[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]ルリモハリモの能力試験(シーズン2-7)

「9月17日の能力試験にギリギリ間に合うかかどうか分からない。まだこれからゲート練習をする段階だから」と張田京先生はおっしゃっていました。「間に合わなければ、10月の能試ですかね?」と僕が尋ねると、「そうですね」と返ってきました。8月中に船橋競馬場に入厩していれば、たとえ10月の能力試験であっても合格すれば100万円の助成金が入ってくるのです。それならば慌てることはないと僕は思い、「お任せします」とお答えしました。

9月17日の能力試験の前日になっても、ルリモハリモが出るのか出られないのか、一向に連絡はありません。それもそのはず、9月15日~17日はセプテンバーセールの真っ最中であり、張田調教師もセリ場にいるでしょうし、NO,9ホーストレーニングメソドの木村さんも大忙しの期間です。

ここは自分で張田厩舎に直接連絡を入れて確認するしかないと思い、張田厩舎の電話番号を探し、電話してみました。ところが誰も出ません。セリ中に申し訳ないけれど、張田先生の携帯に電話するか迷いましたが、もう少し時間を置いて、張田厩舎にかけてみることにしました。セプテンバーセールが終わった時間を見計らって、まずは厩舎に電話をして、それでも不在であれば張田調教師に直接電話をすることしました。

再度、張田厩舎の電話を鳴らしてみると、ひと呼吸置いて、女性が出てくれました。事務の女性であれば分からないかなと半ばあきらめつつも、「こんにちは。ルリモハリモの馬主ですが、明日の能力試験に出られるのかどうか確認したいと思いまして」と言うと、「あっ、出ますよ。出走表のようなものがありますので、FAXで送っておきましょうか?」と聞かれました。「よろしくお願いします。それから、明日、船橋競馬場に行って、撮影も兼ねて見てみたいのですよね。まだ千葉県馬主会に入会していないのですが、中に入れますかね?地方競馬の馬主資格証は持っています」と返すと、「それでは、組合の人に伝えておきますね。関係者入口のところで、お名前を言ってもらえれば大丈夫なようにしておきます。治郎丸さんですよね?」と取り計らってくれるようです。何よりも僕のことを知ってくれていたのが嬉かった。

「能力試験が終わった翌々日に厩舎に伺って、張田先生に挨拶をしようと思っています」と伝えると、「わざわざお越しいただかなくてもいいのに。もし道に迷ったりしたら主人を迎えに行かせますので遠慮なくおっしゃってください」と言われました。そのとき初めて、今まで話していた女性が張田調教師の奥さまだと知ったのです。とても丁寧に親切に対応してくださって、このような女性がいてくれるのであれば安心です。馬を中心としたチームを組むにあたって、周りの人間同士が適切なコミュニケーションが取れることはとても重要です。

一度、電話を切ったあと、再び張田調教師の奥さまから連絡があり、「明日の第6レースですね。7時50分発走予定です。出走表はFAXしておきました」と詳細を教えてもらいました。「丁寧にありがとうございます」と言って僕は電話を切り、明日は朝4時起きだなと腹を括りました。

7時過ぎに船橋競馬場に着くと、すでに馬たちがパドックを歩いていました。何レースの馬たちだろうと思い、出走表と照らし合わせてみると、5頭が歩いていることと4番の馬に岡村健騎手(の勝負服)が乗っていることから、第4レースのそれだと分かりました。ルリモハリモの出番は次の次です。

この日は夏の名残とも言えないほどの蒸し暑さ。朝7時には太陽が燦燦と降り注ぎ、おそらく30℃を超えているはずです。じっとしているだけでも汗が垂れてきます。僕は日陰を探して落ち着きましたが、馬たちはこの暑さの中を初めての場所を歩かされ、走らされます。熱中症にでもなってしまうのではないかと心配です。ルリモハリモは牝馬なので、牡馬に比べると暑さに強いはずですが、さすがにこたえそう。あくまでも能力試験は本番ではないので、ここで消耗している場合ではありません。できる限り、良い形で能力試験を走り終えて、デビュー戦を迎えなければいけません。

第4レースの出走馬たちが「馬場に入ってください!」と呼ばれ、その後、第5レースの出走馬たちがパドックに姿を現します。その間に、前のレースの馬たちのボロ(馬糞)をほうきとちり取りで片づけてくれる人たちがいます。お客さんはひとりもいないのに、能力試験の合間にもパドックを綺麗にしてくれているのです。もしかすると、他の馬のボロに驚いてしまう新馬がいるのかもしれませんが、このような人たちのおかげでも競馬は成り立っているのですね。

第5レースの馬たちが馬場に呼ばれていなくなり、続いて第6レースの馬たちがパドックにパラパラと現れ始めました。緊張が走ります。去年の12月に浦河のNO,9ホーストレーニングメソドに行って以来、ルリモハリモの姿を9カ月ぶりに見ることになります。パドックに登場した3番ルリモハリモを見て、「背が高いな」というのが率直な感想でした。ここまで持ってきてくださったNO,9ホーストレーニングメソドの木村さんには感謝しかありません。腹回りに寂しさはありますが、体高はあるので、あとは幅が出て、肉づきが良くなってくればというところでしょうか。こればかりは一朝一夕にはいきませんので、時間をかけて育てていくしかありません。それよりも気になるのは、気持ちが入ってきていることでしょうか。チャカつくほどではありませんが、二人引きでやや鶴首になっています。

騎手が背に乗ることなく、そのまま10周ほど歩いて、ようやく馬場入りの号令が響きました。赤い勝負服の所蛍騎手がルリモハリモに跨ろうとすると、首を上げて嫌がる素振りを見せるも、何とか乗せてくれ、馬場に向かいます。さらにテンションが高くなったのを察した所騎手が、一度、パドック内で馬を小さく回し、他の5頭から少し離して馬場入りしていました。ほんのひと工夫ですが、ルリモハリモもひと息つけたのではないでしょうか。

他の馬たちは集団でキャンターをしているのに、ルリモハリモだけは1頭であっという間に向こう正面のスタート地点まで走り去ってしまいました。集団行動が苦手なオーナーに似たのかなと共感こそあれ、落ち着いてきちんとパドック→返し馬ができるようにならなければ、レースで力を発揮することは難しく、課題を残しました。

スタンドからだと豆粒のような馬たちの姿は見えるのですが、どの馬が誰かは不明。スタートを間近に控え、僕は不安に襲われました。まともにゲートを出なかったらどうしよう、立ち遅れてレースについて行けなかったらどうしよう、などなど。僕がルリモハリモのオーナーであることなど、この競馬場にいる人たちが知っているはずもないのですが、それでも自分の馬がまともに走れなかったなんてことがあれば、穴があったら入りたい気持ちになるはずです。

どのような結果であれ、能力試験は能力試験だと自分に言い聞かせました。パドックからゲートまでは何回か経験すれば落ち着いてくるだろうし、まともに走れず、レースにならなければ、もう一度、ブルーステーブルに出して立て直せばよい。課題が見つかったと思えば良いのです。そうこうして心の準備をしていると、各馬がゲートに入り始めたようです。

遠くでゲートが開く音がしました。

(次回へ続く→)

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