世界を駆け抜けたニッポンのダート王、トランセンドの冒険

芝とダートの関係はどうあるべきか──。

日本の競馬は、この国らしい発展を遂げた。
クラシックレースをはじめ、八大競走はすべて芝。距離体系も含め基本設定はヨーロッパ競馬を模範としているが、競馬場のつくりは自然の地形を活かし、大草原に柵を巡らせたヨーロッパとは異なり、人工的に整地した、いわゆる「速く走れるトラック」を作るアメリカ競馬のコンセプトを取り入れた。
ダートはアメリカ競馬からやってきた。時計が速い競馬はアメリカ型、芝コースに主軸を置くのはヨーロッパ式──日本らしい文化の折衷、カオス的な競馬が日本の競馬の魅力である。

ヨーロッパの競走体系から3歳クラシック戦線は芝一色。
デビューからダートを主戦とする馬は少なく、「ひとまずは芝へ」が日本式だった。だがそれだけではいずれダートを主戦とする馬たちが賞金加算をする機会が減る。そんな3歳ダート戦線を整備すべく2009年に新設されたのが夏の新潟レパードS。
そしてその初代勝ち馬がこの物語の主人公、トランセンドである。

トランセンドは、父ワイルドラッシュ、母シネマスコープ。
母は芝で活躍した馬だったのでダート血統ながら、日本らしくひとまず芝でデビューした。そのレースは2着。2戦目を取り消したのち、3戦目でダートの未勝利戦に出走する。伏兵に終始絡まれる展開だったが、それを振り切って快勝。のちに世界で通用するスピードを発揮した。
つづく500万下は不良馬場の京都ダート1800m。逃げたトランセンドは後続を突き放し、2着に7馬身差、時計は1分49秒7と、3歳馬としては破格な時計を叩き出した。
──これなら、芝でも。
やはり芝に挑戦しないわけにはいかないと、日本ダービーを目指し京都新聞杯へ。2番手から競馬するもダートのような踏ん張りをみせられず9着に終わる。
ここで、芝挑戦をひと区切り。トランセンドはダートでの戦いを歩み始める。
7月の新潟・麒麟山特別で古馬との初対決に挑んだ。逃げる年上のクリストフォルスの直後につけたトランセンドは直線で一気に交わして8馬身差、勝ち時計1分49秒5はレコードタイム。一気に3歳ダート戦線のトップへ向かうべく出走したレースが、新設重賞のレパードSだった。

前走内容から1番人気に支持されたトランセンドは、逃げ馬の背後という自分の形を崩さず、アドバンスウェイを交わし、スーニの追撃を抑えて重賞初勝利。レパードS初代王者となった。

そして、その真の強さを発揮したのは翌年春。
藤田伸二騎手(当時)が主戦となり自ら先手をとるという超強気戦法に変化してからだった。
重賞2着、2着、1着から、一気にジャパンカップダートまで逃げ切った。
ダートのGⅠタイトルを手中に収め名実ともにダート王になったトランセンドは、使われてよくなるダート馬としては当時異例だったGⅠからGⅠ直行というローテで、翌年フェブラリーSを逃げ切ってみせた。

消耗を最小限にしつつGⅠを連勝したトランセンドはここで海を渡り、世界への旅に出る。
それが2011年3月26日のドバイワールドカップ。
陣営はフェブラリーSまではゴドルフィンマイル出走予定だったが、最高峰のワールドカップを選択した。

このレースの15日前、日本では東日本大震災が発生。
東北から関東の広範囲に津波が襲来、中山競馬場や福島競馬場は被災、美浦トレーニングセンターも断水するなど大きな被害に見舞われた。沈み込む日本のホースマンと競馬ファンの心に希望の灯を灯したのは、ドバイにいたヴィクトワールピサとトランセンドだった。

舞台はメイダン競馬場のオールウェザーコース2000m。芝でもダートでもないタペタという人工馬場。慣れぬ異国での未体験の馬場。不利な条件にもかかわらず、トランセンドは日本での競馬と同様に逃げた。間近を駆ける車載カメラに気をとられたことで、リラックスしたペースで走るトランセンド。
出遅れたヴィクトワールピサが向正面でトランセンドの外まで順位をあげる。
世界最高峰の舞台ドバイワールドカップ、その最後の直線を2頭の日本馬による叩きあいが独占したのだ。
トランセンドは最後に1/2馬身だけヴィクトワールピサに前に出られ、世界一の称号を逃してしまった。藤田伸二騎手の悔しがる姿は彼らしさとともに印象に残った。だが日本馬2頭によるドバイでの死闘は日本の競馬ファンをどれだけ励ましたか。どれほど勇気を与えたか。
苦しいとき、必ず馬が力になってくれる。だからこそ我々も馬の力になってあげたい。
忘れられないあのレース、トランセンドはそこにいた。結果は2着だったが、そこにいたのだ。もっといえばこのレースにはブエナビスタも挑戦していた。結果は8着だったが、彼女もまたドバイから日本にエールをくれたのだ。

レパードSの初代勝ち馬トランセンド。
ドバイでのカメラ目線は、今も記憶に焼きついている。

写真:Horse Memorys

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