タケシ、22歳の秋。エフフォーリアと歩んだ秋の盾

ウインズ後楽園はJR水道橋駅と東京ドームシティに直結する2階がメインフロアにあたる。軽食をとれるスペースがあり、喫煙所も馬券発売所も備えている。ここから5階へ直通のエスカレータがあり、2階と5階に人が集まりやすい構造だ。このエスカレータは右側を駆けあがっても、駆け下りてもならない。歩いて上がろうものなら、必ず警備員から注意を受ける。なにせ5階直通は長い。踏み外して転がり落ちようものなら大惨事だ。ケガでは済まない。だから、ぜったいに歩いてはいけない。そんな2階と5階の間、3階はキャッシュレス専用のため、閑散としている。さらに2階から各駅停車のエスカレータでないとたどり着かない4階はウインズ後楽園のなかでも、グレーや茶色が目立つ昭和の香りが色濃い。わざわざ4階に足を運び、ここで1日を過ごす人々を私は4階の住民と密かに呼ぶ。

4階の住民たちはウインズ後楽園の移ろいを目撃してきた。人波途切れない直通エスカレータも、2階に立ち飲みできる手ごろなスタンドがあったことも、彼らは覚えている。自宅がウインズとなり、コロナ禍の閉鎖がそれに拍車をかけても、彼らはウインズ後楽園の4階に戻ってきた。各駅のエスカレータは彼らの人生の歩みに重なる。土曜日が来れば、どこからともなくウインズ後楽園4階に集う。もはや習慣である。

4階の住民たちは静かなウインズ後楽園になにを思うのか。彼らのお気に入りはヨシトミ、ノリ、エダテルだ。カツハルもカツウラもゴトウもいない。かつてタケユタカは挑みかかる壁だった。フクナガユウイチには父親ヨウイチを重ね、子どものように見守ってきた。いまや調教師。自分たちの年齢を感じざるを得ない。そして、自分たちが馬券で儲けも損もさせられてきた盟友ノリの子どもが騎手になった。カズオはデビュー当時、勝てない時期が続き、心配した。天才肌のノリの真似はそうそうできはしない。顔は似ていて、かわいいところもあるが、ノリの息子なんて少々荷が重かろう。2世のプレッシャーなんて自分たちには分かろうにも分からない。だが、タケシが出てきて、空気が変わった。夏の札幌ではあのルメールに真っ向勝負を挑み、先着を果たす姿に4階の住民たちは興奮を覚えた。少々、ムキになって相手を倒そうとする姿にノリの若い頃が重なり、自分たちも少し若返った高揚感があった。そしてタケシに触発され、カズオまで勝ち星を増やしはじめ、ノリ譲りの大胆な競馬も増えていった。カズオとタケシは4階の住民たちの救いになった。

2021年、まだまだウインズは制限され、4階の住民たちもそれぞれどこかに身を潜めていたことのことだ。タケシがエフフォーリアで皐月賞を勝った。勝負所でインで仕掛けを待ち、行きたい馬を行かせて、空いたスペースを狙うという若手らしからぬ味なレースをみせた。

当然、ダービーは1番人気。ノリがダービーの1番人気に騎乗したのは1990年メジロライアン。22歳だった。タケシも22歳で1番人気に騎乗し、父と同じ2着。なにも着順までそっくり真似しなくてもいいのに。だが、タケシとエフフォーリアが外へ流れた間隙を突いたのはフクナガユウイチとシャフリヤール。

あの落ち着きこそ、ダービージョッキーのもの。こればかりは仕方ない。

だが、タケシの快進撃は簡単には止まらない。タイトルホルダーで挑んだ菊花賞は見事なまでのペース配分で逃げ切り。ノリがセイウンスカイで菊花賞を逃げ切った姿に重なる。タケシはその菊花賞のあとに生まれた。不思議なものだ。その翌週、エフフォーリアで天皇賞(秋)に出走する。ノリの天皇賞(秋)初騎乗はメジロライアンのダービーと同じ年メジロアルダン2着だから、またも22歳で重なる。ダービーと同じく父をなぞるのか、それとも越えるのか。かくして天皇賞(秋)には三冠馬コントレイル、GⅠ5勝グランアレグリアと年上のチャンピオンが立ちはだかる。今度のエフフォーリアは3番人気。この挑戦者的立ち位置がタケシの力となる。ノリも対抗評価で燃える挑戦者気質が似合う男。これもまた競馬の血統というものだろう。

三強の位置はグランアレグリアが前、エフフォーリアがその背後、いちばん後ろにコントレイル。前後を塞がれたエフフォーリアはどうする。グランアレグリアを深追いできなければ、コントレイルの仕掛けを待つこともできない。さあ、タケシ、どうする。レースは緩やかに流れる。このままなら、2番手にそろっとポジションをあげたグランアレグリアは止まらない。コントレイルは外に出し、追撃態勢を整え、勝負を待つ。

迎える最後の直線残り400m。馬場の外目に持ち出したグランアレグリアにルメールが合図を送り、果敢に先頭に立っていく。ついてこれるなら、ついてきな。そのプライドが府中を赤く染めていく。エフフォーリアはグランアレグリアに離されない位置を保ち、後ろのコントレイルが視界に入ってきた瞬間にスパートした。ライバルたちの動向を把握しつつ、エフフォーリアがゴール板までトップスピードで駆け抜けられる。これ以上ない絶妙なタイミングだ。前でわずかに鈍ったグランアレグリアをとらえ、瞬発力を駆使して迫るコントレイルを封じ、エフフォーリアは先頭でゴールを通過していった。春から幾度も目にしたノリそっくりのタケシのガッツポーズが大写しになる。挑戦者としての力みもなく、騎乗馬エフフォーリアを信頼し、その力を最大限に引き出すことを心がけた。素晴らしきホースマンシップだった。ノリはよく、相手を攻略した策士とされることに対し、否定していた。そうではなく、大切なのはあくまでの騎乗馬のリズムを邪魔しないことだと。その結果がときに大胆な逃げや追い込みという形で実を結ぶ。我々、外からレースを眺める側は、つい神騎乗なんて言葉を使いたくなるが、神がかかっているのは騎乗者だけではなく、騎乗馬もなのかもしれない。グランアレグリア、コントレイルに真っ向勝負で勝ち切ったエフフォーリアの走りに痺れた。やはりタケシ22歳の天皇賞(秋)はエフフォーリア抜きでは語れない。

コロナ禍の制限が終わったウインズ後楽園4階は以前と変わらず昭和の香りに満ちている。閑散したフロアにはそれぞれの居場所に陣取る4階の住民たちがいる。競馬新聞と赤ぺン、紙馬券を握りしめ、静かにモニターを見上げては、たまに「ヨシトミっ」と枯れ気味の声をあげる。そして、「タケシ」という声はコロナ禍以前より確実に増えた。ヨシトミ、ノリ、エダテルにタケシ、カズオが加わった。こうして4階の住民たちはいつまでも競馬を見守り続ける。どんなにデジタル化が進もうと、自宅をウインズにすることができようと、彼らの根城はウインズなのだ。彼らの生き様が好きだから、私もウインズ通いをやめられない。

写真:s1nihs

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