
グランプリボスは、謎だ。
史上初、朝日杯FSとNHKマイルCの両GIを制覇。世代のマイル王となった。以降、早枯れすることなく古馬になっても奮闘。安田記念とマイルCSで計三回2着に入り、重賞も二つ積み上げた。そして、ラストランとなった香港マイルでも3着と気を吐き、世界にその実力を誇示したのである。
28戦6勝、獲得賞金5億1,329万円。種牡馬にもなった。れっきとした名馬だ。
しかしグランプリボスは、その“強さ”にほとんどスポットが当たらない。勝ったGIが世代限定戦だけだったこともあるだろう。ノースフライトやタイキシャトル、グランアレグリア──。マイルの世界には特級の猛者たちがゴロゴロいるため、グランプリボスでも実績上位とならないのは仕方ない。
だが、“強さ”以上にグランプリボスには恐るべき一面があった。それが、良くも悪くも「人気通りには走らない」ということ。人気になって凡走し、人気を落として激走する。馬券を買う側としては、非常に頭を悩ませる馬だったのである。
管理した矢作調教師をもってして「最後まで彼の正体がつかめなかった」と言わしめたグランプリボス。人々を翻弄し続けたその蹄跡を辿る。

■マイルのバクシンオー
2008年、当歳セレクトセールに出されたグランプリボスは、株式会社グランプリに2700万円で落札、購入される。ノーザンファーム空港牧場で育成調教された後、栗東の矢作厩舎に預けられることとなった。
父は、日本競馬史が誇る最強スプリンターのサクラバクシンオー。産駒の多くがその芳醇なスピードを受け継ぎ、短距離を主戦場として大活躍していた。

参考までに産駒の総合成績を見てみると、1400メートル以下だと782勝を挙げているが、それより長い距離になると120勝となっており、その差は歴然である。
当然、グランプリボスもスプリンターとしての活躍を見込まれたのは想像に難くない。しかし、いざ調教を始めると産駒特有のスピードよりも、ズブさが目立ったという。また、スプリンターに多いピッチ走法ではなく、距離をこなせそうな跳びの大きい走りだった。
血統からはスプリントという選択肢もあっただろう。しかし、そこは矢作調教師の慧眼か。デビュー戦に選んだのは短距離ではなく、札幌の1500メートルだった。
競馬がブラッドスポーツである以上、やはり血統は大事だ。それは優勝劣敗の厳しい世界。結果を残せない血は容赦なく淘汰される。残る血統には残るなりの理由があるのだ。スピードやスタミナ、切れ味、芝とダートの得手不得手、中には右左の稚拙も影響するケースもあるだろう。
だが、血統は全てではない。それはひとつの道標であって、馬自身を縛るものではないはずである。
しかしグランプリボスには、血統による「走り」と「評価」の齟齬が付きまとった。つまり、バクシンオー産駒なのにマイルを走るのか、ということである。
デビュー戦、1500メートル──6番人気1着
デイリー杯2歳S、1600メートル──3番人気7着
京王杯2歳S、1400メートル──7番人気1着
朝日杯FS、1600メートル──5番人気1着
デイリー杯2歳Sを惨敗し、京王杯2歳Sを勝ったことで「マイルは長い、やはりスプリンター」と評された。その結果が朝日杯FSの5番人気という、前哨戦勝ち馬の割に低い評価となったように思う。いわば、サクラバクシンオーの呪縛だ。
だが、矢作調教師には確固たる信念があった。
「この馬はマイルのバクシンオー。母父サンデーサイレンスの影響が色濃い」
グランプリボスはこの期待に見事に応えた。呪縛を断ち切った。
4戦3勝。文句なしの成績で2歳を終えた。その内訳は、6、7、5番人気で優勝、3番人気で7着惨敗。見事なまでに、人気通りに走っていない。血統に囚われていた評価に対する強烈な意趣返しだ。
そもそも、人気・オッズはファン、つまり馬券購入者によって作られる。競走馬自身にとっては何の関係もない。ディープインパクトやイクイノックスのように1番人気1着を続ける馬とて、「よし、1番人気だから頑張ろう」と思っているわけではない。ただ走り、結果能力が抜け過ぎていただけだ。
──普通は。
数多いる競走馬の中には、明らかに「何か」を察している馬がいるのである。

