競走馬にとって一生に一度しか走れない夢の舞台、3歳クラシック。
多くの馬にとっての大目標であり、毎年熱いレースが繰り広げられている。
クラシック三冠レースをより楽しむためには前哨戦、いわゆるトライアルレースをじっくりと観察するのも面白い。そうすることで競馬のもつドラマチックな要素や戦略性を「点」ではなく「線」でとらえることが出来るからだ。
今回は、本番とトライアルレースのつながりを強く感じられた2つのレースを紹介したい。
トライアルの雪辱を本番で晴らす
2003年のチューリップ賞は、1頭の無敗馬に注目が集まっていた。
その馬の名は、スティルインラブ。
父は言わずと知れた大種牡馬サンデーサイレンス。半兄にラジオたんぱ賞をレコード勝ちしたビッグバイアモンがいる良血馬で、幸英明騎手とコンビを組み新馬戦・紅梅Sと連勝を飾っていた。
幸騎手は当時、デビューから節目の10年目。
毎年コンスタントに勝利を積み重ね、関西の実力派中堅ジョッキーの一人として数えられていた。とはいえ、ことG1に関してはなかなか手が届かずにいた。そんな幸騎手にとってスティルインラブは初のG1をもぎ取る「大チャンス」だったことは間違いない。
ところが、1.7倍の人気で迎えたチューリップ賞は、2着と敗れてしまう。
道中は内をロスなく追走し、直線は外を通って前を交わそうとしたものの、名手・安藤勝己騎手の操るオースミハルカに「壁」を作られ、なかなか外に出すことが出来ず仕掛けが遅れたのだ。やっと外に出せたと思ったときは時すでに遅し──ゴール手前で猛追するも、結局はオースミハルカの前にクビ差屈した。
「騎手の差で負けた」そう判断されてもおかしくないような敗戦だった。実際、幸騎手は乗り替わりを覚悟し「このままスティルインラブに乗ってどこかへ逃げたい」とまで思ったとも伝えられるほどだった。
しかし陣営は、桜花賞でも幸騎手の継続騎乗を即決。
これには幸騎手も粋に感じたに違いない。
本番の桜花賞でもチューリップ賞と同じように内で脚を溜める「型」を崩さなかった。3コーナーになると前哨戦の反省を踏まえ、やや早めに馬を促す。
そして、4コーナー。チューリップ賞の時と同じように、すぐ外には安藤勝己騎手(騎乗馬:ヤマカツリリー)がいたが、今度は4コーナーで外に膨れた隙を突き進路を確保。
直線を目一杯使って末脚を発揮し、見事、人馬共に初となるG1タイトルを得た。
その後スティルインラブはオークス・秋華賞も制し史上2頭目の牝馬三冠を達成するのだが──もし、チューリップ賞でスンナリ勝つことが出来ていたらどうだったろうか?
もしかすると桜花賞でG1のプレッシャーに負けていたかもしれない。そうなると牝馬三冠は達成できなかったかもしれない。
「負けること」はその場ではマイナスな出来事なのは間違いない。しかし、漫画スラムダンクでも言われていたように「『負けたことがある』というのがいつか大きな財産になる」という事も、勝負の世界にはある。
このコンビは、それを見事体現したケースと言えるだろう。
本番を見据えながらのトライアル
「敗戦を糧に本番で逆転する」と言えば、2007年のチューリップ賞と桜花賞も忘れてはならないだろう。
この年のチューリップ賞は、2頭の牝馬に注目が集まっていた。
1番人気は前年の2歳女王・ウオッカ。
明け3歳の始動戦エルフィンSを1.33.7の好タイムで制し、盤石の構えでクラシックを迎えようとしていた。2番人気のダイワスカーレットは半兄にダイワメジャーがいる良血馬。シンザン記念は2着に敗れたものの相手は牡馬クラシック最有力と目されていたアドマイヤオーラ。2着とはいえ後続には2馬身半の差をつけていて、牡馬相手でも引けを取らない強さを示していた。
そして、実際にレースが始まってもこの前評判通り、この2頭が主役だった。
逃げるダイワスカーレットに直線半ばでウオッカが並びかけると、後続を大きく引き離しデッドヒートの様相に。残り200mを切ったところでウオッカが前に出るとそのまま先頭を譲ることなくクビ差勝利。ゴール前ウオッカに騎乗していた四位洋文騎手が追うそぶりを見せなかったことから、一部のファンからは
「この2頭の勝負付けは済んだ」
「桜花賞はウオッカで決まり」
という声も聞こえた。
しかし、ダイワスカーレットに騎乗していた安藤勝己騎手の考えは違った。
チューリップ賞ではウオッカが来るのを待って追い出して切れ負けしたが、今度はダイワスカーレットが先に動くことでウオッカの末脚を封じると、すでに桜花賞に向けた作戦を立てていたのだ。
実際チューリップ賞の映像を見返すと、ウオッカに並びかけられそうになった時に2度3度とウオッカの方に目をやっているのがわかる。
名手はこの時から「ウオッカがダイワスカーレット最大のライバルになる」と目し、その脚を測る乗り方をしていたのだろう。
──かくして桜花賞。
ダイワスカーレットはウオッカ、アストンマーチャンに次ぐ3番人気に甘んじたものの、レースでは3番手から4コーナーで早め先頭に立ち、ウオッカに並び蹴られる前にスパートを開始。
最後まで、ウオッカを前に立たせることはなかった。
チューリップ賞では、確かにダイワスカーレットと安藤勝己騎手は敗れはした。
しかしその敗戦から「自身の長所・短所」と「ライバルの長所・短所」を明確にできたのが、本番の勝利につながったと言っても過言ではないだろう。
このように「トライアルレース」は「本番に向けて腹をくくることが出来る場」でもあり、「自分とライバルの違いを明確にできる場」でもある。
こう言った「トライアルと本番の連続性」に注目すれば、競馬をより奥深く見ることが出来るだろう。
チューリップ賞から始まるクラシック前哨戦は、そうした点も意識して観戦するのはいかがだろうか?