ、秋の飛躍を目指す馬たちによって、様々な熱戦が見られるのも、夏競馬の魅力だ。未知の可能性を持った素質馬たちの激突は、春秋の競馬とはまた異なる楽しさを感じさせる。
実際、夏を境に一変し、秋のGⅠを優勝してトップホースの仲間入りを果たしてきた名馬が、過去には数多く出現してきた。

今回は夏競馬で行われた数々のレースの中でも、衝撃度でいえばトップクラスといっても過言ではない、昭和の最後に行われた1988年の函館記念を振り返りたい。


当時の北海道開催は札幌開催と函館開催の施行時期が逆だったこともあり、函館開催は現在よりも約1ヶ月遅くに行われていた。
また、札幌競馬場には当時ダートしかなく、まだ札幌記念がダートのGⅢだったこと、函館記念・札幌記念ともにハンデ競走だったこともあり、函館記念には良い馬が集まりやすい状況にはあった。

ただ、それを踏まえてもこの年の函館記念は、いつにも増して豪華なメンバーが集まっていた。というのも、GⅠ馬が4頭も出走してきていたのである。
しかも、そのうちの3頭がクラシック勝ち馬。さらにそのうちの2頭は、なんとダービー馬だったのだ。

1頭目のダービー馬は、メリーナイス。
前年のダービーを、歴史に残る6馬身差の圧勝で制した馬である。

もう1頭は、3年前のダービー馬・シリウスシンボリ。
こちらもまた、歴史に残る極悪馬場で行われたダービーを制し、前年のシンボリルドルフに続きダービーの栄誉をシンボリ牧場にもたらした馬だ。

そしてもう一頭、忘れてはならないのがマックスビューティである。
前年、年明けの紅梅賞から秋のローズステークスまで8連勝。牝馬三冠達成をかけて臨んだエリザベス女王杯こそタレンティドガールの強襲に屈したものの、そこに至るまでの8連勝には、桜花賞・オークスの二冠制覇、三冠レースのトライアルまでもの全勝、さらには牡馬に混じって出走した神戸新聞杯の持ったままで圧勝までが含まれている。

しかし驚くことに、1番人気はこれら3頭のいずれでもなかった。
ファンが1番人気に推したのは、3歳馬(当時の表記で4歳)のサッカーボーイ。
父ディクタスは既に、朝日杯3歳ステークス(朝日杯フューチュリティステークスの前身で、当時は牡・牝混合戦)を制したスクラムダイナ、さらにはイクノディクタスやムービースターといった重賞を複数勝つような産駒を多数輩出した、当時の名種牡馬であった。

サッカーボーイが、そんな父から受け継いだのは、生産牧場の関係者が「こんなうるさい馬は見たことがない」と評した激しすぎる気性と、現役トップクラスの瞬発力だった。

サンデーサイレンスの出現以降、馬場状態も以前とは比べものにならないほど良くなったこともあいまって、現代の日本競馬ではキレや瞬発力そしてスピードは特に大レースを制する上では大変重要な要素となっている。
しかし当時はまだ、サンデーサイレンス産駒がデビューする6年も前の話。
そんな時代において、サッカーボーイは、瞬発力を武器に前年夏の函館のデビュー戦を9馬身差、2勝目のもみじ賞を10馬身差、そして3勝目となったGⅠ阪神3歳ステークス(阪神ジュベナイルフィリーズの前身で、当時は牡・牝混合戦)も8馬身差の圧勝で制し、JRA賞最優秀3歳牡馬(現最優秀2歳牡馬)に輝いた天才であった。
そんなとてつもない瞬発力を武器に、一瞬にして後続を大きく引き離して圧勝するレースぶりから、サッカーボーイには『弾丸シュート』や『テンポイントの再来』といったニックネームが付けられた。

ただ、年が明けて春シーズン、サッカーボーイはGⅠ戦線で実績を残せていなかった。
一説によると、裂蹄を発症していたのが原因といわれている。
「強い馬は皮膚が薄く、蹄も薄い」といわれることがあるが、この馬も例外ではなかったのだ。

年明け初戦の弥生賞を3着に敗れると、皐月賞を回避し当時ダービートライアルとして行われていたNHK杯に臨み、4着。そしてダービーでは15着に大敗していた。

しかし、その次に出走した中日スポーツ賞4歳ステークスでは、当時直線の短かった中京競馬場で皐月賞馬ヤエノムテキを驚異的な末脚で差しきり復活をアピール。
上り調子で、約1年ぶりにデビューの地、函館競馬場に凱旋してきていたのである。

そんなGⅠ馬4頭を筆頭にした豪華メンバー14頭が集結した函館記念。
ゲートが開くと、外の7枠12番からメリーナイスが好スタートを決める。しかし、真ん中から内枠の馬がそれを制するように積極的なレース運びを見せ、アズマグリントと次走で京都大賞典を逃げ切ることになるメイショウエイカン、さらにこの年のNHK杯勝ち馬マイネルグラウベンの3頭が先行。4番手にパッシングパワーとシリウスシンボリが付け、この5頭が一つの集団となり他の9頭をぐんぐん引っ張る展開となる。
それにより、1コーナーを回るあたりの通常ならペースが落ち着くはずの3ハロン目のラップは、2ハロン目の10.8秒とほとんど変わらない11.1秒と、猛烈なラップが記録されている。

