
「横綱相撲」という言葉がある。
文字通りに考えれば、横綱が取る相撲のことなのだろう。しかし実際には、横綱が勝った取組を何でも横綱相撲と呼ぶわけではないし、反対に横綱ではない力士の勝ち方をそう表現することもある。
相手の出方に必要以上に左右されず、堂々と自分の形に持ち込み、最後は力でねじ伏せる。そんな勝ち方に対して、「横綱相撲」という言葉は使われる。
そしてこの表現は、相撲の世界だけに収まっていない。野球でも、サッカーでも、格闘技でも、そして競馬でも使われる。
では、競馬における「横綱相撲」とは、どんな競馬なのだろう。
そんなことを考えていると、一人の力士を思い出した。
出島が横綱を倒した1999年
1999年、中学生だった筆者は特別相撲に詳しかったわけではないものの、夕方のお茶の間のテレビでは当たり前のように相撲が流れていたのを観ていたので、割と詳しいほうだったと思う。ちなみにこの年の秋から筆者は本格的に競馬を見始める。
99年の名古屋場所。西関脇だった出島は13勝2敗で優勝決定戦に進み、横綱・曙を押し出して初優勝を果たした。
場所前から大関取りの中心として扱われていたわけではない。当時は貴乃花、若乃花、曙、武蔵丸の4横綱が並び、大関候補としてより注目されていたのは魁皇だった。
それでも、本場所が始まると勢力図は大きく変わった。
7日目に曙、9日目には貴乃花を破り、千秋楽の優勝決定戦でも再び曙を撃破。殊勲賞、敢闘賞、技能賞の三賞を独占し、場所後には大関へ昇進した。
まだ横綱ではなかった。けれど、横綱を相手に逃げず、自分の押し相撲で正面から勝ち切る姿は、その先のさらに高い地位を想像させるには十分だった。
実際に「出る出る出島」と呼ばれたその出足は、貴乃花が「あの出足は横綱だよ」という賛辞を残している。
まだ大関ですらなかったが、あの勝ち方を見ればその先を期待したくなる。
それから22年後、競馬の世界でも同じようなことが起きた。
コロナ禍だった2021年10月3日、静寂の中山競馬場。主役は3歳馬のピクシーナイトだった。

スプリンターとしては未完成だった
ピクシーナイトは、最初から短距離馬として期待された馬ではなかったと思われる。実際筆者も当時の予想印をアプリで見返してみると、☆マークはつけていたようだが正直記憶にない(本命◎はダノンスマッシュだったようなので、外したのだろう)。というのがこのレースにおけるピクシーナイトへの記憶だ。
父モーリス、母の父キングヘイロー。2歳秋にデビューし、3歳1月のシンザン記念では逃げ切って重賞初制覇を果たした。ここまでは確実にマイラーとしての資質を期待されていただろうし、この年の秋にスプリント王になると思った人は果たしていたのだろうか。そのままマイル路線を歩み、春はアーリントンC4着、NHKマイルC12着。成績が振るわなかったことから、陣営は距離を短縮する。
1200mに転じたCBC賞ではファストフォースに敗れ2着。続くセントウルSではレシステンシアに敗れての2着だった。
スプリンターとしての資質は十分に示していたものの、21年のスプリンターズSを迎えた時点で、ピクシーナイトは1200m戦を一度も勝っていなかった。しかも相手は古馬の一線級である。
前年の香港スプリントと同年春の高松宮記念を制し、まさに短距離界の”横綱”として立ちはだかっていたダノンスマッシュ。阪神ジュベナイルフィリーズ勝ち馬で、前哨戦のセントウルSも制していた女傑レシステンシア。前年の高松宮記念を制したモズスーパーフレアもいた。
そうした実績馬を相手に、ピクシーナイトは3番人気。
期待されていたことは間違いないが、少なくとも「完成した王者が迎え撃つレース」ではない。古馬のトップスプリンターたちに、成長途上の3歳馬がどこまで通用するのか。それがレース前の自然な見方だったと思う。
ところが、その競馬ぶりは挑戦者らしいものではなかった。
「横綱相撲」の競馬
スタートすると、快速モズスーパーフレアがハナに立ち、ビアンフェが続いた。ピクシーナイトはその後ろ、内ラチ沿いの3番手付近を進む。
前半600mは33秒3。
外にはレシステンシア、そのさらに外にはダノンスマッシュがいる。GⅠ馬たちを近くに見ながら、ピクシーナイトは好位で流れに乗った。
4コーナーから直線へ向くと、前を走る2頭の間にできたスペースを進み、残り200m付近で先頭へ。そのまま後続を突き放し、2着レシステンシアに2馬身差をつけた。
勝ち時計は1分7秒1。まったく危なげのない勝ちっぷりだった。

