![[連載・片目のサラブレッド福ちゃんのPERFECT DAYS]最高のチーム(シーズン2-36)](https://uma-furi.com/wp-content/uploads/2026/09/S__383328266_0.jpg)
志村さんからの提案で、川崎の焼き鳥屋にて、長友調教師を交えた3人で、ドコフクカゼの育成についての打ち合わせをすることにしました。福ちゃんが小向トレセンに入厩したときに顔を合わせて以来になりますが、こうして厩舎の外でゆっくり話す機会は大切です。お互いにLINEでこまめにやり取りはしていたものの、同じ釜の飯を食べるからこそ話をすり合わせるというか、感覚や想いを共有することもできるのです。何よりもこうして調教師と乗り役、そして馬主が一緒になり、時と場所を同じくして1頭の馬の未来を語るなんてことは、今の時代珍しいのです。
予定よりも早めに川崎に到着したと思っていると、「3階にいます」と志村さんからLINEが入りました。早めに入ったのかと思って、過去のタイムラインを見返してみると、17時30分集合となっています。どれだけ早くても18時スタートの会食しか経験がなかったので、慌てて焼き鳥屋に駆け付けると、もうすでにふたりは席に着いていました。「遅れてすみません」と言いつつも、競馬関係者の夜は一般人よりも少し早いのだなと妙なことに感心し、お酒の飲めない僕はジンジャーエールを頼みました。ふたりは仲良くレモンサワーのソーダ割(おかわりし放題)を飲んでいます。
乾杯をして、ドコフクカゼの近況報告から思い描く未来まで、それぞれの想いを共有しました。福ちゃんを間近で扱ってみた人と実際に乗ってみた人から、生々しい声を聞くのはこれが初めて。エクワインレーシングからは毎月レポートをもらっていましたし、八木さんからも話を聞くことはありましたが、そこにはやはり建前やビジネストークがあって当然です。言わなくて良いことは言わなかったでしょうし、言うべきではないこともあったはずです。
長友調教師と志村さんはレースという舞台において結果が出てしまう立場ですから、良いことも悪いことも、包み隠さず教えてくれます。競走馬を管理していると、疝痛になったとか、脚を痛がっているなど、むしろ悪いことの方が多いはずですが、それをきちんと報告してくれるのは馬主としてはありがたい限り。良い報告は、調教師も馬主に喜んでするのでしょうが、悪い報告はしにくいですし、あまりに重なるとなかったことにしたくなるのも人情でしょう。それでも後から知るよりも、その都度、教えてくれた方が良いのではないでしょうか。
馬体重の話にもなりました。僕は拙著「パドックの教科書」にも書いているように、馬体重は調子のバロメーターのひとつだと考えています。個体差こそあれ、牝馬は夏に向けて、牡馬は冬に向けて馬体重を増やすように、競走馬は調子が上がってくると自然と馬体重も増えてきます。もちろん、馬体が成長すれば馬体重は増えますし、精神面が安定してくれば飼い葉を良く食べるので馬体重は増加します。
糞尿をしたら馬体重なんか大きく変わるのでアテにならない、という人もいるかもしれませんが、適切なタイミングで計測されたものであれば、馬体重は調子を測る指標になることは間違いないのです。見た目や感覚も大事ですが、数字として把握できる馬体重を使わない手はありません。僕のような馬主はどうしても普段の様子を見られないわけですから、馬体重が大きな判断材料のひとつになります。
僕としては、ギリギリの状態でレースに出走するのではなく、その時点での心身ともに充実した状態で出走してもらいたいと考えています。レースに合わせるというより、馬の状態に合わせて出走するということ。少なくとも、ドコフクカゼがレースで走ることに慣れるまでは、馬の調子に合わせていくべきだと思います。そうしないと、馬がレースの消耗に耐えられずに走ることが嫌になってしまったり、肉体的にダメージを受けて成長を阻害してしまったりするからです。
地方競馬は特に2歳戦の賞金が高いので、(生涯獲得賞金という観点で考えると)どうしてもイケイケドンドンで使いたくなるのですが、その馬の競走人生の幸せを考えたとき、ゆっくりと使い出して、健康な状態で長く走り続けることが理想だと思います。特にドコフクカゼは、母ダートムーアがそうであったように、3歳の夏ぐらいになってようやく血統の良さが現れてくるタイプですから、そこまでは慌てることなくじっくり育てていくべきです。
