騎乗した福永祐一騎手は苦笑いを浮かべながら「スタートした瞬間、終わったと思いました」と振り返った。17年帝王賞後に行われたインタビューでの一コマである。
勝ったのはJRA勢7頭の中では、唯一のGI級競走未勝利だったケイティブレイブ。それまで重賞4勝を挙げ、いつGIに手が届いてもおかしくないレベルにはあったが、チャンスを掴みきれずにいた。この時の帝王賞も、直前の平安Sで勝ち馬から離された5着とあって6番人気。オッズこそ8.2倍と割れ加減だったが、あくまでも伏兵の一角に過ぎなかった。
ここで人気とレース前の状況に触れておきたい。1番人気はアウォーディー。デビューからしばらくは芝を使われていたが、ダートに転じて6連勝でJBCクラシックを制覇した。その後のチャンピオンズカップ、東京大賞典では2着も、国内ダートでは全て連対。ドバイWCからの帰国初戦は不安視されたが、人気を集めるのも当然の実績であった。
上位はアウォーディーに先着した実績のある馬が占めた。2番人気のアポロケンタッキーは前年の東京大賞典覇者で、3番人気のサウンドトゥルーはチャンピオンズCを勝利。いずれも大井2000mで勝ち鞍があったことから人気に推された。
ゴールドドリームは当時、地方競馬で結果を残せておらず4番人気どまり。クリソライトは前年の帝王賞で勝ち馬から4.7秒差の8着。その後、重賞勝ちは有ったがJpnIでは相手関係が厳しいと見られたか5番人気だった。以下、前述の通りケイティブレイブ、川崎記念の覇者オールブラッシュ、トライアルの大井記念を制したウマノジョーと続いた。
話をレースに戻そう。気温は25℃。曇り空で過ごしやすい気候とあって、多くのファンが詰めかけた。決戦の刻、20時10分。ゲートが開いた。たが、その瞬間……ケイティブレイブは大きく体勢を崩した。痛恨すぎる出負け。同馬は未勝利戦を除けば逃げ、先行で結果を出してきていた。「終わった」福永騎手がそう思うのも致し方ない。
しかし、レースは続いていく。逃げ候補の一頭が居なくなって、オールブラッシュは労せずハナ。外の2番手にクリソベリル、アウォーディーが3番手とすんなり隊列は決まり、1000mは62秒台のスローペースとなる。少しでも上がりがかかってほしいケイティブレイブにとっては尚更厳しい展開に。何せド派手な追い込みが魅力のサウンドトゥルーより、遥かに後ろの位置取りになってしまったのだから、常識的に考えれば「終わった」も同然だった。
向正面に入っても、先頭からの差は10馬身以上。だが、福永騎手は慌てず騒がず終いにかける戦法をとった。結果的にその選択が奇跡の大逆転を生むことになる。
4コーナー付近でクリソベリルが先頭に立ち、外からアウォーディーが追う格好。サウンドトゥルー、アポロケンタッキーも虎視眈々と窺い、直線は各馬の激しい叩き合いとなった。残り200mほどでクリソベリルが各馬を振り切り、勝負あったかに思われた瞬間だった。外から目の覚める末脚で一気に飲み込んだのがケイティブレイブ。上がり36.5はまさに鬼脚で、2位のクリソベリル(上がり37.9)とは1.4秒差だった。
偶然の産物、瓢箪から駒とはよく言ったものである。意外な形でJpnIタイトルを獲得。管理する目野師にとっては定年間近のビッグタイトルとなった。なお、ケイティブレイブ×福永祐一騎手のコンビは、翌年秋にJBCクラシックを差して勝利。意外な形で脚質に幅が広がったケイティブレイブは、逃げ差し自在にダートで一時代を築くことになる。
写真:かぼす