このレースが印象的だったのは、単に着差が大きかったからではない。
後方で展開が向くのを待ったわけではなく、逃げ馬を前に置いた好位からレースを進め、直線では自分から前を捕まえに行った。古馬の有力馬たちも同じ勝負圏にいたが、最後はその集団から明確に抜け出した。
3歳馬が古馬に挑んで、斤量を活かして逃げたわけでも、展開に賭けて追い込んだわけでもない、何とか一発を決めたという競馬ではなかった。
レース後、福永祐一騎手はその勝ち方をこう表現している。
「早くから能力を感じていて、最終的にはGⅠで勝てる馬だとは思っていましたが、こんなに早く、横綱相撲ができるようになるとは思っていなかった。こちらの期待以上です。」
ここで出てきたのが、「横綱相撲」という言葉だった。
なぜ「横綱相撲」だったのか
競馬で横綱相撲と呼ばれる勝ち方を考えると、単なる圧勝とは少し違うように思う。
たとえば後方から大外を一気に追い込み、何馬身もちぎる競馬はもちろん強い。しかし、それを必ず横綱相撲と呼ぶわけではない。
好位を取る。前を射程に入れる。有力馬も同じ位置にいる。それでも自分のタイミングで前を捕まえ、そのまま押し切る。
2021年のピクシーナイトは、まさにそういう競馬をした。
福永祐一騎手は勝利後インタビューで「この先短距離界を引っ張っていく馬となるでしょうし、国内のみならず、いろんな選択肢がある馬だと思います」とも語った。
まだ3歳だった。
スプリント路線へ本格的に転じてから日も浅く、1200mではこの日が初勝利。それでも古馬のGⅠ馬たちを相手に、これだけ堂々と勝った。そうなれば、翌年以降を考えたくなる。
国内のスプリントGⅠを何勝するのか。香港をはじめとした海外でも通用するのか。4歳、5歳と成長した時に、いったいどこまで強くなるのか。
あの勝ち方を見れば、「これで終わり」と考える方が難しかった。

勢いのままに香港へ
その次走に選ばれたのは、香港スプリントだった。
国内のスプリント王決定戦を制した3歳馬が、その勢いのまま海外へ向かう。スプリンターズステークス後の流れを考えれば、ごく自然な挑戦だった。
しかし2021年12月12日、沙田競馬場で行われた香港スプリントでは、多重落馬事故が発生する。
ピクシーナイトも事故に巻き込まれ、競走を中止した。
診断されたのは左前脚の橈側手根骨剥離骨折。その後帰国し、手術を受けて長期休養に入ることになった。
スプリンターズステークスから約2カ月。
「この先の短距離界を引っ張っていく」と言われた3歳馬は、次のレースで競走生活そのものを左右する大きな事故に遭った。
もちろん、競走馬に怪我はつきものである。予定したローテーションを走り続けられること自体が簡単ではない。
それでも、21年10月3日のレースを見た直後に、あれがピクシーナイト最後の勝利になると考えた人は、ほとんどいなかったのではないだろうか。
少なくとも、あの「横綱相撲」はそう思わせるものではなかった。
1年3カ月ぶりの復帰
ピクシーナイトは長い休養を経て、23年の高松宮記念で復帰した。
約1年3カ月ぶりの実戦だった。
結果は13着。その後も京王杯スプリングC、セントウルS、スプリンターズS、阪神Cに出走したが、再び先頭でゴールすることはできなかった。
2023年12月23日の阪神C15着が最後のレースとなり、その後現役を引退した。
通算14戦3勝。重賞2勝。
GⅠタイトルは、21年のスプリンターズSだけだった。

結局、GⅠ勝ちはあの一度だけだった。
ただ、あの日を知る人にとって、ピクシーナイトを単純に「GⅠを一度勝った馬」と整理するのは少し難しい。
一度しか勝てなかったというより、あの一度の勝ち方が、その後も何度も勝つ馬のように見えたからだ。
99年の名古屋場所で初優勝した出島も、その後幕内最高優勝を重ねることはなかった。
出島も、優勝は一度だった
場所後に大関へ昇進し、12場所にわたってその地位を務めた。大関として10勝前後を挙げる場所もあり、初優勝の直後から急激に力を失ったわけではない。
しかし01年には蜂窩織炎という重い病気に見舞われた。本人の後年の証言によれば、一時は42℃を超える高熱が続くほど深刻な状態だったという。大関から陥落した後も長く現役を続けたが、その後も怪我に苦しみ、横綱には届かなかった。
もちろん、出島とピクシーナイトの競技人生をそのまま重ねることはできない。
出島は初優勝から約2年間、大関として第一線で戦っている。一方のピクシーナイトは、GⅠ初制覇の次走で事故に遭い、1年以上競馬から離れた。
ただ、一つだけよく似ているところがある。
初めて最高峰のタイトルを取った時の勝ち方が、その一度だけで終わるようには見えなかったことだ。
出島は横綱・曙を優勝決定戦で押し出した。
ピクシーナイトは古馬のGⅠ馬たちを相手に好位から抜け出し、2馬身差で完勝した。
どちらも、その勝利を見た瞬間には「これが最初で最後になる」と考えるより、「ここから何度勝つのだろう」と考える方が自然だった。
だからこそ、後になってその一勝の重さが変わってくる。
「横綱相撲」が残したもの
競走馬を振り返る時、どうしても数字は重要になる。
GⅠを何勝したのか。重賞をいくつ勝ったのか。どんなタイトルを残したのか。
そうした実績を積み重ねた馬が名馬として語り継がれるのは当然だと思う。
一方で、積み重ねとは違う形で強く記憶に残る馬もいる。
ピクシーナイトの場合、その中心にあるのは2021年のスプリンターズSだろう。
まだ3歳。1200mでの勝利経験もなかった馬が、古馬の一線級を相手に好位から堂々と抜け出し、2馬身差をつけた。
勝ち時計は1分7秒1。
福永祐一騎手が「横綱相撲」と表現したそのレースを見て、多くの人がピクシーナイトの未来まで想像した。それでも、思い描いたような未来にはならなかった。
しかし、その後の成績を知っているからといって、2021年10月3日に見せた強さまで小さく考える必要はない。
ピクシーナイトが横綱だったことはない。
それでもあの日、中山競馬場で見せた1分7秒1は、確かに「横綱相撲」と呼びたくなる競馬だった。

写真:@pfmpspsm、s1nihs
![[新馬戦回顧]メイクデビューの勝者達(2026/09/21)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/09/2026092405-300x200.jpg)
