「スーパーGⅡ」と呼ばれるレースがある。
それにはしっかりした定義があるわけではなく、個人それぞれの思いがあるだろう。
3歳の春クラシックを前にして戦い、過去の勝ち馬に名馬が並ぶ「弥生賞」や「スプリングS」か。
或いは春秋の天皇賞前のレース「阪神大賞典」や「京都大賞典」か。
はたまたGⅢのハンデ戦からGⅡに昇格し、現在では多くのGⅠ馬が出走する「札幌記念」か。
──しかし、中でも多くの人々が「スーパーGⅡ」として認定しているレースと言えば、「毎日王冠」だろう。
秋の天皇賞、ジャパンカップを目指す中長距離馬から、マイルチャンピオンシップを目指すマイラーまでが一堂に集うレースだ。 “府中の千八展開要らず”という言葉がある。
マルチタレントで競馬にも造詣が深かった故・大橋巨泉氏の言葉だそうだ。まぁ、幾ら府中の千八でも展開・その時の馬場・枠順などで結果も違ってくるだろうから、絶対に「展開要らず」というわけでは無いと思うが、氏が言いたかったのは「強い馬が勝つ」という事だろう。
過去の勝ち馬として、古くは“野武士”タケシバオーがあげられる。日本馬として初のジャパンC勝ち馬で、この毎日王冠でミスターシービーを破ったカツラギエース。
毎日王冠、天皇賞(秋)を連覇し種牡馬としても大成功を収めたサクラユタカオー。
男馬相手に互角に渡り合ったダイナアクトレス。
毎日王冠を連覇し、特に1989年毎日王冠、イナリワンとの激闘は今でも語り継がれる“芦毛の怪物”オグリキャップ“オッズを見る馬”個性派のダイタクヘリオス。
グラスワンダー、エルコンドルパサーを破り今や伝説になりつつあるサイレンススズカ。その翌年の毎日王冠を制した“ミスターグランプリ”、グラスワンダー。
千六~二千のレースで無類の強さを発揮したGⅠ4勝馬ダイワメジャー。
などなど、このほかにも名馬が並ぶ。 たとえGⅠ勝ちが無くとも、重賞勝ちのリストに「毎日王冠」があると箔が付くように思える。
……前置きが長くなってしまったが、そんな「スーパーGⅡ毎日王冠」の歴代勝ち馬の中に、今回の主役「エアソミュール」の名がある。
エアソミュールは2009年3月、千歳の社台ファームで生まれた。
父ジャングルポケット、母エアラグーン。
祖母がアイドリームドアドリームなので、叔父に皐月賞、菊花賞を制しダービー2着で「準三冠馬」エアシャカール、叔母にオークス2着馬エアデジャヴーがいる良血馬だ。
そして栗東の名門、角居勝彦厩舎に入厩する。2歳の11月京都競馬場芝千八でデビュー。結果は4着。3戦目の未勝利戦で初勝利。
その後毎日杯、プリンシパルSに挑戦するも、ともに二桁着順。クラシック路線には乗れなかった。 しかし、その年の秋1000万下、準オープンと連勝しオープン馬入りしたエアソミュール。
暮れのGⅡ金鯱賞に出走するも、また二桁着順。年明けて4歳の3月大阪城Sを勝ち初のオープンレースで勝利。その後オープン特別を3勝するが、重賞レースとなると鳴尾記念の4着以外、函館記念、札幌記念、中山記念と全て二桁着順。
昔だったら「オープン大将」と呼ばれるような成績を、5歳の春まで続けていた。
転機となったのは5歳6月のGⅢ鳴尾記念。当時はGⅠ宝塚記念の前哨戦だった。
面子は次走宝塚記念で2着となるカレンミロティック、天皇賞馬トーセンジョーダン、重賞5勝馬トゥザグローリーなど強力な中、単勝3.9倍の1番人気に支持された。
12頭立ての11番枠、戸崎圭太騎手を背にスタートし、後ろから3~4番手に付ける。1000m通過60秒6。開幕週、重賞レースを考えるとスローペースで流れる中、勝負所の3コーナー過ぎ外から上がって行き、直線入り口、先頭を射程圏に入れた。
直線の攻防、9番人気アドマイヤタイシをすぐに捉えたかと思ったが、アドマイヤタイシも簡単には抜かせない──さらに、後ろから10番人気フラガラッハが迫ってくる。
カレンミロティックを含めた壮絶な叩き合いの末、ハナ+ハナ+クビ差の接戦を制し、嬉しい重賞初制覇を果たした。
次走は宝塚記念かと思われたが、陣営は札幌記念を選択。
出走馬は桜花賞馬ハープスター、皐月賞・菊花賞を制して前走で宝塚記念を連覇したゴールドシップ、GⅠヴィクトリアマイルなど重賞5勝馬ホエールキャプチャ、前年の札幌記念を勝ち連覇を狙うトウケイヘイロー、皐月賞馬ロゴタイプなどGⅠ馬4頭を含む重賞ウイナー9頭のメンバーが揃った。
前走鳴尾記念以上のメンバーで、流石「スーパーGⅡ」と言われるだけの事はある。
そんな中エアソミュールは14頭立ての7番枠、20.1倍の5番人気に支持された。
鞍上は前走に引き続き戸崎圭太騎手。
トウケイヘイローが作り出したペースは1000m通過58秒4。ハイペースで流れる中エアソミュールは中団の内に付けた。ハープスターは後ろから2頭目、ゴールドシップは更に離れた殿からレースを進める。勝負所の3分3厘、ハープスター・ゴールドシップとともに捲って行き直線では2頭の一騎打ち。勝ったのはハープスターだった。
