
■一目惚れの衝撃
目まぐるしく行われる5月の東京GⅠラッシュ。その中で行われる優駿牝馬(オークス)は、若き牝馬たちにとっての牝馬クラシック2戦目となる。
近年は屈強な牡馬に負けじと乙女たちの活躍が目まぐるしい。牝馬クラシックから最強馬が出てくるかもしれないという期待も膨らむ。そんな牝馬クラシック2戦目・優駿牝馬を迎えるにあたってのトライアルレースがフローラSである。
舞台は東京芝2000mで、2着までの馬に優先出走権が付与される、桜花賞に向かわなかった中長距離の適性を持った刺客たちが火花を散らす一戦だ。
そんな名物トライアルを制した馬に、筆者の思い入れが深い1頭がいる。
その馬に出会ったのは新型コロナウイルスが世界的に猛威を振るっていた時期であったために無観客で施行された2020年。画面越しだったが、輝くような栗毛の馬に画面越しでも分かる透き通るような瞳をしていた。「一目惚れとはまさしくこのことだ!」と思うような衝撃が走ったのを、今でも覚えている。とにかく美女で目を惹く1頭だった──そんな彼女の名はウインマリリン。ブロンドの艶やかな髪の毛を持つ、海外美女のイメージを彷彿とさせるような名前。美女感満載ではないか。「こんなに馬体と名前がマッチした馬がいるのか」と、衝撃を受けた。
ウインマリリンの父は栗毛の美しい馬体を持つスクリーンヒーロー。彼のルックスを色濃く引き継いでいるのだろう。ちなみにスクリーンヒーローはグラスワンダーの子であり、筆者と誕生日が一緒だったりして個人的にも特別思い入れの深い馬であったために、ウインマリリンに一目惚れしてしまったのも必然だったのかもしれない。

そのフローラS、鞍上は横山武史騎手。当時はデビュー4年目で、まだどこか初々しさのある雰囲気だった。
レースの道中、ウインマリリンは4番手。武史騎手曰く、『理想は逃げ馬の後ろ』とのことであったが、ゲートが開いたスタート直後、父典弘騎手のウィスパリンホープにポジションを奪われてしまう。一列引いた先団で追走するウインマリリン。しかし、4コーナーを開けるとグングンスピードを増して行った。
そして残り300m付近、武史騎手が鞭を落としてしまう。大きなアクシデントだったが、それでもマリリンは加速する。ラスト1ハロン、前の馬たちの隙間を縫うように内ラチ沿いから抜け出したマリリンは、そのまま後続を抑え込んで見事勝利。鞍上・横山武史騎手にとっても、念願の重賞初勝利となった。彼のガッツポーズとマリリンを鼓舞する姿が今でも忘れられない。強風で砂埃が舞うほどの厳しいレースを制したこのコンビは、すぐにGⅠを取ると思った。
──しかし、そう簡単にはいかないのが競馬の厳しいところ。
牝馬クラシック二冠目の本番となる優駿牝馬では、武史騎手が騎乗停止となったことで父の典弘騎手に乗り替わる。スタートから番手を追走し、フローラSを再現するかのように得意の形に持ち込んで内ラチ沿いを粘るも2着。後にこの年の牝馬三冠を達成するデアリングタクトの激走に涙を飲んだ。彼女を推す身としては「外枠のピンク帽でなければ…」と悔やまれるが、これも競馬である。
その後は秋華賞に直行し、再び鞍上は武史騎手に戻ってレースに挑むも15着と大敗。休み明けの影響か、本来の力を出し切れなかった。続いて出走したエリザベス女王杯はGⅠ連戦に加えて初めての古馬牝馬との戦い。先輩たちの壁は厚く、ラッキーライラックやラヴズオンリーユーという名牝たちの洗礼を浴びた。
しかし、それでも3歳馬の中では再先着の4着。力があることは証明した。

