再開に向けて 金沢競馬水害から間もなく1か月

8月7日、金沢市は観測史上最大の記録的な大雨に襲われた。
「波なき海や河北潟」と地元の中学校の校歌でも歌われるほどに普段は穏やかな河北潟だが、この雨で増水した川の水が大量に流れ込んで越水。河北潟に面した金沢競馬場の厩舎が浸水して多くの馬が1~2日の間、水に浸かることになった。
全国のニュースでも今回の大雨の象徴のように多く取り上げられ、広く浸水した厩舎や避難する馬の様子などが報道されて全国の競馬ファンから心配の声が寄せられた。

あれから間もなく1か月が経とうとしている。水害の影響や回復の状況がどうなのか、現地に行って話を伺った。

懸命の復旧で一見元通りに戻った厩舎

発災から20日余り。馬場では調教が本格的に行われ、厩舎の周りではゴミなどは片づけられてすっかり元通りになっている。

厩舎が浸水した写真などを被害の様子を見ていたが、それを思うとよくぞここまで戻せたと、ホースマンたちによる必死の復旧に頭が下がる思いだ。

しかし、よく見ると元通りというわけではないということがわかってくる。行き交う車のナンバーの多くが「わ」ナンバー(レンタカー)であったり、消毒用の石灰の袋が積みあがっていたりと、災害の爪痕がまだ見られる。

「いやー、疲れたよ本当に」

開口一番そう言ったのは菅原欣也調教師。

菅原師の厩舎は競馬場の馬場寄りにあり、最も深く浸水した厩舎よりかは浸水の度合いは浅かったがそれでも人間の膝上までは浸水。

休憩所として利用していた厩舎の一階は床上浸水し、室内は畳を上げただけで復旧はこれからだという。

菅原厩舎1階の休憩スペース。水に浸かった家財道具は破棄し、濡れた畳が残るだけ

厩舎では馬の球節あたりまで水につかり、水が完全に引くまで2日かかったという。
そして今でも浸水の跡は残る。

「(馬たちは)水に浸かっている間は暴れたりしなかったし、よく耐えてくれたよ」

管理馬の中には疝痛が出た馬もいたが、全体的には大きな怪我や病気をする馬はいなかったのは不幸中の幸いと言えるだろう。

そして水が引いた後に待っていたのは洪水の後片付け。

溜まった汚泥からの臭い、大量の災害ごみ、動かなくなった車──。さらに餌に使う藁も飼料も全てダメになって入れ替え、消毒のために石灰を撒くといった作業に追われる日々。それを知ると開口一番に飛び出した「疲れたよ」の重みも違ってくる。

馬房の壁に黒く残る浸水の跡

そんな中でも、開催の再開に向けて動いていく。

浸水をした馬場の被害確認や修復の済んだ所から段階的に馬場が解放されていき、18日からは全面的に調教が開始された。

「7日の開催には間に合うように調教はできてるよ」

ほぼ1か月開催がなく、使うに使えなかった馬がどの厩舎にも控えていて再開したらレースの頭数は揃うのではとのこと。

再開した金沢競馬には、再開前よりも見ごたえのあるレースを繰り広げてほしい。

「水に浸かった厩舎で手伝っていたら蕁麻疹のようなのが出て、痒くてもう」

腕や背中を気にしながらに言うのは高橋俊之厩舎の厩務員、喜多由紀子さん。水害で競馬場を覆った水は河北潟や川の水がそのまま上がってきたようなただの水ではなく、下水や馬糞などを含んだ汚水である。

その中で長時間作業をした影響がまだ残っているようだった。

ほぼ同じ地点における、浸水時と現在の違い(浸水時の写真は喜多厩務員撮影)

高橋俊之厩舎は他の厩舎よりも一段高い場所に建っていて、厩舎の中ではほぼ唯一、浸水を免れていた。それでも喜多さんの車が水没すると言った水害の影響は出ていた。

「でも車は二の次。馬をどうしようと動いていてある程度めどが立ったら『そういえば車は』って気付いた。厩務員みんなそうだったね」

浸水を免れた調整ルームに一時避難したが、再び浸水した厩舎に戻って馬と一緒に汚水に浸かっていた厩務員もいたという。

馬を守る事に追われた浸水。では浸水を免れた厩舎では馬に影響がなかったのかと言えばそうではない。

「電気が止まって扇風機が使えない時があって。雨の後気温が上がって熱中症みたいな症状の馬も出た」

浸水による直接的な影響だけではなく、水害による停電で馬の体調に大きな影響が出たという。
また厩舎だけではなく馬場が使えなくなって調教ができなくなった影響が出たが、特に大きな影響を受ける馬も。

「外馬場(一番広い馬場)が最後まで使えなかったけど、気性面で外馬場でしか調教ができない馬はずっと調教ができずに他の馬に比べて調教が足りなくなっているかも」

調教ができている馬もいれば思うようにできずに足りなくなりそうな馬もいる。
そして何より心配される影響は、爪のコンディションである。

「2日も水に浸かると爪がふやけて。元に戻ったとしてもレースを走った後にどうなるかが心配」

競馬場が浸水して馬が長時間水の中にいざるを得ない状況は、過去にほとんど例がない。

暑い盛りに開催がなく夏休みのようになった、と前向きに捉える話もあるが、無事に走ることができるのか、また走り切った後に何か影響が出ないのか、心配はつきない。

調教を積んだ馬がレースを走り切り、無事に厩舎に戻って次のレースに備える。そんな日常はまだ戻りきっていないのだろう。

浸水を免れた高橋俊之厩舎から。それでも入口の手前まで浸水していた(撮影、喜多由紀子厩務員)

水害から1か月経った9月7日に金沢競馬は「ただいま金沢競馬賞」から開催を再開させる。

これを皮切りにして馬も人も、そして競馬を楽しむファンにも、競馬に携わる全ての人馬に日常が早く戻る事を切に祈っているばかりだ。

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