始発に乗り、開門ダッシュで見た1年間の総決算。私にとって人生最高の有馬記念となった2001年有馬記念を振り返る

有馬記念は多数あるG1レースの中でも"特別なレース"である。

馬券の売上高も断トツで1位なのが有馬記念、しかしそれだけではないのが有馬記念だ。

1年を締めくくるG1レースとしての盛り上がり、有馬記念をラストランとする馬たちの見納めなど…。師走の寒空の中で、精いっぱいの声を張り上げて選んだ馬を応援すると、長い1年が終わったような気になる。馬券が的中しても外れても、有馬記念に今年も参加できたという達成感に浸れることが"特別なレース"の証だと思う。

有馬記念には、毎年ドラマがある。そして、そのドラマを共有した仲間たちとの思い出が生まれる。毎年繰り返していくと、それらの思い出たちはライブラリーとなって積み上げられていく。その1年1年に、自分の当時の生活環境や、その時一緒に過ごした仲間たちとの会話がストックされ、レースをリプレイすると当時が戻ってくる。私にとって、それが有馬記念の魅力なのかも知れない。

私は今から20年以上も前──1990年代後半から2000年の前半にかけて、毎年同じメンバーで有馬記念を観戦していた。当時の入場、席の確保は「早い者勝ち」。屋外スタンドの全席は、いわゆる自由席で、ベストポジションを確保するための、熾烈な場所取り合戦が開門と同時に繰り広げられる。有馬記念の恒例行事となっていた「開門ダッシュ」に熱くなり、毎年、綿密な計画を立てて取り組んでいた。それぞれが始発に乗って自宅を出発し、夜明け前の東中山駅から徒歩で競馬場へ向かう。防寒着で膨らんだ背中を丸めて、真っ暗な道を歩いて中央門前に集合すると、席を取る作戦会議がスタート。少しずつ明けていく群青色の空が開門時間へのカウントダウン、気持ちが昂る楽しい時間を過ごしたことを思い出す。

最近は、そのようなワクワク感も無く指定席に座って観戦するようになってしまったが、開門ダッシュ後の壮絶な席取り合戦、席を確保した後のフードコートで食べる勝利の朝食タイム……思い出すだけで懐かしさがこみあげてくる。

その頃にみんなで観戦した有馬記念は、いまでも鮮烈に覚えている。レース展開、購入した買い目、そして彼らとの会話まで、優勝馬を頂点にしてそれらの思い出が連鎖しているようだ。

 

「思い出の有馬記念は?」と尋ねられたら、彼らと観たレースの中から選びたい。そして「どの有馬記念も思い出深いが……」と前置きして、2001年にマンハッタンカフェが優勝した有馬記念を選ぶだろう。

2001年の有馬記念を紐解く

2001年の有馬記念も、朝の開門ダッシュから有馬記念観戦が始まった。

ダッシュしたコースが作戦以上の最良コースで、思ったより良い場所が確保できた。フードコートでハンバーガーを頬張りながら、モニターに映し出される過去の有馬記念プレイバックをみんなで鑑賞。あの時はこうだった、このレースは馬券が取れたなど毎年同じようなエピソードが一巡すると、馬券検討に入る。

この年の有馬記念トピックスは、一時代を築いたテイエムオペラオーとメイショウドトウのラストラン。人気はテイエムオペラオーが断トツでメイショウドトウが続くという、ここ2年間の古馬G1レースでのお決まりのパターン。とは言えテイエムオペラオーの戦績は秋になり天皇賞、ジャパンカップとも勢いのある馬たちに差し切られての2着。翳りが見え始めたと思うか思わないかが馬券検討の焦点になった。勢いのある3歳勢から菊花賞馬マンハッタンカフェ、桜花賞&秋華賞の2冠馬テイエムオーシャン、古馬陣はオペラオーのもう1頭のライバル・ナリタトップロード、ドバイでアッと言わせたG1牝馬トゥザヴィクトリーがスタンバイ。ストップ・ザオペラオーの包囲網はかなり強固そうにも見える。

当時の我々の有馬記念馬券の購入には、イベントがあった。有馬記念は1年の総決算、自分が一番勝って欲しい馬、なって欲しいレース展開を買う、「夢馬券」を発表するというもの。事前にそれぞれ検討し、フードコートの朝食タイムで発表するのが、毎年の恒例イベントとなっていた。

エアグルーヴLOSSから立ち直るきっかけとなったトゥザヴィクトリーにベッタリのS君は、単勝+ワイド総流しが今年の夢馬券。

有馬記念はその年の時事ネタ夢馬券を毎年購入するT君のテーマは「アメリカ」。9.11同時多発テロ、炭疽菌事件、マリナーズのイチローの新人王とMVP受賞などアメリカが注目されたことを理由に、アメリカンボス・マンハッタンカフェ・ダイワテキサスのアメリカ関連馬の馬連ボックスを購入。

