
ミラノ・コルティナオリンピックの中継を観ていると「ステルヴィオ」という単語を耳にした。これに反応したあなたは歴とした競馬民。もしくは無類の車好きだろう。
イタリアの老舗自動車メーカー・アルファロメオの100年以上にわたるブランドの伝統を受け継いだ唯一無二のSUV車の名は、イタリアとスイス国境にあるステルヴィオ峠に由来する。オリンピックアルペンスキーの会場でもあるステルヴィオ峠はイタリアのロンバルディア州とスイスの南チロルの間にある欧州で2番目に標高が高い峠だ。自転車プロレースのジロ・デ・イタリアのコースにも設定され、自転車乗りにとって夢の場所だそうだ。アルプスの絶景を思う存分楽しめる反面、48カ所のUターンに近い急カーブや平均斜度10%の上り坂が延々と続く難コースだ。

競走馬のステルヴィオは自身の馬名由来でもあるステルヴィオ峠を越えていくかのような競走生活を歩んだ。実はステルヴィオ峠も最初のうちは経験豊富な自転車乗りにとってさほど厳しくはなく、それはステルヴィオの競走生活そのものだった。2017年6月4日東京芝1600m2歳新馬戦で勝利。これがロードカナロア産駒のJRA初勝利だった。2戦目は札幌のコスモス賞。道悪に戸惑うも連勝で突破。秋はサウジアラビアRC、朝日杯フューチュリティSで連続2着。勝てはしなかったが、2歳マイル戦線における最上位クラスの力は示せた。同じレースを連勝したダノンプレミアムは翌年、弥生賞を勝ち、クラシック有力候補へ。残念ながら、その後、挫石で皐月賞を回避し、歯車を狂わせてしまうが、ステルヴィオがスプリントSに出走する当時は距離云々関係なく、ダノンプレミアムを物差しに語られ、高い評価を受ける。オープンを勝っているとはいえ、ここで結果を残せなければ、クラシックには進めない。1番人気ではあったが、この先の道を決するターニングポイントだった。
コスモイグナーツが軽快な逃げを打ち、エポカドーロ、ライトカラカゼ、マイネルファンロンが追いかける形で進み、ステルヴィオは中団の外目で折り合いをつける。レース中盤、残り1000m付近から逃げるコスモイグナーツが後ろを引き離しにかかり、大きなリードをとって直線へ。追撃勢では2番手エポカドーロが馬場の悪い内を避けながら、前との差をじわりと詰めていき、その動きに呼応する形でステルヴィオが進出していく。残り200mで力尽きたコスモイグナーツをエポカドーロがとらえると、さらに外からステルヴィオが襲いかかる。2頭の鼻面が並んだところがゴール板だった。結果はハナ差でステルヴィオ。大事な1800m戦で結果を残した。と、ここまではよかった。ステルヴィオ峠が九十九折れの急カーブをもって挑戦者たちに立ちはだかるように、ステルヴィオには距離という壁が立ちはだかった。

