
馬券をたしなんでいる競馬ファンであれば「初ブリンカーの馬は買う」や「連勝中の馬は負けるまで買う」のような「自分だけのルール」を、少なからず一つや二つ持っていると思います。かく言う私も何個か「自分だけのルール」を持っているのですが、そのうちの一つに「七夕賞はスタミナのある馬を買う」というものがあります。
七夕賞が行われる福島芝2000mは、スタート直後は下り坂で長い直前が続くコース形態のためかペースが上がるためタフさ求められることと、夏の福島開催は梅雨があけるか、あけないかという雨の多い時期に行われるため、仮に当日降っていなくても雨によるダメージを受けた馬場で行われることがその根拠ではないでしょうか。実際、七夕賞の好走馬には2000mより長い距離で活躍している馬が多い──気がしています。
このルールの真偽のほどは置いておいて、「七夕賞を制したスタミナ豊富な馬」と言えば、2019年にこのレースを制したミッキースワローが挙げられると思います。

ミッキースワローは父がトーセンホマレボシ、母がマドレボニータでその父がジャングルポケットと言う血統。父のトーセンホマレボシは2012年の京都新聞杯でダンツシアトルが宝塚記念で記録した2分10秒2というレコードを0コンマ2秒更新する2分10秒で勝利すると、続くダービーではディープブリランテ、フェノーメノに次ぐ3着と好走。未勝利を勝ち上がってからは一貫して2000mを超える距離を使っており、秋の菊花賞に期待が持たれましたが、休養中に屈腱炎を発症しそのまま引退しました。
母のマドレボニータは未出走。その父ジャングルポケットは2001年の日本ダービー馬です。現役時代は長距離GⅠで勝利を挙げることはできませんでしたが、種牡馬入りしてからは2008年の菊花賞を制したオウケンブルースリ、2010年の春の天皇賞を制したオウケンブルースリと3000m以上のGⅠホースを2頭輩出しており、ステイヤー適性の高い種牡馬です。
また、おじには万葉SやドンカスターS(現:ドンカスターC。当時は芝3000mで施行)といった京都長距離のOP特別で好走したフェリシタルがおり、血統表に出てくる馬を追っただけでその確かなスタミナを感じ取ることが出来ます。
そういった血統背景もあったからか、ミッキースワローはデビューから2000m以上のレースを中心に使われ、順調に勝ち上がっていくと、6戦目となったセントライト記念ではその年の皐月賞を勝ったアルアインを差し切って重賞初制覇を飾りました。
これを機に更なる飛躍が期待されましたが、ここからしばらくは重賞で2着2回と惜しい競馬を見せつつも、勝利にはあと一歩届かないもどかしいレースが続いていく形に。中間、アーモンドアイが世界レコードで勝利したジャパンCで5着に入るなど随所で力のある所は見せますが、セントライト記念から2年近く勝利から遠ざかっていきます。そんな時期に迎えたのが七夕賞でした。
ゲートが開くとまずは高速での逃げ脚が持ち味のマルターズアポジーが好スタートから先手を取り、2コーナー入り口では2番手のタニノフランケルに2馬身半ほどの差をつけて軽快に飛ばしていきました。1000m通過タイムは58秒0。この馬場の2000m戦でこの時計は、ややオーバーペース気味と言えると思います。
一方、ミッキースワローは縦長になった馬群の後方を追走、鞍上の菊沢一樹騎手は馬場の良い外を選んでいるように見えました。3コーナーで逃げるマルターズアポジーの手応えに陰りが見え始めると、後続が一気に差を詰めてきます。その中でも特に目を見張る手応えだったのがミッキースワロー。1番人気のロシュフォールを筆頭に、瞬発力自慢の各馬が力のいる馬場でその切れ味を思うように発揮できない中、ミッキースワローは自身のパワーとタフさで荒れ馬場をものともせずに順位を上げていきました。

自慢のそのパワーにあふれた末脚は、3コーナーに入る時点で5馬身以上あった先頭との差を、大外を回っているにも関わらず一完歩ごとにみるみる詰めていき、4コーナーの出口ではミッキースワローと菊沢一樹を馬群の先頭まで押し上げていました。そうなると後は独壇場。最後は直線勝負に賭けていたクレッシェンドラヴの追撃を振り切り、復活の重賞2勝目を飾りました。
当時デビュー4年目だった菊沢一樹騎手はこのレースが重賞初勝利。デビュー当時は菊沢騎手がミッキースワローの手綱をとっていましたが、2017年同じ福島、同じ7月に行われたいわき特別で3着に敗れてからは横山典弘騎手に乗り替わり、それ以降はこの七夕賞までずっと典弘騎手が手綱をとってきました。菊沢騎手にとって、ミッキースワローへのレースでの騎乗はそのいわき特別以来。1年に1度しか会えない織姫と彦星より長い2年ぶりの再会は、見事なハッピーエンドを迎えたのです。
さて、実はこのレース1着から3着に入った馬にはある共通点があります。
それは「2000mを超える距離での実績があった」ということ。
勝ったミッキースワローは、先述の通り2200mのセントライト記念を勝利していますし、2着のクレッシェンドラヴは下級条件で重馬場の函館芝2600mを制しています。3着のロードヴァンドールはこの年、3000mの阪神大賞典で3着に好走しています。つまり、当時の七夕賞はハイペースと荒れ馬場が重なって、特にスタミナとパワーが問われるレースだったと言えるのではないでしょうか。
その後のミッキースワローは、自慢のスタミナにさらに磨きをかけて翌年の日経賞を勝利し、春の天皇賞ではフィエールマンの3着と好走。パワーとスタミナに優れた、時代を彩った個性派でした。

写真:横山チリ子