年が明けて2021年。
AJCCからのスタートになったマリリンはここで初めて牡馬を交えた重賞に挑戦することとなるが結果は6着。牝馬の中では再先着であるものの、約2か月の休み明けもあってか屈強な牡馬たちの力を見せつけられた。しかし、続く日経賞では見事な勝利を飾り、重賞2勝目。4歳となり、天皇賞(春)のステップレースに勝利したマリリンは、未知の距離である3200mへの出走権を得る。だが、その天皇賞(春)では5着。GⅠの舞台では悔しい結果が続く。
秋、ここまでGⅠを4度経験したマリリンは産経賞オールカマーをあっさりと制し、通算の重賞勝利数を3つに伸ばす。すっかりGⅠ級の馬であるのに、そのGⅠのタイトルが目の前で取り切れない。そして、この年の締めに出走したエリザベス女王杯では16着──大敗を喫した。
ここまでコンビを共にしてきた横山武史騎手にも『今日乗ったのはマリリンじゃない別の馬。参考外です』と言わしめる程の状態だったようだ。
■敗戦の中で運命の出会いも
次戦、翌年の2022年大阪杯。ここまでコンビを継続してきた武史騎手が、馬上にいなかった。
そう、彼はエフフォーリアという盟友に跨っていたのである。皐月賞を制し、ダービーを2着とした後、3歳にして天皇賞(秋)を勝利して有馬記念のタイトルまで勝ち取り、年度代表馬に。武史騎手をGⅠジョッキーにした、まさに相棒だった。
マリリンも武史騎手と一緒にGⅠ街道を駆けていくと思っていただけに、お手馬が同じレースで被ってしまったことは残念だったが、これも競馬。今となってはエフフォーリアと武史騎手ならば仕方ないとすら思える。
そんなマリリンの鞍上には、1勝クラスの時にコンビを組んだ松岡正海騎手が迎えられた。
実は前年の天皇賞(春)の後に、右肘の浮腫を取り除く手術を行っていたというマリリン。だが状態は上々で、手塚調教師も『何の問題もないし大丈夫。できれば道中はエフフォーリアの前にいたい』と意気込みを語っていた。
だが結果は16着。エフフォーリア、ジャックドールといった上位人気2頭が着外となり、勝ったのは8番人気のポタジェと、大波乱の決着となった。
この時のエフフォーリアの敗因は、当時レースを見ていた筆者にも皆目見当がつかなかった。ジャックドールやアフリカンゴールドが作ったハイペースなのか、それともゲートで隣になったマリリンが美しすぎたからなのか...。レース展開による敗因の前者より、後者の方がオカルト要素は強いが、これはレース後に武史騎手が『枠の両サイドが牝馬で鳴きながらゲートに入った』というコメントを残しているように、あながち全くないわけでもない。
馬の4歳と言えば、人間で言うと成人を迎える頃だと思う。少しだけ年上の、とびっきり美しいお姉さんが隣にいたら、少しすかして自分を見せてしまうもの。もし自分がGⅠタイトルを3つも持っていたら格好をつけたくもなる。テンションが上がるのも仕方ない。ましてや反対側の馬番には、アカイイトというかわいい系のお姉さんまでいたんだから…。と、本当かどうかは馬と言葉を交わせない以上分からないが、男の子を魅了して調子を狂わせてしまう(?)ほどの噂まで立つルックスを持つウインマリリン。我々が見ても息をのむほどの綺麗さなんだから、馬の世界ではとびっきりの美女だったに違いない。
次戦に選んだ宝塚記念ではエフフォーリアに加え、あのオークスで僅かに届かなかったデアリングタクトも参戦し、リベンジの機運は高まる。GⅠで悔しい結果が続くマリリンも、今やすっかり大舞台の常連。馬体の美しさやひたむきに走る姿から着々とファンの数を増やし、我々は魅了されていた。だが結果は7着。前走の大敗から持ち直し、グランプリレースという大舞台で、強敵たちを前に素晴らしいレースを見せてくれたが、またもやGⅠタイトルには手が届かない。
この時の勝ち馬はタイトルホルダー。彼とは後に、素敵な未来を迎えることとなる。