そんな話をしていると、志村さんが「僕は474キロでデビューさせたいですね」と言いました。僕も470~480キロぐらいでデビューさせたいと思っていたので、全く同じイメージを抱いてくれて嬉しく思ったのと同時に、僕よりもさらに細かく設定していて驚きました。「何ですか、その474キロって?」と突っ込むと、「乗り役は馬に跨っていて、今この馬は476キロだからこういう調教をして、あと2キロ絞りたいなと考えて調教するのですよ」と返してきて、さらに驚かされました。
「へぇ~、跨るだけでその馬の馬体重が分かるようになるのですね」と素人のような感想をつい漏らしてしまいます。長友調教師は微笑みながら聞いてくれて、「僕も馬体重にはこだわりがあります」と言ってくれました。だからドコフクカゼの馬体重も日々把握されているのですね。「長友厩舎の馬をパドックで見ると、健康な馬が多いですよね」と僕が言うと、「ありがとうございます」と長友調教師。これはお世辞ではなく、牡馬牝馬問わず、ギリギリに仕上げてピリピリした状態ではなく、肉体的にはほんの少し余裕を持たせて仕上げ、精神的には活気がある状態のことを僕は言っているのです。目の前のレースを勝つことだけを考えると、前者の仕上げの方が良い場合がありますが、この後もレースは続いていくので、競走馬の心身の健康を考えた場合、わずかに余裕残しで走る方が良いと僕は思います。
よくパドックの解説で「うっすらとアバラが浮いた、ギリギリの仕上げ」という言葉を耳にするが、私に言わせれば、やりすぎである。仮にそれでいつもより少しばかり速く走れたとしても(私は速く走れるとは思わないが)、そういう体で目一杯のレースをしたら、馬はそのあと、どうなるのか。そんな競走生活を、二年三年と続けさせられる馬は、はたしてハッピーだろうか。レースのときさえ速く走れれば、そのあとはどんな状態になってもよいという考え方には賛成できない。
(中略)
たしかにレースに出走する馬は、体が出来上がっていなければならないが、痩せていてはダメである。レースで勝ち続けるには、力強い馬体に、元気が満ちていなければならない。
(「競走馬私論」藤沢和雄 第2章「馬は痩せていてはいけない」より)
僕よりもひと回り若い長友調教師が、藤沢和雄元調教師の書を読んでいるとは思いませんが、彼の管理馬がパドックで歩いている姿を見て、同じことを実践しているのではと感じるのです。この3人がチームとなったとき、繊細な福ちゃんを何キロの馬体重でデビュー戦に出走させられるのか楽しみですね。その前に能力試験には何キロで出せるでしょうか。6月19日の能力試験に臨んでいたら、おそらく460キロ台だったでしょう。それを見送って7月の頭にしたことで、470キロ台まで回復させられるのではないでしょうか。
これは単に馬体の回復だけを意味しているのではなく、新しい環境に慣れることやレースで走るためのトレーニングの負荷に耐えられることを含めて、心身共に470キロ台になるまで回復するのを待つということです。そして、能力試験を走ると、往復の輸送や初めての環境(パドックや競馬場)で速く走らされることの負荷により、また馬体重は減ります。そこからデビュー戦までに回復をさせて、レース当日は何とか474キロまで持ってこられるのではないでしょうか。あくまでも馬体重ではありますが、それは目標となり、答え合わせにもなるのです。
エクワインレーシングの話にもなりました。長友調教師も志村さんも口を揃えて、「エクワインレーシングは丁寧にやってくれた」と言うのです。「馬を受け取った側も分かるのですね?」と聞くと、「そうです」とのこと。具体的には、ドコフクカゼの口向き(操作性)がとても良く作られていることやゲートで大人しくできることなど、育成の段階で丁寧に手をかけられていたことが伝わるそうです。美容師さんが前の美容師のカットの上手さや丁寧さが分かるのと同じように、バトンを受け取った側は、これまでどのように育てられてきたかが分かるということです。それを聞いて、改めてエクワインレーシングにして良かったと思いました。育成において、無理やりに動かされて口向きが硬くなってしまったり、酷い扱いを受けたりすると人間不信になり、やたら反抗的になったりすることもあります。ドコフクカゼにはそういう面がないそうです。
