
2025年12月24日。大阪杯を連覇したベラジオオペラが競走馬登録を抹消。社台スタリオンステーションで種牡馬になることが発表された。国内外で14戦し、通算6勝。獲得賞金は11億円をこえた。父ロードカナロア、母エアルーティーン、母の父ハービンジャー。栗東上村洋行厩舎に所属し、主戦騎手を務めたのは横山和生騎手だった。
仁川は和生騎手にとって縁起がいい競馬場だ。2022年、タイトルホルダーとともに天皇賞(春)、宝塚記念を連勝。天皇賞(春)ははじめてのGⅠ勝利であり、祖父横山富雄元騎手、父横山典弘騎手に続く親子3代制覇という記録でもあった。私はあの日、阪神競馬場の検量室前で和生騎手の勝利を見届けた。ゴール後に大きく手をあげる派手なアクションは弟の武史騎手や父にそっくり。GⅠ初制覇でありながら、妙に決まっている。そんな絵になる挙動は血がなせるものなのか。騎手の血筋を感じたものだ。その後、取材スペースに姿を見せた和生騎手はどこか喜びを噛みしめつつも、それを押さえるような語り口で取材に応じた。馬上でのアクションがきれいさっぱり消え、なんともなかったかのように振る舞うのは父譲り。インタビュアーから親子3代制覇の感想を聞かれたときも、「周りの人たちが喜んでくれたので」と語るにとどめた。表情は確かに歓喜を表現していたが、言葉は決して派手ではない。黙して仕事に徹する。和生騎手は父からそんな職人気質な内面を受け継いだ。取材を通じてそんな騎手像を感じたものだ。
阪神でGⅠを2つ勝った和生騎手は翌年の日本ダービーでベラジオオペラとコンビを組む。新馬からスプリングSまで無敗で通過し、皐月賞で3番人気に推されたが、10着と大敗。無敗記録が途絶えたせいなのか、日本ダービーは9番人気と一気に人気を落としていた。ロードカナロア産駒なので、距離延長も嫌われたのだろうか。血眼になって大一番を予想するファンの見限りは想像以上に早い。だが、和生騎手とベラジオオペラは4着と好走し、ファンの評価を覆す走りをみせた。ハイペースを先行した皐月賞とは一転、スローペースのダービーで中団に控える。なかなか大胆な策に和生騎手の底知れなさを感じた。最内枠を利用し、馬群で我慢させることで終いまで体力を温存する。そんな意図通り、べラジオオペラは上がり最速33秒0の末脚を繰り出し、ハナ差の2着争いに顔を出した。実戦初騎乗でみせた人馬のリズムは翌年への布石だった。
ベラジオオペラにひとつ弱点があった。それが夏という季節だった。2023年は記録的な猛暑のとば口のような年だった。7月から9月にかけて観測史上1位の高温を月単位で記録しており、ベラジオオペラは夏負けから立ち直るために時間を要してしまった。戦列復帰は暮れのチャレンジC。阪神競馬場への出走は新馬戦以来2度目のことだった。ダービーより短い2000m戦でもあり、和生騎手はスタートからベラジオオペラに少し加速するよう合図を送る。好位に収まったかと思うと、1、2コーナーにかけて一転して気配を消す。遅れて先行態勢に入ったライバルを先にやり、中団馬群の先頭付近に陣取る。3コーナーから外をまくって勝負に出る馬もいたが、それでも動かない。これ以上待つと外から被される。そんな絶妙なタイミングで和生騎手はゴーサインを送る。ベラジオオペラも合図を待っていたかのように即座に加速すると、直線で先頭に立ち、最後まで押し切った。

下げても、遅れても勝てない。一本の細い道を抜けてくるような見事な展開で実力馬ボッケリーニをハナ差退けた。そのラップタイムは残り1200mからすべて11秒台が記録されており、早く行きすぎても勝てない競馬であり、ベラジオオペラの心肺機能も際立った。
チャレンジCで披露した阪神芝内回り2000mの必勝攻略法は翌年、大阪杯へとつながった。

2024年3月31日大阪杯。
和生騎手とベラジオオペラは2番人気でGⅠの舞台に戻ってきた。手順は決まっていたかのようだった。スタート直後に合図を出し、前に行かせると、内からハナに立ったスタニングローズを見つけるや、その背後をキープし、またも気配を消す。さすがにGⅠとなると、仕掛けて勝負に出るライバルもいる。ローシャムパークが3コーナー手前でまくってくると、和生騎手は早めにベラジオオペラに前に出るよう促した。抵抗を受けたローシャムパークは外の3番手から前に出られない。4コーナーでも外から被されない間合いをキープし、先に体力を使わせると、内から差しかえすように伸びていく。

さらに内を狙ったルージュエヴァイユの強襲も退け、僅差ながら先頭でゴール板へ。この勝利もまた細い一本の道。ゴール板へと続く道筋を和生騎手が示したのはもちろん、その道を理解しているかのようなベラジオオペラの聡明さも光った。仁川の舞台に凱旋した和生騎手、このときのアクションはやや小さめも小気味よく、どうしたって父を思い出すアクションだった。

翌年、ベラジオオペラと和生騎手は大阪杯連覇に挑む。GⅠになる前の記録をたどっても、大阪杯を連覇した馬はいない。かつてはステップレース的立ち位置だったこともあるが、それでも古馬重賞で連覇がない重賞は珍しい。それもこれも阪神芝内回り2000mというコースに理由があるのではないか。2000mのなかでコーナー4回という忙しなさはこなせるだけの技が必要だ。連覇達成がなかったのはこのコースの奥深さの証拠だろう。
だが、ベラジオオペラと和生騎手にはコース攻略する技があった。先制攻撃をかましつつ、周囲をうかがいながらポジションを探し、最初のコーナーで気配を消していく。デシエルトが大逃げに持ち込んだとしても、その手順は一切変わらない。勝負所では外から進路を塞がれないように少し早めに動いて、自分の進路を譲らない。消えていたはずの存在感が瞬く間にあらわれるや否や、一気に突き抜けていく。後ろからロードデルレイが追いすがるも、序盤のポジション利がその差を決定的なものにする。またも細い一本道を抜けるような組み立てだった。

もちろん、レースは100回やれば100通りの展開がある。これほど再現性が難しい競技はないはずだ。実際、チャレンジCも2度の大阪杯もレース展開は異なる。それでも結果は同じ。その勝ち筋はまるで再現されているかのようだった。錯覚だろうか。競馬における再現性とは不可能に近いはずだ。だが、ベラジオオペラと和生騎手はその不可能を限りなく可能に近づけた。このコンビの価値はまさにここにある。大阪杯連覇はまさに人馬の技。仁川の匠が早めに咲いた桜の下に佇んでいた。

その後、ベラジオオペラと和生騎手は香港へ飛んだ。シャティン競馬場の2000mは仁川の匠がその技を見せるにふさわしい舞台だった。相手は香港の英雄ロマンチックウォリアー。その技をいかんなく発揮する状況は整っていた。ベラジオオペラは完璧に近い競馬を展開した。コーナー4つの2000mの勝ち筋であったのは確かだ。だが、そこにはロマンチックウォリアーというシャティンの匠がいた。それでも真っ向勝負を挑む姿には凄みすら感じた。強敵に挑む。王者とのコンビで経験を蓄積した和生騎手だが、やはり挑戦者が似合う。これも血筋だろうか。今度はベラジオオペラの仔で再び頂点に挑んでほしい。きっと匠の技を継承する産駒があらわれるだろう。

写真:RINOT

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