■新聞を読んでいた馬たち
まるで自分のオッズを競馬新聞で見てチェックしているかのような戦績。人気通りには走ってやらない。ファンの狙いを見透かして、勝っても負けても大波乱を演出する馬たち。
彼らは、皮肉と大いなる愛憎を込めて「新聞を読む馬」と呼ばれた。
元祖と言えば、多くの競馬エッセイを残した詩人・寺山修司が愛した「稀代の癖馬」、カブトシローだろう。見栄えのしない馬体、御しがたい気性難。好走するときは逃げ切りか、誰も走らない荒れた内埒沿いを一気に追い込んで来る、という極端さ。調教師や騎手でさえ、「ゲートが開くまでわからない」と匙を投げたほどだったという。
8番人気で天皇賞・秋を、4番人気で有馬記念を制した一方、ダイヤモンドSは2番人気12着、目黒記念1番人気8着、宝塚記念2番人気8着と、確かにムラ駆けが目立つ。好調だろうが不調だろうが、走る時は走るし、走らない時は走らない。当時、泣かされたファンは多かったことだろう。
カブトシローと双璧をなす存在として名が挙がるのが、「きまぐれジョージ」ことエリモジョージだ。成績の浮き沈みの激しさは言わずもがな、勝つときはド派手に、負けるときは華々しく、まさに「きまぐれ」の愛称に恥じない走りでファンを魅了した馬である。
特に嵌った時の強さは、天才と言われた福永洋一騎手をして「乗った中で最強」言わしめたほど。
函館記念1.1秒差、京都記念1.3秒差、鳴尾記念1.7秒差、宝塚記念0.6秒差……結果だけ見ると、負ける姿が想像しづらい圧勝劇。しかし、そこはきまぐれ。勝ち馬から2秒以上の差を付けれる惨敗を平気でぶち込んで来る。癖馬、ここに極まれり。結局、真の強さを明かさないまま、ターフを去った。
昭和が終わり、平成の始まりと共にこの系譜を受け継いだのがダイタクヘリオス。35戦のキャリアで、人気と着順が一致したのはわずか2回。それもデビュー間もない頃の話で、基本的には大きく人気を裏切るタイプではなく、常にちょこちょこ人気通りには走らない馬だった。
ポテンシャルは素晴らしいものを持っていた。しかし、それを活かすだけの気性を持ち合わせていなかった。
馬具から舌を出し、口を開けながら飛ばす姿は「笑いながら走る馬」と揶揄されたほどであり、もしかしたらまともに走ったことはほとんどなかったのかもしれない。
それでもマイルCS連覇を含む重賞7勝。シンボリルドルフ、オグリキャップ、メジロマックイーンら錚々たる名馬に続いて、史上4頭目の獲得賞金6億円超えを果たした。
あまりこう評する声は聞かないが、ヒシミラクルもまた「新聞を読んでいた」節がある。裏で同期がダービーを競い合っていたその日、やっと勝ち上ちあがった遅咲きのステイヤー。神戸新聞杯を1.3秒差で惨敗した後、抽選で滑り込んだ菊花賞を10番人気で制する。だが、そこから3戦連続掲示板にも載れず、結局菊花賞はフロックだったと誰もが思わされてしまった。
そして、天皇賞・春。唯一のGI馬として挑んだ当レースで、ヒシミラクルに与えられたのは屈辱の7番人気。しかし、そんな評価を嘲笑うかのようにロングスパートを決めて周囲を黙らせた。
さらに、堂々天皇賞馬として出走した宝塚記念。シンボリクリスエス、ネオユニヴァース、アグネスデジタルら豪華メンバーが揃ったことに加えて、流石に距離が短いと思われたヒシミラクルは6番人気だった。が、大捲りからの追い込みを決めて、三つ目の勲章を手に入れた。
真骨頂はラストランとなった天皇賞・春だろうか。怪我の影響で不振にあえぐ中、復活ならここと思われたヒシミラクルは、自身のGI出走において3番人気と最も支持を集める。積極的に攻めて、往年の捲りも見せた。しかし、見せ場はそこまで。力なく、馬群に沈んでいった。
そして勝ったのは13番人気スズカマンボ、2着が14番人気のビッグゴールドで、天皇賞・春史上の最高配当を記録。勝っても負けても、ヒシミラクルは大波乱だった。
フラッと競馬場に現れて、時代を彩ってきた「新聞を読む」馬たち。その個性はオッズの幻想を軽々と凌駕する。出走するたびに「今日は走るのか?」とファンを振り回し、どちらにせよ裏切り、競走馬の奥深さ、人智を越えた結末をファンの心に刻んでいく。
グランプリボスもまた、この流れの中にいた。オッズからは見えてこない強さや脆さがその「走り」にはあった。そして、キャリアを重ねるうちに、その傾向は加速度を増していくのである。
■驚きは忘れた頃に……
明けて3歳。グランプリボスは最大目標だったNHKマイルCを制覇する。まさに横綱相撲と呼ぶに相応しく、中団待機から勝負所で一気に加速。上がり34.0で後続を封じ込めて、1と1/2差の完勝だった。朝日杯FS→NHKマイルCを連勝した史上初の馬となり、一躍マイル路線の寵児になった。
しかし、結果的にはこのNHKマイルCが唯一、グランプリボスが「人気の数字通りの着順となった」レースとなってしまう。
英国遠征を挟んでガクンと調子を落とし、一年以上勝てない日々が続いた。2012年の安田記念、連敗を続けるグランプリボスは13番人気と過去最低人気に。
しかし、いざレースとなると内枠で上手く壁を作って好位に取りつき、直線でスルスルと抜け出してくる。ゴールまで勝ち馬ストロングリターンと壮絶な叩き合いを演じてみせた。結果は2着だったが、復調の気配を感じさせる走りだった。秋にはスワンSで久しぶりの勝利を手にし(3番人気)、続くマイルCSでも2着(1番人気)と結果を出す。
5歳初戦のマイラーズCも快勝し(5番人気)、やはりマイルでは強いことを証明。ここにきて復調したのは間違いないように思われた。だが、2番人気に推された安田記念では不可解な10着惨敗。レースぶりも悪くなく、大きな不利があったわけでもなかった。
そしてここから再び、グランプリボスの迷走が始まる。
初の1200メートル戦となったスプリンターズSで10着(3番人気)、前年勝ったスワンSでも7着(2番人気)、マイルCSは9着(7番人気)と、清々しいほどに人気を裏切り続けた。
突然に燃え尽きてしまう競走馬は確かにいる。グランプリボスのそのタイプだったのか。調教は悪くないのにレースで結果が出ない。原因が掴めないまま、三度目の安田記念に挑むことになった。
各馬が泥だらけになりながら、最終直線に入ってきた。走るたびに泥と水しぶきが舞う超極悪馬場。逃げていたミッキーアイルの体力が尽き、好位につけていた馬たちが襲い掛かる。比較的馬場の良いところをダノンシャークが抜け出し、同じく香港からの刺客グロリアスデイズが馬体を合わせに行く。だが、やはり馬場が応えているのか、伸びきれない……と、そこに物凄い手応えで一頭の馬が突っ込んできた。緑帽を泥で真っ黒にしたグランプリボスだった。