ロマン派のK君は、時代を牽引したテイエムオペラオーとメイショウドトウのラストランに敬意を表して、夢馬券は2頭の馬連1本勝負

そして私の夢馬券は3歳馬"贔屓"馬券。特に菊花賞を勝って有馬記念へ駒を進める3歳馬を応援してきたため、マンハッタンカフェの単勝と、テイエムオーシャン、シンコウカリドの3歳馬を加えた3歳馬馬連ボックスとした。

もちろん、これ以外に「的中を狙ったリアル馬券」を各自たんまり購入することになるのだが、夢馬券発表会は当時の有馬記念での楽しみのひとつだった──。

「漆黒のメジロマックイーン」マンハッタンカフェ

2001年有馬記念で私の夢馬券の対象となったマンハッタンカフェ。

前走で菊花賞を制し、有馬記念にチャレンジしてきた青鹿毛の大型馬。菊花賞制覇までの道のりとデビューのタイミング、いかにも長距離に強そうな血統と馬体から、毛色は違えどメジロマックイーンとダブらせていた。メジロマックイーンと異なるのは新馬勝ち後、弥生賞にチャレンジした事。結果的にはアグネスタキオンに手も足も出ず4着(8頭立て)で終わったものの、この時初めてマンハッタンカフェの姿を競馬場で確認することになる。紺色にも見えそうな真っ黒の馬体、胴長のステイヤーシルエットにオーラさえ感じる不思議な馬。アグネスタキオンの圧勝劇にかき消されたにも関わらず、マンハッタンカフェのイメージは脳裏に焼き付いていた。

「漆黒のメジロマックイーン」は弥生賞後、アザレア賞に出走して惨敗(11着)も、夏の北海道開催でメジロマックイーンと同じく、特別2連勝で菊花賞の出走権を得ることになる。

迎えた菊花賞は、ダービー1,2着のジャングルポケット、ダンツフレームが出走し人気を分け合う。セントライト記念を勝ったエアエミネムが2頭に続き、マンハッタンカフェは単勝17倍超の6番人気。

スタート後、ポンと飛び出した11番人気マイネルデスポットが絶妙の逃げを展開。誰も鈴を付けに行かない状況で、2週目の3コーナーの坂の下りでもマイネルデスポットが引っ張る。直線に入ってもそのスピードは衰えず、ジャングルポケットもダンツフレームもラストスパートに入るものの「時すでに遅し」の状況の中、矢のように伸びてきたのがマンハッタンカフェだった。

最後の最後で形勢逆転、マイネルデスポットを1/2馬身差し切ってマンハッタンカフェが62代目の菊花賞馬となる。

メジロマックイーンが、ホワイトストーンとメジロライアンを最後の直線で封じて菊花賞馬になったのと同じく、人気馬を従えて優勝したマンハッタンカフェ。

この時マンハッタンカフェが、私の「お気に入り馬フォルダー」に組み込まれたのだった。

2001年有馬記念のスタート

午前中のレースから一喜一憂し、寒空で飲むビールがトイレの回数を増やす中、レースは進行する。いよいよ大一番の有馬記念。パドックの周回がターフビジョンで放映され、ゴール前は身動き取れない状態になってきた。トイレに行ったK君が戻ってこないのを気にしつつ、本馬場入場する出走馬たちを待つ。

メイショウオウドウの先出しに続き、誘導馬の後からアメリカンボス、トゥザヴィクトリーが登場。

1頭挟んでマンハッタンカフェ。3番人気に推された菊花賞馬は、やや入れ込み加減に登場するとそのまま4コーナーに向かって返し馬に入る。馬体重は菊花賞から+10キロの510キロ、真っ黒の巨体が駆けて行く。

続々と本馬場入場してくる各馬。やがてテイエムオペラオーが登場し、場内から一斉に拍手が沸いた。夢中でカメラのシャッターを切っていると、今度はメイショウドトウが登場。オペラオーとは逆の1コーナーに向かって走り出す。

ナリタトップロードを最後に本馬場入場が終了すると、有馬記念独特の高揚感が場内に充満し始める。それは府中のダービーやジャパンカップにはない不思議なムード。「今年最後の」という冠が引き出す、「それぞれの1年」を振り返させる時間なのだろうか。

スタート地点がターフビジョンに映し出され、スターターが台上に上がる。場内の歓声が一塊となって冬の青空に舞い上がり、生演奏のファンファーレも飲み込んでしまう。競馬新聞を筒状に巻いて振り上げ、場内に白い波のようにうねる。

ドッという歓声と共にスタート、ホッとシークレットがダッシュつかず後方から。まず飛び出していったのは、武豊騎乗のトゥザヴィクトリー。シンコウカリド、アメリカンボスと共に先頭集団を形成し1周目のホームストレッチに入って来る。