ゲートの中で大人しいだけではなく、ゲートが開いてから自ら出るようになってきたようです。「学習能力が高い」ということで意見が一致していました。ただ、ゲートを出ると右側に進んで行ってしまう癖があるようで、このままだと右側の馬たちをなぎ倒してしまうので、矯正する必要があります。おそらく見える方の右側に寄って行ってしまうのではないかとのこと。そんな話を聞くと、やはり福ちゃんは左側が見えていなくて、普通の馬にはない障害があるのかなあと思い知るのです。
それから、「我が強い」という話も出ました。入厩当初、馬場に入るのを頑として嫌がったり、右側が壁に近い状態でつながれると壁を蹴ったりして、意思表示をするそうです。「そういえば、スイープトウショウ(秋華賞、エリザベス女王杯、宝塚記念制覇)は馬場入りを拒否して、30分間も微動だにしなかったそうですね」というエピソードを紹介すると、「そっかあ、意思が強いということですね」と返ってきました。姉ルリモハリモもそうでしたが、この牝系特有の意思の強さやプライドの高さが良い方向に向けば名馬になりますし、そうでなければ走らない方に向かってしまうのでしょう。ある意味、難しいタイプなのかもしれません。
2時間ほど話し続けたあと、志村さんが「もう一軒行きませんか?」と誘ってくれて、近くの会員制のスナックにはしごすることになりました。そのお店のママと志村さんは腐れ縁とのこと。入ると僕たち以外はお客さんがおらず、貸し切り状態。マスターは競馬が好きで、僕たちのコアなトークに入って相槌を打ってくれます。僕はお酒が飲めないので、ひとりでスナックやバーに行くことはありませんし、自ら誘ってはしご酒することもありません。そもそも、女性を間に挟んで他愛ない話をして何が楽しいの?と思ってしまう、酔えない(食えない)人間です。それでも、せっかく志村さんが誘ってくれたのですから、物は試しということでお付き合いしました。
マスターからのお題で好きな馬の話になりました。僕は「ブラックホークとかヒシアマゾンが好きでしたね」と答えると、長友調教師は「マーベラスサンデーが好きでした」と語ります。ずいぶん渋いところを出してきたと思いつつ、「ラストランとなった有馬記念は凄かったですよね。あのエアグルーヴをまくり切ったと思いきや、シルクジャスティスが抜けてきて」と言うと、「武豊騎手が乗ってカッコ良かったです」と返ってきて、お互いに思い出に浸りました。
酔っ払い始めた志村さんが、急に長友調教師の昔の写真を見せてくれました。一緒に野球を見に行った時の写真のようです。そこには20年前の少しとっぽい(死語ですね…)長友先生が映っていました。その表情を見て、競馬村の厳しい社会に放り込まれて、調教師や先輩に理不尽なことを言われてもグッと我慢して、下積みの厩務員生活を送ってきたのだなと感じました。自分の若かりし頃も少し思い出し、胸がギュッと締め付けられるような気がしました。もちろん志村さんも同じです。オーストラリアの競馬学校に行き、海外でジョッキーになり、日本に戻ってきてからは厩務員兼調教助手として川崎→岩手→川崎と渡り歩きました。どれだけ苦しい境遇でも決してあきらめなかったからこそ、僕たちはここにいるのです。
間に入ってくれたママが、「ロバに似ている」と馴染みの長友先生のことを少しからかいました。たしかに言われてみると似ています。本人は亀梨和也に似ていると自称しますが、どちらかというとロバ寄りです(笑) 女性はロバを画像検索して、「あだ名はドンキーにしよう」と映画「シュレック」のドンキーの画像を見せながら提案しました。僕も乗っかって、「長友厩舎のロゴはドンキーにしたらいいのに」と提案すると、「せっかくカッコいいロゴにしたのにやめてください。ダービースタリオン96の箱みたいな感じになってしまいますよ」と突っ込んでくれます。僕もその箱のイメージがすぐに浮かんできて笑いが止まらなくなりました。これからの時代、愛嬌のある調教師の方が受けるんじゃないかなと本気で思います。
最後は志村さんが完全に酔っぱらってしまったので、お開きにしました。お会計がいくらかかったのかは皆さんの想像にお任せします。それでも、2軒目について来て良かったと思えました。1軒目の焼き鳥屋はキックオフミーティングとしては最適でしたが、2軒目のスナックでは長友先生の素敵な人柄を知ることができました。酔っ払いの志村さんと素面の僕、そしてその中間にバランスの良い長友先生という最高のチームを感じられたのです。これが世の男性が2軒目のスナックやバーに通う理由なのですね。
(次回へ続く→)

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