■惜敗の国内秋、そして香港、歓喜の時
いよいよ2022年も夏。この年はマリリンにとって、宝塚記念から続けた暑い時期の競馬を続戦する年となった。夏の風物詩、札幌記念に参戦した彼女の鞍上は引き続き松岡騎手。毎年、GⅡと言えどGⅠ級のメンバーが集まるハイレベルなレースである。そうしたなか、勝ち馬ジャックドールに、のちに世界のトレジャーハンターの名を残したパンサラッサという逃げ馬2頭の一騎打ちに食らいついていったマリリン。まさにGⅠ級のメンバー相手に3着となり、白毛の名牝ソダシにも先着。復調の兆しを見せてくれたマリリンの次走に一層の期待を抱く、忘れられない素晴らしいレースとなった。
そして迎えた3度目のエリザベス女王杯の鞍上は、短期免許で来日したD.レーン騎手。ライバル、デアリングタクトに先着し、一昨年の覇者で、大阪杯でも先着を許したアカイイトにも先着。
「今度こそ、今度こそ!」そう思ったが──結果は、2着。この年のオールカマー覇者ジェラルディーナとC.デムーロ騎手のコンビにあと一歩及ばなかった。同じく後方から脚を伸ばしたライラックと同着となり、GⅠでは珍しい2着が2頭いるレースとなった。
このままGⅠ馬になれないまま終わってしまうのか…そんな不安がよぎるようになった。それもそのはず。この時マリリンは5歳。ウインレーシングクラブの規定として、原則として牝馬は6歳4月末日までに引退するという決まり事があるからだ。
繁殖入りを想定した規約で、こういった引退の期日を設けているクラブも少なくはない。だからこそ、来年の春までには引退するであろうという予測が立つのである。
そんな中、ウインマリリンは香港ヴァーズの招待を受けた。ジャパンCに登録もしていたが、出走すると中1週になってしまうため、こちらを回避して招待を受諾。
初の海外遠征となるものの、輸送は慣れているマリリン。何としてでもGⅠ馬になって欲しい。陣営もファンも、みんな同じ気持ちだったと思う。
そして、その時はついに。
ゲートが開くとじわりと進出、中団に控える形となったマリリン。今までの先団につける特異な形とは少し違ったレースの運びとなった。そして4コーナー、大外から一気の捲り。こんなマリリンは今まで見たことがない。先団の内につけ、そこから抜けていくのが勝ちパターンだっただけに驚いた。引き続きの鞍上であったD.レーン騎手が、マリリンの新しい引き出しを開けたのだ。
今でも鮮明に覚えている。この時は仕事中でラジオでレースの実況を聞いていた。
ああ、マリリン番手つけられなかったか…と思いつつ、『大外からウインマリリン!!』と実況の熱い声が聞こえてくる。
今までマリリンのレースを見てきただけに、知らない展開を実況する声からは、まるでイメージが湧かなかった。
『ウインマリリン!!!』
仕事の手が止まった。筆者の両手は天井高くつきあがっていた。
込み上げてくるものがある。
やっと。
やっとだ!
ついにGⅠのタイトルを手にした!!!
香港の舞台で、世界の強豪馬たちを打ち破り手にしたGⅠタイトルには、どこかふと思い出すことがあった。
──同じだ。
そう、あの暴君。なかなかGⅠを勝てず、主な勝鞍が長い間『阿寒湖特別』だったあの馬。競走生活の晩年、GⅡをいくつか制したが、GⅠのタイトルがなかなか取れなかったステイゴールド。
筆者にとっても、思い入れの深い馬である。なかなかGⅠのタイトルを獲得できず、引退レースである香港ヴァーズを優勝してターフを去った、記録にも記憶にも残る名馬だ。
彼の姿をどこかに重ねて、マリリンの勝利を心から祝った。
これで引退か──。ステイゴールドと同じように、GⅠのタイトルを獲得し、華々しい引退を飾ると思った。だが現役続行。そしてまさかのドバイSC参戦。国際招待競走に優勝したのだから、ドバイに参戦するというのも納得であるが、時期的にもマリリンにとっては明け6歳の3月末のレースで規定ギリギリだ。引退がよぎっていただけに、参戦表明は本当に嬉しかった。
結果は6着だったけれど、あの世界一の名馬イクイノックスと同じレース、しかも国際招待競走に出走したのは誇って良いのではないか。その後、帰国したマリリンは、特例措置により2023年いっぱいは現役を続けることとなる。
国内では再度松岡騎手とコンビを組み、札幌記念、オールカマーに出走し、結果はどちらも9着。
着々とお母さんになるに向けての準備の時期なのか否か、まだまだ競走馬の身体ではあるがこの時は前よりも少しふっくらしてきたように見えた。

2023年オールカマー パドック
しかしこの後びっくりしたのがまたもやの海外遠征。今度はアメリカ。BCフィリー&メアターフへの出走である。鞍上にC.デムーロ騎手を迎えた本番では、ハナ差4着と馬券圏内こそ逃したものの、ふっくらした体型もすっかりバキバキの姿に戻っていた。
そして6歳の終わりを迎える2023年12月。ウインマリリンは有馬記念の出走と共にこのレースを持って引退することが発表された。
2022年のクラシック世代であるドウデュースやジャスティンパレス、スターズオンアースに加え、シャフリヤール、ソールオリエンスと3世代のダービー馬、凱旋門賞4着のスルーセブンシーズ、そして同日引退が発表されていたタイトルホルダー等々、超強力なライバルたちが顔を揃える豪華レースとなった。
鞍上は前年、凱旋門賞を制しているL.モリス騎手との初コンビ。超強力メンバーも揃ったことで14番人気と人気こそ落としてはいたが、結果は7着。人気以上の走りでラストランを終えた。
本当にマリリンはタフでガッツがあって根性がある。幾多の屈強な名馬たちに涙を飲んだものの、筆者が見た限り諦めたレースはなかったように思う。調子の悪かった時も一生懸命走った。
先団で追走して最後まで粘る姿。
令和最強格の逃げ馬たちに食らいつく姿。
大外から捲った香港。
どのレースも本当にタフな姿で、美しい。
走る姿も、馬体も顔も全てがパーフェクトに美しかった。
パドックではパシュファイヤーをつけているが、レースに出るとそれを外して目が見えるその姿は、まるで舞踏会で仮面を被った美女の素顔を見るような魅惑の妖艶さがあった。

2023年オールカマー パドック
そして、このレースでラストランとなったタイトルホルダーとウインマリリンはなんと引退後『夫婦』となる。互いの初年度産駒となる鹿毛の牡馬が生まれた。
最初にこの発表を聞いたときは本当に嬉しかった。ウインマリリンは繁殖牝馬としてコスモヴューファームで過ごしており、現役時に何度も戦火を交えたウインマイティーと仲良く過ごしている。その姿がかわいらしく、ファンの間でも話題になっている。
また機会があればマリリンやマイティーの美貌をこの目で見たいと期待を膨らませつつ、未来のマリリンの仔たちの活躍に期待したい。

2023年オールカマー
写真:@gomashiophoto、s1nihs、あかさび、しんや
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