[毎日王冠]サリオス、シュネルマイスター、シックスペンス。キャリア5戦以下で毎日王冠を制した馬たち

1着馬に天皇賞(秋)の優先出走権が与えられる毎日王冠は、近年3歳馬の活躍が目立っている。特に、直近10年は5勝と好成績で、2019年から24年まで出走機会5連勝を達成(22年は不出走)した。

そして、26年も皐月賞2、3着馬のリアライズシリウスとライヒスアドラーに加え、朝日杯フューチュリティSとNHKマイルCで3着に好走したアドマイヤクワッズがスタンバイ。いずれ劣らぬ素質馬で、上位独占も十分に考えられる。

かつて、秋を迎えた3歳馬は菊花賞に向かうことが既定路線だった。そのため、毎日王冠に出走する3歳馬は少なく、88年オグリキャップから10年アリゼオまで、3歳馬による勝利は22年間も実現しなかった。ただ、時代の流れとともにローテーションも変化。天皇賞(秋)に向かう3歳馬も珍しくなくなった。

また、毎日王冠で好走した3歳馬を詳しく見てみると、キャリア5戦以下の馬が好成績を収めていた。「府中の千八、展開いらず」という格言どおり、昔から東京・芝1800mは実力どおりの結果になりやすいコースとされ、たとえキャリアの少ない3歳馬でも素質が経験の差をカバーし、古馬の壁をクリアしてきた。

今回は、キャリア5戦以下で毎日王冠を勝利した3歳馬を振り返りたい。

■2020、22年 サリオス

ハーツクライ産駒で、デビュー時から530キロを超える雄大な馬体が特徴だったサリオスは、半姉に有馬記念とエリザベス女王杯で2着に好走したサラキア、半妹に阪神牝馬Sを制したサフィラなど、きょうだいに多数のオープン馬がいる良血。美浦・堀宣行厩舎からデビューを果たした。

初戦は6月東京・芝1600mの新馬戦で、2着に2馬身差をつけて完勝すると、4ヶ月の休養をはさんで出走したサウジアラビアロイヤルCは、2歳コースレコードを更新し重賞初制覇。さらに、年末の朝日杯フューチュリティSも制してデビュー3連勝とし、そこから直行で皐月賞へと駒を進めた。

ところが、この世代にはもう一頭、素晴らしい実力を持つ牡馬がいた。コントレイルである。

そのコントレイルと一騎打ちになった皐月賞で1/2馬身差2着と惜敗を喫したサリオスは、続くダービーで3馬身差の完敗。その後、夏場は休養に充てられ、秋初戦に選ばれたのが毎日王冠だった。

このレースで単勝オッズ1.3倍と断然の1番人気に支持されたサリオスは、初めてコンビを組むC.ルメール騎手とともに五分以上のスタートを決めると先行。難なく好位4番手を確保した。

一方、前はトーラスジェミニがハナを切り、1000m通過は58.0秒とよどみない流れ。11頭立てでありながら最後方までは30馬身近い差となり、4コーナーでその隊列が20馬身ほどに縮まるなか、レースは直線を迎えた。

直線に入ると、逃げるトーラスジェミニと2番手につけていたコントラチェックをダイワキャグニーがまとめて交わそうとした。しかし、それも束の間。外から末脚を伸ばしたサリオスがこれらをまとめて交わしさり、そこから後続との差を徐々に開きはじめた。

焦点は2着争いとなり、粘るダイワキャグニーにサンレイポケット、カデナ、ザダルの3頭が迫るも、この争いを尻目にサリオスは悠々と先頭ゴールイン。朝日杯フューチュリティS以来10か月ぶりの勝利は、古馬との経験差をまるで感じさせない文句なしの完勝だった。

サリオスはその後、マイルCS、翌年の大阪杯、安田記念、マイルCSと、4戦していずれも5着以下に敗戦。デビューから6戦連続で連対していた毎日王冠までとは一転、スランプに陥ったかに思われた。

それでも、香港マイル3着で復調のきっかけを掴むと、初めて1200m戦に出走した高松宮記念こそ15着に敗れるも、安田記念は3着と好走。さらに、秋初戦の毎日王冠をコースレコードで制し、2年ぶりの復活勝利を手にした。

そして、続くマイルCSで14着に敗れたあと、ラストランになるはずだった香港マイルは左前肢跛行で無念の出走取消となり引退。社台スタリオンステーションで種牡馬となった。

ハーツクライの後継種牡馬として馬産地では非常に人気が高く、初年度から3年目までは毎年170頭以上に種付け。そのうち、初年度産駒は26年にデビューし、9月終了時点において、JRAでデビューした34頭中7頭が勝ち上がるなど、上々のスタートを切っている。

■2021年 シュネルマイスター

2014年のジャック・ル・マロワ賞などマイルGⅠを4連勝し、この年の欧州年度代表馬および最優秀3歳牡馬に選出された名馬キングマン。その3世代目産駒でドイツ産馬のシュネルマイスターは、美浦・手塚貴久厩舎からデビューした。

初戦は9月札幌・芝1500mの新馬戦で、ここを快勝すると、3ヶ月半の休養をはさんで出走したひいらぎ賞も連勝。2戦2勝でこの年を終えた。

続く3歳シーズンは、初戦のディープインパクト記念弥生賞こそ、逃げたタイトルホルダーを捕らえられず2着と惜敗するも、NHKマイルCでは、終生のライバルとなるソングラインと火の出るような叩き合いを制し優勝。かつて「マル外ダービー」といわれたNHKマイルCを外国産馬が勝利するのは、実に20年ぶりの快挙だった。