唸るような伸びで馬群から飛び出し、残り100メートルで先頭に躍り出る。まだ脚は残っている。「勝った」と思われた刹那、やはり真打がやってきた。ドバイ・デューティーフリーを圧勝し、ワールド・ベスト・レースホース・ランキングで130を獲得。世界一の馬となったジャスタウェイである。
道中はぬかるんだ馬場に手こずる場面もあったが、火が灯ると一気に爆発。前を行くグランプリボスをみるみると追い詰め、ハナ差交わして1着でゴール。単勝オッズ1.7倍のジャスタウェイが流石の底力を示したのだった。
一方のグランプリボスは148.4倍の16番人気。オッズだけを見れば伏兵ですらない。調教の動きも冴えず、道悪も不得手。この一年間は馬券どころか掲示板にすら入っていない。好走する要素など、ないに等しかった。しかし、結果は2着と激走した。
後々、矢作調教師も「あれだけは何故走ったのかさっぱり理解できない」と回顧している。
しかし、それがグランプリボスなのだろう。好走における要因もなく、惨敗を分析しても意味がない。「だから」や「だけど」をあれこれ考えてもきっと答えには辿り着けない。
大いなる謎を残したまま、2014年、グランプリボスは競走生活を終えた。
種牡馬となったグランプリボスだったが、当初の期待ほど大きな結果は出せなかった。それでも、突然モズナガレボシという芝の重賞ウィナーを輩出するあたり、何ともグランプリボスらしい。現在は種牡馬を引退し、Yogiboヴェルサイユリゾートファームで余生を送っている。
父系は繋げなかったが、母系にはその名は残る。三代、四代と時が経った先で、唐突にグランプリボスが爆発するかもしれない。もちろん、しないかもしれない。
まあ、そんなことはどこ吹く風。きっとグランプリボスは嗤っているのだろう。

写真:Horse Memorys、かず
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