2023年7月5日。川崎競馬場で行われたスパーキングレディーCは5歳牝馬レディバグが2番手から抜け出し、南関東代表スピーディキックの猛追をしのぎ、重賞初制覇を達成した。レースが終わった約20分後、X(旧ツイッター)にこんな投稿がされ、競馬ファンをざわつかせた。
アニメ「ミラキュラス レディバグ&シャノワール」とのコラボレーションに競馬ファン、アニメファン双方が反応した。「すごいコラボ」「レディバグって競走馬がいたの?」といった反響と共に、どちらのファンもレディバグ号の重賞初勝利を祝福し、SNS上に幸せな空間を作り上げた。
このコラボレーションを企画した東映アニメーションの神木 優さん、立石夏子さんに経緯などお話を伺った。
●アニメ「ミラキュラス レディバグ&シャノワール」
まずは、競馬ファンに「ミラキュラス レディバグ&シャノワール」について紹介しよう。このアニメはフランス・韓国・日本の共同制作で生まれた。2015年9月から韓国、フランス、アメリカで順次放送され、日本では2018年7月からディズニー・チャンネルにて放送を開始した。
舞台はフランス・パリ。てんとう虫をモチーフにしたレディバグと黒ネコをモチーフにしたシャノワールのダブルヒーローが協力しながら、毎回登場する負の感情を増長(アクマタイズ)された人々を浄化し、パリの町を救うという一話完結型の物語だ。美しいパリの町を舞台に展開されるハイスピードでスリリングなアクションシーンは物語の魅力のひとつでもある。そんなヒーロー譚の背景に、レディバグに変身する前のマリネットとシャノワールの正体アドリアンという二人の高校生による感情のすれ違いや恋模様が描かれていく。
「女性ファンは複雑になっていく恋愛模様を楽しみにされていますし、男性ファンからは、いわゆる定番の分かりやすい展開を楽しんでもらっています。お子さんと一緒にご覧になっている方も多いですね」そう神木さんは多くのファンから支持されるワケを分析する。悪を退治し、町を救うという一話完結のヒーロー譚は、私のような戦隊ヒーローものに親しんだ世代にとっては入っていきやすい世界観でもある。
その主人公のひとり、レディバグと同じ名前を持つ競走馬レディバグ号についても、ミラキュラスファンに向けて説明しておきたい。
●レディバグ号という競走馬
レディバグ号は2018年4月28日、父ホッコータルマエ、母フェイバリットガールとの間に生まれた。父はダートGⅠ10勝のチャンピオン。母フェイバリットガールの母、レディバグ号の祖母にあたるソロシンガーは、GⅡ3着など活躍し、その子ども、レディバグ号の母の兄、つまり叔父には2003年共同通信杯を勝ったラントゥザフリーズがいる。そんな血統背景を持つレディバグ号は、2歳11月、ダート戦で初陣を飾る。
芝とダートの違いは色々ある。スピードや瞬発力といった速力を競うのが芝なら、約9センチの厚さに調節された砂の上を駆け抜けるダートは、砂をかき上げて走る力強さがなければ、勝てない。また、各馬が砂をかき込んで走るため、後ろの馬は前の馬がかき上げた砂をモロにかぶる。競走中、ずっと続くキックバックと呼ばれる現象は我々の想像以上に厳しく、ときには眼球が傷つくことすらある。そんなキックバックを受けても、走りに集中できる我慢強さもダートで戦う上では欠かせない。
力強さの原動力となる筋力と我慢強さを求められるダートで、牝馬が牡馬に勝つのは並大抵ではない。実際、牡馬混合のダートGⅠを勝った牝馬は地方交流開始当初、ダートグレード格付け前に活躍したホクトベガやJRAのチャンピオンズCを勝ったサンビスタなど、長い歴史のなかでわずか11頭しかいない。
レディバグ号は牝馬ながら、デビューから一貫してダートを走り続け、2023年8月28日時点で、22戦5勝。5勝のうちスパーキングレディーCを除く4勝は牡馬相手にあげた。馬体重450キロ~460キロ前後のレディバグ号が500キロを超える筋肉自慢の牡馬に混ざり、強烈なキックバックをかいくぐって競走に勝つというのは、強じんな精神力の持ち主でないとなし得ない。2、3歳時に重賞、オープンで走り、2勝クラスから出直し、さらに2勝を積み上げ、再び最上位クラスのオープンに入ること自体、難しいことだが、レディバグ号は牝馬ながら、それをダートでやってのけた。