後ろの9頭もまた集団をなし、5番手のシリウスシンボリから4馬身ほど離れたが、向正面に入るとさすがに前のペースが少し落ち、メリーナイス、マックスビューティ、サッカーボーイのGⅠ馬3頭を筆頭に、後ろの集団が馬なりで前の集団との差を詰めてきた。
とはいえ、前半の1000mの通過タイムは57.7秒。
当時の2000mのレースとしては依然として猛烈なハイペースであり、個々の底力が試される展開となってきていた。

レースは早くも3コーナーから4コーナーに差し掛かり、まずマイネルグラウベンが脱落。
シリウスシンボリは依然4番手あたりにつけ、いつでも抜け出せるような位置に付けるが、それを見越したのか、先に仕掛けたサッカーボーイが大外から一気に先頭を伺う。
メリーナイスもその後を追うが、スピードが違うのか、なかなか差が詰まらない。
マックスビューティはハイペースが影響したのか手応えが怪しくなり、下がってきたマイネルグラウベンのあおりも受け中団の馬群の中でもがいていた。

4コーナーを回り直線の入口でサッカーボーイが既に先頭に立っていたが、ここでサッカーボーイの必殺技ともいうべき瞬発力、『弾丸シュート』が炸裂。
『コーナーで落ちないスピード×瞬発力』の合わせ技、エンジンの2段噴射というもいうべき武器を発揮し、後続との差を一気に広げて勝負をつけてしまったのだ。

最後は、2番手に上がったメリーナイスを5馬身、さらに3着馬トウショウサミットに2馬身1/2差をつけ持ったままの圧勝。
しかも、ラスト3ハロンからは全て加速ラップだったのだから恐ろしい。

その様な圧巻の内容だったので、当然のようにレコードが記録されたが、そのタイムはなんと1.57.8!!

これがJRAの歴史上、初めて芝の2000mで1分58秒の壁が破られた瞬間である。
しかも、小回りで本来はタイムが出にくいはずの函館競馬場で、である。
このタイムは、同競馬場の芝2000mのレコードタイムとして令和になってもなお残っているほどの超絶タイム。

とにかく息つく間もないほど展開がスピーディーで、2000mのレースとは思えないほど、あっという間にレースが終わってしまうレースだった。後付けになってしまうかもしれないが、現代の競馬に繋がるような大切な要素が、いくつか詰め込まれていたレースだったように思う。

サッカーボーイは、この後3ヶ月ぶりとなった休み明けのマイルチャンピオンシップで、またも瞬発力を武器に4馬身差の圧勝。年末の有馬記念ではオグリキャップ、タマモクロスに次ぐ3着(4位入線も3位入線スーパークリークの失格による繰り上がり)に食い込み、現在でいうところのJRA賞最優秀スプリンターにあたる最優秀短距離馬のタイトルを獲得した。

しかし、これがサッカーボーイの最後のレースになってしまった。
年明け初戦のマイラーズカップを目指し調整を続けられていた際に骨折し休養に入ると、秋の毎日王冠に向けての調整過程で脚部不安を発症し、残念ながらそのまま現役引退となってしまったのだ。
もしかすると、その瞬発力に、もう脚元がついていけなかったのかもしれない。

いまだに、ベストマイラーといえばサッカーボーイを、そのベストレースにこの函館記念を挙げる人も少なくないだろう。スポーツ、とりわけ競馬の世界にタラレバは禁物とも言われるが、この函館記念を見るとサッカーボーイにはその禁忌を破りたいような気持ちを抱いてしまう。
4歳シーズンの安田記念や天皇賞秋に「もし」出走していたら。いや、『コーナーで落ちないスピード×瞬発力』というこの馬の最大の武器が生かせそうな直線の短い小回りのGⅠ、とりわけ宝塚記念や翌年の有馬記念 に「もし」出走していたら……。

引退後は、2頭の菊花賞馬ナリタトップロードとヒシミラクル、牝馬では秋華賞馬ティコティコタック、そしてダートでもキョウトシチーという様々なタイプの馬を送り込み、種牡馬としても成功したサッカーボーイ。

しかし忘れてならないのは、その全妹ゴールデンサッシュからステイゴールドという大スターが誕生し、その産駒のドリームジャーニー・オルフェーヴル兄弟やゴールドシップなどが大活躍した点である。
特に、ドリームジャーニー、オルフェーヴル兄弟が有馬記念で見せた『コーナーで落ちないスピード×瞬発力』は、サッカーボーイが函館記念で見せたそれを彷彿とさせるものであった。

ケガのせいもあり、同期の大活躍した馬たちと比べて獲得したGⅠタイトルや活躍期間が限られてしまったサッカーボーイ。しかし、現代の競馬において重要な要素であるスピードと瞬発力を併せ持ち、新時代の到来を予感させる走りを最初に見せつけた馬は、この函館記念のサッカーボーイだったのかもしれない。

写真:かず

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