スプリングSを勝ち、2番人気で迎えた皐月賞。馬場は稍重。開催が進んだ芝は決してステルヴィオが得意とする条件ではなかった。ゲートこそ遅れはしなかったものの、最初のスタンド前で思ったほど進んでいかず、馬場のミスマッチ具合が早くも鮮明になる。1コーナー通過は14番手。明らかにスプリングSとは違う形でレースを進めざるを得なかった。レースの主導権を握ったのは若葉Sを逃げ切ったアイトーン。京成杯を勝ったジェネラーレウーノ、ジュンヴァルロが続き、この3頭が2コーナーで後ろを引き離していく。離れた4番手にいたのがエポカドーロ。先行集団の離れた前はスプリングSと同じ。このレースの入りの違いが結果に響く。前3頭のつばぜり合いは向正面に入っても続き、それは3コーナーに突入しても変わらなかった。当然ながら、ペースは速く、追いかけなかった後続馬群もじわじわとスタミナ勝負に引き込まれていく。残り400m地点でアイトーン、ジェネラーレウーノの2頭に絞られた先行勢は後ろとの差を守らんと歯を食いしばる。息詰まる我慢比べを打ち破ったのはエポカドーロだった。自らも苦しい立場だったのが嘘だったかのように豪快な走りをみせる。ステルヴィオはスプリングSでみせたエポカドーロとの間合いを詰めるような走りができない。後方でもがくように走る。それでも決して勝負は捨てない。しかし、走りのバランスが整ったのは残り200m地点。もはやエポカードには決定的な差をつけられていた。さらにいえば、全速力を出したとはいえ、それはスプリングSのそれとはまるで違った。ほぼ尽きかけた体力を振り絞るような姿に距離の限界という言葉がよぎった。
それでも陣営はダービーに進んだ。きっと、良馬場ならばまた違った走りをするという願いに近い確信があったにちがいない。無理もない。そう思って一縷の望みに託してでも出走させるのがダービーというレースなのだ。出なければ、ダービー馬にはなれない。しかし、現実は厳しかった。皐月賞と同じく後方からレースを進め、4コーナー12番手から8着敗退。上がり3位の末脚を繰り出したとて、勝負圏内に入ることはできなかった。世代トップレベルの実力の持ち主が突きつけられた現実は、まさに峠道そのもの。トップレベルにとっても険しい道のりは、競馬の厳しさを改めて物語る。
陣営はどこまでも続く峠道をどう乗り越えていくか思案した。峠を乗り越えるだけの力があるという確信を持っていたからこそ、もどかしく、自責の念に苛まれていたはずだ。最初からそこまで力がなければ、悩みはしない。ステルヴィオの走りはGⅠ馬にふさわしく、だからこそGⅠ馬にしなければならない。その後、トップステーブルとして多くのGⅠを送った木村哲也厩舎にとって、はじめて味わう重圧だった。どのGⅠも勝つまでの道のりは苦しい。道なき道、答えなき答えを求め、結果を導く。どこかで思い切って突っ込んでいかないとGⅠは勝てない。木村哲也調教師がそれに気づいたのもステルヴィオだった。

秋、ステルヴィオはクラシックではなく、中距離路線を模索する。毎日王冠にはそんなメッセージが込められていた。父クロフネ譲りの毛色とスピードをもつアエロリットの逃げに完敗こそ喫したものの、ステルヴィオは久々に上がり最速の末脚を繰り出し、復活の兆しをみせた。同時に1800mでの敗戦によって、思い切ってマイル路線に舵を切ることができた。こうして迎えたマイルチャンピオンシップ。春は外枠が多かったが、ここでは1枠1番を引き当てた。この幸運もステルヴィオが難所を乗り越えるために用意されたものだった。鞍上はウィリアム・ビュイック騎手。主戦ルメール騎手は安田記念を勝ったモズアスコットに騎乗するため、乗り替わりとなった。これもマイルチャンピオンシップ参戦が予定外だったことを物語る。
2歳GⅠ以来となるマイル戦だったが、ステルヴィオが戸惑うような場面はなかった。むしろ、これまでとは違う積極的な攻めの姿勢をみせ、好位インの4番手へ。目の前のアルアインを壁に使い、息を整える。京都外回り4コーナーの急峻なカーブで外に振られそうになるところをビュイック騎手がなんとかこらえ、内から3頭のポジションを死守する。そして、先に抜け出したアルアインと力尽きたアエロリットの間にぽっかり空いたスペースを見逃さなかった。後ろからそこを狙ったペルシアンナイトに瞬発力で上回り、先に抜けていく。負けじとペルシアンナイトも抵抗を試みるも、先に動いたアドバンテージを活かしきり、アタマ差先着。ついにGⅠタイトルを手中に収めた。レース後、調教師はひと目も憚らず涙を流した。これまでの重圧、そこからの解放。様々な感情に一気に支配され、ぐちゃぐちゃだったにちがいない。

「ひとつGⅠを勝つだけで十分なんです。そんな簡単じゃありませんから」
よく調教師はそう口にする。ひとつ勝つことの難しさ、ひとつでもGⅠを勝てる馬を勝たせる重圧を知るからこその言葉だ。栄光に近づくことはできても、それは些細なことで遠ざかり、つかんだと思った瞬間に滑り落ちていく。そして、栄光に接近したからには、それを手中に収めなければ先に進めない。ステルヴィオはそんな勝負の道の険しさを教えた馬だった。

写真:はねひろ(@hanehiro_deep)、Horse Memorys、s1nihs