そんな物語があるレディバグ号は、自然と人を惹きつける。馬生への共鳴、走る馬の姿を自分の人生へ投影するのは競馬の楽しみ方のひとつでもある。これはアニメとの共通項ではないか。
●コラボレーションの経緯とコンセプト
ところで、レディバグ号とのコラボレーションはいつ発案されたのだろうか。立石さんは、2022年の春、SNSのトレンドに「レディバグ」が入っていることに気づいたという。なぜトレンド入りしたのかを調べ、レディバグ号の存在を知った。おそらく、5月15日栗東Sを勝ったときだろう。馬名由来はレディバグのモチーフと同じてんとう虫だった。てんとう虫はフランスやイタリアでは幸運を呼ぶ象徴だ。イタリア出身のミルコ・デムーロ騎手が馬具などの目印にてんとう虫をあしらっているのは競馬ファンの中では有名な話だ。これも何かの縁ではないかと、馬主さんにコラボを持ちかけたところ、快諾され、準備を進めていった。そして約1年後、レディバグ号が栗東S以来となる5勝目を見事重賞であげ、上記SNSの投稿につながった。
立石さんはコラボ企画を進めるにあたり、アニメのキャラとどのように共演させるかを考え、あくまでレディバグ号の写真を中心にしようと思うに至った。素直にありのままの姿を表現する。レディバグ号そのものがカッコいい。これを大切にしたかったという。これまで歩んできた道を知り、ストレートに現したのが、今回制作されたクオカードやコラボミニ色紙だった。
デザイン面では、競馬とレディバグ号へのリスペクトを常に頭に入れつつ、アニメキャラのレディバグとの調和を表現した。純粋に、そして本気でレディバグ号を応援したいという思いが伝わり、競馬ファンとアニメファンどちらからも暖かいリアクションが起こった。「レディバグ号を応援しているファンに喜んでもらいたいですね」そんな立石さんの言葉がコラボ企画のコンセプトを端的に表現している。こういったグッズはファンの記憶を呼び覚ますために欠かせなかったりする。いずれ時が経ち、レディバグ号が繁殖牝馬として産駒を競馬場に送ったとき、手元に残したグッズが母の雄姿を思い出させてくれる。こうした巡りもまた、競馬ファンにとっての永遠に続く幸せというものだ。
●みんなに応援してもらえるヒーローに
8月31日、佐賀で行われるサマーチャンピオンにレディバグ号が出走する。現在、当日17時までクオカードプレゼントキャンペーンを実施している。
コラボミニ色紙も含め、他になにか新たな展開を考えているのか尋ねると、立石さんは「まずはレディバグ号が無事に元気でいてくれることが一番ですね」と厳しい世界で戦うレディバグ号を気にかけつつも、「例えば、レディバグ号の誕生日をファンの皆さんと一緒にお祝いできたりしたら素敵ですね」と新たな企画にも前向きだった。
今後の展望について立石さんは「ミラキュラスのレディバグは中身は普通の女の子ですけど、ヒーローとして一生懸命戦っています。そこは厳しい環境で戦うレディバグ号とシンクロする部分がありますよね。だから、ミラキュラスを知ってほしいという気持ち以上に、ミラキュラスファンにもレディバグ号を好きになってほしいです。ミラキュラスファンが応援すれば、それが競馬ファンに届いて、相互的にいい交流ができるかもしれません」と語った。
最後に競馬ファンへメッセージをいただいた。
「ミラキュラスはちょっと女の子向けかなと思われがちですが、すごく面白くてかっこいい作品なので、競馬ファンの皆さんも、ぜひちょっと一話だけでも見てもらえればと思います。ストーリーは超アンラッキーな女の子がラッキーチャームを使って、ヒーローになるお話です。ラッキーな出来事が皆さんにも舞い込みますように!」(神木さん)
「私たちはミラキュラスを年齢や性別に関係なく幅広い方々に愛していただける作品として展開しています。レディバグ号も、競馬ファンに限らず、皆さまから応援してもらえるヒーローのような存在になってくれたら大変嬉しいですね」(立石さん)
現在、『ミラキュラス レディバグ&シャノワール』はテレビ東京系列で土曜日午前7時30分~放送されている。土曜競馬がはじまる前のちょうどいい時間でもある。朝、競馬に向かう前にアニメでポジティブな気持ちになるのもいいかもしれない。
写真:だいゆい