                     

注目の2頭、メイショウドトウはその後でテイエムオペラオーがマークするようにすぐ後ろに付く。私のマンハッタンカフェは中段よりやや後ろ、オペラオーを見ながら2コーナーから向正面に入る。隊列は変わらず、トゥザヴィクトリーを先頭にレースが進む。3コーナーカーブでメイショウドトウが動き出し、一気に集団がかたまる。アメリカンボスが必死で押しながら2番手に上がるも、トゥザヴィクトリーのペースは衰えない。テイエムオペラオーは5,6番手の位置で押しながら先頭集団に追いつこうとしているがなかなか上がってこない。その外にマンハッタンカフェとナリタトップロードが覆いかぶさるように伸びてくる。

各馬が4コーナーを回る。直線に入ってトゥザヴィクトリーが後続を突き放し、3馬身のリード。外からメイショウドトウが2番手を伺うも、トゥザヴィクトリーの脚は衰えない。アメリカンボスとメイショウドトウが二番手争いする外を、勢い付いたマンハッタンカフェが一気に追い込んでくる。テイエムオペラオーもその外から付いてくるがマンハッタンカフェの勢いには及ばない。

直線の坂を先頭で登り切ったトゥザヴィクトリーの外から、真っ黒の重戦車は並ぶ間もなく抜き去り、マンハッタンカフェはそのままゴール板を通過。ゴールと同時に左手を挙げる蛯名騎手、カメラを通して何か叫んでいるようにも見える。その直後、脚色が鈍ったトゥザヴィクトリーにアメリカンボスとメイショウドトウが重なって入線。テイエムオペラオーは伸びているが結局届かず、その後でのゴールインとなった。

                 

着順掲示板にマンハッタンカフェ1着、アメリカンボス2着の表示、3着以下は写真判定となっている。ウイニングランのマンハッタンカフェと蛯名騎手がターフビジョンに映し出されるも、人気薄のアメリカンボスが2着に残ったことで、場内のどよめきは依然と続く。やがて3着にトゥザヴィクトリー、4着にメイショウドトウ、5着にテイエムオペラオーと着順表示され、確定ランプが付くと場内のどよめきは収まり始めた。

我々の本線馬券は、テイエムオペラオー、メイショウドトウが沈んだことで、誰も的中することなく馬券が紙くずと化している。

ところが、それぞれが買った夢馬券が大当たり。

「アメリカ―、アメリカ―」と叫んでいるT君は、馬連48000円の的中馬券を500円握っている。興奮覚めやらぬS君は、愛するトゥザヴィクトリーの粘りでワイド馬券2点的中、しかもアメリカンボスとのワイドは万馬券。ささやかながら、私もマンハッタンカフェの単勝的中で、最終レースのハッピーエンドカップの馬券購入を忘れてしまうほど、みんなで盛り上がっていた。

21世紀最初の有馬記念。

世紀を跨いで君臨してきたテイエムオペラオーは、マンハッタンカフェにその地位を譲り引退、世代交代を証明する形となる。同時にマンハッタンカフェは、父サンデーサイレンス初の有馬記念馬となり、サンデーサイレンス時代の強固な牙城を築く一端となった。

旧時代の終焉、新時代到来の瞬間をみんなで確認できたことに満足し、去り行くテイエムオペラオー、メイショウドトウとの思い出を語りながら、私たちはいつまでも有馬記念の余韻を楽しんでいた。

こうして、2001年有馬記念デーの長く楽しい一日が終わった……。


令和の時代になっても、有馬記念は毎年、競馬場で観戦している。残念ながら、楽しい時期の有馬記念を一緒に過ごした仲間たちは、それぞれの生活環境が変わり離れ離れになってしまった。

コロナ禍を経て観戦スタイルは更に変化し、ガラス張りの中の決められた席で見るのが有馬記念という観戦スタイルに定着した。彼らと離れてからも、しばらくの間続けていた開門ダッシュは遠い昔の思い出。始発に乗って東中山駅に向かうこともなくなり、作戦会議も、スタンドの通路を全力疾走することもなくなった。

それでもみんなで作ったイベント、夢馬券の購入は、20年以上経っても未だに続けている。

2022年には、福永騎手のラスト有馬騎乗馬ボルドグフーシュに、2021年には友人のM君が出資しているエフフォーリアの夢馬券を握りしめて、ゴール前の攻防に酔いしれた。

そしてまた、有馬記念がやってくる。過ぎ行く1年間の競馬ヒストリーを振り返り、どの馬の「夢馬券」を財布に忍ばせてスタートを待つのだろうか。

あの頃、共に有馬記念で一喜一憂した仲間たちも、きっとどこかで夢馬券を買ってゲートインを見守っているはずだ。

Photo by I.Natsume

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