さらに、シュネルマイスターは1ヶ月後の安田記念で古馬に挑戦。結果は3着に終わるも、先着を許したダノンキングリーやグランアレグリアとはわずか0.1秒差の惜敗で、そこから4ヶ月の休養をはさみ出走したのが毎日王冠だった。

このレースでNHKマイルC以来となるC.ルメール騎手とのコンビが復活し1番人気に支持されたシュネルマイスターは、スタートでわずかに出遅れ。序盤は後ろから3頭目に位置していた。

一方、逃げたのは前年同様トーラスジェミニで、同じく2年連続出走のダイワキャグニーが2番手を追走。縦長となるも、隊列はすぐに決まったかと思われた。ところが、600mほどを走ったところで、スタートで出遅れたダノンキングリーが一気に5番手まで上昇。東京・芝1800mのレースにしては珍しく、早い段階で動きがあったものの、それ以降は目立った動きもなく、前は1000mを58.5秒で通過するなか直線を迎えた。

直線に入ると、前年のリプレイを見るように、ダイワキャグニーが坂の途中でトーラスジェミニを捕らえ先頭に躍り出た。ダノンキングリーとポタジェ、カイザーミノルがこれを追い、今度はダノンキングリーが先頭に立つも、残り200mを切ったところでシュネルマイスターもようやくエンジン全開となって一完歩ごとに差を詰め、最後はダノンキングリーを差し切って先頭ゴールイン。安田記念のリベンジを果たす見事な差し切り勝ちで、秋初戦を突破したのである。

その後、シュネルマイスターはマイルCSでグランアレグリアの2着に好走。有終の美を飾った同馬の後継として、マイル路線を引っ張ることが期待された。ところが、そこから一転して勝ち星に見放され、翌年のドバイターフ8着から臨んだ安田記念こそ巻き返して2着に好走するも、スプリンターズSから翌春の中山記念まで4戦は、いずれも4着以下に敗れてしまった。

それでも、4月のマイラーズCで1年半ぶりに復活勝利を挙げると、安田記念と毎日王冠も3着に好走。そして、秋2戦目のマイルCS(7着)を最後に引退し、社台スタリオンステーションで種牡馬入りとなった。

日本では貴重なキングマンの後継種牡馬として人気は高く、種付け頭数は初年度から2年連続で164頭を記録。3年目の26年も148頭に種付けし、初年度産駒は27年夏にデビューを予定している。

■2024年 シックスペンス

父はキズナ、母が米国のGⅠを制したフィンレイズラッキーチャームという良血馬シックスペンスは、美浦・国枝栄厩舎からデビューした。

初戦は9月中山・芝1600mの新馬戦で初陣を飾ると、2戦目のひいらぎ賞は2着に1.1/2馬身差をつける完勝。2戦2勝でシーズンを終えた。

翌年、スプリングSから始動したシックスペンスは、2着アレグロブリランテに3.1/2馬身差をつけ完勝。デビューからの連勝を3に伸ばした。このレースは1000m通過が63.1秒と非常に遅く、瞬発力勝負になったとはいえ、シックスペンスは中山コースの極限ともいえる上がり3ハロン33.3秒の驚異的な瞬発力を繰り出して勝利。堂々クラシック候補に躍り出た。

ところがレース後、歩様が乱れてやむなく皐月賞を回避すると、中9週で臨んだダービーは9着に敗戦。夏場は休養に充てられ、秋初戦に選ばれたのが毎日王冠だった。

このレースで、2戦ぶりにC.ルメール騎手とのコンビが復活し、前走から14キロ馬体を増やしたシックスペンスは、五分以上のスタートを切ると先行。外からエルトンバローズが交わしていくと、ややいきたがるような素振りを見せるもすぐに折り合いはつき、最終的に4番手で落ち着いた。

一方、前はホウオウビスケッツがハナを切り、1000mを59.4秒で通過。やや遅い流れのなか、隊列は12、3馬身ほどとそこまで縦長にはならず、目立った動きもないままレースは直線を迎えた。

直線に入っても、ホウオウビスケッツの手ごたえはまだ楽。その後、坂を上りきったところでようやく追い出された。エルトンバローズとシルトホルンがこれを追い、懸命に前を交わそうとするも、ホウオウビスケッツとの1馬身差が詰まりそうで詰まらない。

そんな状況が続く中、外から末脚を伸ばしてきたのがシックスペンスで、残り100m地点でもう一段加速すると、ゴール寸前でついにホウオウビスケッツを捕らえ先頭ゴールイン。4か月半ぶりの実戦、古馬との初対戦も全く問題にしない快走で、2つ目の重賞タイトルを手にしたのである。

シックスペンスはその後、蹄の炎症でマイルCSを回避。翌春の中山記念で復帰すると、従来のタイムを0.1秒上回るコースレコードで勝利した。ところが、続く大阪杯で1番人気の支持に応えられず7着に敗れると、初めてダートに挑戦したマイルCS南部杯(2着)以外の4戦も7着以下に敗れてしまった。

それでも、国枝調教師の定年、厩舎解散によって田中博康厩舎へ移籍した2戦目の安田記念で、初めてコンビを組んだ武豊騎手に導かれると一発回答。5頭が一団となったゴール前の大接戦をきわどく制し、待望のGⅠ制覇を成し遂げた。

そして、初の海外遠征を敢行して出走した仏国のGⅠジャック・ル・マロワ賞は10着と敗れたものの、この秋はマイルCSを目標に調整が進められている。

写真:s1nihs

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