
馬券を検討している時に前走から騎手が乗り替わり、しかもそれが初めての騎乗のいわゆる「テン乗り」だったらどう考えるだろうか。
手が合うかわからないから見送るか、新たな面を見せられるから買うか。
では、騎手自身にテン乗りに対して得手不得手の意識と言うのはあるのだろうか。
「指示されるよりも自分の感覚で乗れるテン乗りは好き。先入観持っちゃうよりも、出た時にこんな感じならこうしようと乗った方がいい」
金沢競馬の松戸政也騎手は言う。
松戸騎手と言えば、人気薄でも思い切った騎乗を見せる印象がある。さらにテン乗りでもアッと言わせることも多く、あのハクサンアマゾネスに単勝127.3倍のマリンデュンデュンで勝った中日杯もテン乗りだった。
事前の情報よりも、初めて跨った際の感覚で乗り方を決める。
特に前走まであまり好走できていないような成績の馬だったら、その感覚はさらに研ぎ澄まされる。
「(前走までが好成績な馬だと)安全な乗り方をしちゃって、あんまり得意じゃないかな。攻める方が好きだから」
そんなテン乗りが得意な松戸騎手の手綱で運命が開いた馬が中央にいる。2勝クラスの5歳牝馬、ホウオウシンデレラだ。
今から2年前の夏、彼女が3歳で未勝利だった時に松戸騎手がテン乗りで初めて手綱を握ったが、そのテン乗りにはちょっとした運命のいたずらが起きていた。

2024年8月20日、金沢競馬場。
この日、金沢競馬の馬と中央の3歳未勝利馬との交流競走「加賀山代賞」(1500m)が行われた。
中央での3歳未勝利戦が減り、勝ち上がりの機会が狭まる夏の終わり。何としてでも勝利が欲しい中央3歳未勝利馬6頭(8頭立て)が集まっていた。
その中央馬の背には前走から継続騎乗の中央の騎手が跨る馬もいるが、単勝1.5倍の1番人気フォンローザには名手・吉原寛人騎手、2番人気のホウオウシンデレラには前年金沢リーディング1位の栗原大河騎手、さらに4番人気キュールエカシスにはこの年金沢リーディング1位となる中島龍也騎手が騎乗。地元の名手を鞍上に据え、どの馬もまさに必勝態勢でこのレースを迎えていた。
しかし、レース前にアクシデントが起きる。
ホウオウシンデレラに騎乗予定だった栗原大河騎手が1レースから騎乗できなくなったのだ。
負けられない一戦で2番人気に推される彼女。その手綱が松戸騎手の手に回ってきた。
この年、松戸騎手は大きく成績を伸ばして最終的には金沢リーディング6位となるが、前年は8位。
そんな松戸騎手に彼女の手綱が回ってきたのは、テン乗りに定評があったからではなく、とある縁があったからだった。
「JRAへ研修に行った時に国枝(栄)厩舎のお手伝いに入って。その時の調教助手がホウオウシンデレラの奥村武調教師だったので『松戸君でいいか』って感じで回ってきた」
ホウオウシンデレラを管理する奥村武調教師との縁で手綱が回ってきた、と松戸騎手は言うが、『松戸君でいいか』と思われるほどにその腕も買われていたのは確かだろう。
果たして松戸騎手はホウオウシンデレラに跨ることになった。
「ホウオウシンデレラは完全なテン乗り。どんな馬かもわからない」
当日の騎乗変更なので事前に調べた情報もない。パドックで初めて見て、厩務員から少し話を聞く程度の情報しかない、松戸騎手の言うまさに完全なるテン乗り状態だった。
そんなホウオウシンデレラに松戸騎手は自分の感覚で乗り、負けられない一戦に臨んだ。
ゲートが開くと5番人気パシュミナが逃げて、3番人気ルージュロンドが追走、1番人気フォンローザが続いて縦長の隊列を組み、ホウオウシンデレラはそこから2~3馬身離れた4番手。
中央でも先行する競馬をしていた彼女だったが、今回は前3頭を行かせて脚を溜める作戦をとる。
1~5番人気の中央馬が先団の隊列を形成する縦長展開。最初のスタンド前も2度目の向こう正面でも隊列に変化はなく、どこで誰が仕掛けるか。息詰まる展開が続く。
向こう正面の出口でホウオウシンデレラが動き、進出を開始。3番手との差が縮まっていくと前3頭も動き出す。4コーナーに入ったその時、逃げていたパシュミナが中継の画面から消えるほどに大きく外に逸走。
内を立ち回っていたホウオウシンデレラがその間に松戸騎手の鞭に応えてフォンローザ、ルージュロンドを交わして先頭に立つと、最後の直線で差を広げていく。
セーフティリードかと思いきや、逸走したパシュミナが猛然と追い込んできてホウオウシンデレラに迫る。
だがホウオウシンデレラがパシュミナの上がりよりも1.5秒も速い上がり3ハロン37.3秒の最速の末脚を繰り出し、そのまま4馬身突き放して圧勝。2着のパシュミナには確かに逸走の影響もあったとはいえ、テン乗りの松戸騎手が彼女を完勝という結果に導いた。

「レースはなるようにしかならないし、出てみないとわからない」
松戸騎手が語る言葉を体現したようなホウオウシンデレラの初勝利劇だった。
金沢で初勝利を飾ったホウオウシンデレラはその後、中央の1勝クラスのダート戦を主戦場にするも、掲示板がやっとと苦戦が続く。
しかし、翌年盛岡競馬場の芝で2勝目を挙げると主戦場を芝にして2勝クラスを転戦。そして今年、10月の休み明け初戦は9着だったが、それ以前の5戦が③③②④⑤と本格化を迎えつつある。
あの加賀山代賞を走った中央馬6頭の中で、ホウオウシンデレラ以外の5頭はこれが中央所属最後のレースとなり、26年10月現在でホウオウシンデレラ以外の現役馬は、加賀山代賞後に園田へ移籍した5着のキュールエカシスのみとなっている。
もし、あのレースでホウオウシンデレラが勝ち切れていなかったら、5歳まで中央にいることなどできなかったかもしれない。
シンデレラを運命の扉にいざなう王子様として松戸騎手が現れた、と言うのは言い過ぎだろうか。
「成績は(馬と)一緒に頑張っていればついてくる」
成績が芳しくない、崖っぷちに追い込まれている、様々な馬の手綱を突然任せられても、大好きな馬と一緒に駆ける松戸騎手。
彼に初めて託された馬の走りに注目してみるのも、金沢競馬の楽しみの一つなのかもしれない。