エアソミュールは前にいたロゴタイプなどを交わすものの、ホエールキャプチャ、ラブイズブーシェに交わされ5着。
結果的には1着ハープスターから1秒離された完敗だったが、3着ホエールキャプチャからは0秒1差。前年の札幌記念でトウケイヘイローの4秒6差11着に敗れた事を思うと、確実に力をつけている事を示したレースぶりだった。(前年の札幌記念は勝ちタイムが2分6秒5という極悪馬場だったが……)
そして、その次走。
陣営は、またもや「スーパーGⅡ」毎日王冠を選択。
出走馬はマイラーズカップなどを勝ちダービーで1番人気に支持された「未完の大器」ワールドエース、スプリングS勝ち馬グランデッツァとロサギガンティア、1000万下→準オープン→オープンと3連勝中で毎日王冠の次走天皇賞(秋)を制することになるスピルバーグ、皐月賞馬ロゴタイプなど、GⅠ馬の頭数は札幌記念に及ばずとも、サンレイレーザーを除く15頭中14頭の重賞ウイナーが揃った。
エアソミュールは2番枠。13.1倍の8番人気で鞍上は武豊騎手に乗り替わっていた。
11番人気サンレイレーザーの逃げで始まったレース、スタートして12.9-11.0-11.5-11.7-12.0で1000m通過59秒1。開幕週の馬場を考えればハイペースではない。
直線に向いた時、ほとんどの馬が余力十分に見えた。エアソミュールは今回も中団の内から直線へ。しかし前が開かない。
少し内に進路を変えた鞍上は坂を上がりきってからディサイファとグランデッツァの間にできた、僅か1頭分空いたスペースを割ってきた。最後は、逃げ粘るサンレイレーザーをクビ差交わしてゴール。
「スーパーGⅡ」毎日王冠を制したのだ。
これで堂々とGⅠ天皇賞へ!と思いきや、回避することが発表される。
これには色々噂があるが、部外者である自分には本当の事は分からない。しかし天皇賞回避によって結果的に、グレード制施行後唯一の『GⅠに出走経験のない毎日王冠勝ち馬』になってしまった。
グレード制施行前を見てもGⅠ級出走経験のない馬は1971年毎日王冠勝ち馬トキノシンオーまで遡る。
毎日王冠のあと、結局12月のGⅡ金鯱賞に出走し3着。6歳になりGⅡ2戦連続3着、GⅢ2戦連続4着。
勝つ事はできなかったが、安定したレースを続けた。函館記念4着後、札幌記念を目指していたが回避。
その後1年以上の放牧後7歳の秋入厩し復帰を目指していたが、種子骨靭帯炎を発症。
10月に引退となった。 28戦10勝 獲得賞金3億2104万8000円。
ここまでエアソミュールの足跡書いてきたが、自分自身エアソミュールに対して思い入れがあるかというと、現役時代はそれほどでもなかった。
強いて言えば、毎日王冠でエアソミュール軸に三連複を買い、儲けさせてもらった馬──それくらいの思いでしかなかった。
時は流れ、エアソミュールが引退した1年半後の2018年の春。自分自身のブログを開設した。
内容はシンザン世代(1961年生まれ)以降のJRA及び中央競馬での全ての重賞勝ち馬、GⅠ(級)2、3着馬、交流GⅠ勝ち馬など3400頭余りのプロフィールを載せたもので、20数年前から穴あきファイルノートに手書きで書き始めたものをまとめたもの。
重賞ウイナーの引退後の行方をわかる範囲で書いているが、中には信じられないような結末を辿った馬もいる。
GⅠ(級)馬にも関わらず、だ。
牝馬は血統が良いと未勝利馬でも繁殖として生き残れるが、牡馬は種牡馬になれる確率は1%にも満たないらしい。よく抹消した競走馬の行き先として「乗馬」というのを見るが、乗馬クラブで太らせてから……というような、良からぬ噂も聞いたりする。
もう20年以上前になるが、当時一口馬主をやっていて初めて持った馬が未出走で引退となった時、クラブの担当者に「この馬はこの後どこに行くんですか?」と質問したところ、返ってきた答えが「競走馬の引退後は追いかけるものじゃないですよ」というものだった。
自分は当時一口馬主の初心者だったが、何を意味するかはすぐに理解できた。 ブログ編集中も、最期が分からない重賞ウイナーがこんなに多いのか。
これが条件馬、未勝利馬だったら更に……と悲しくなったが、これが現実。 仕方がない事なのだと半ば諦めて、自分自身を納得させていた。
そんな中、Twitterを通じてTCC(サラブレッド・コミュニティ・クラブ)という引退後の競走馬を支援している団体を知った。
これは連携するサンクス・ホース・プロジェクトに登録された引退馬に対して一口オーナーを募集するファンディングを行い、40口集まった馬はTCCの所有馬として情報管理・キャリア支援を行うもの。
会費が月1000円+一口4000円で合計5000円(半口だと合計3000円)。お金持ちであれば話は別だが、そういうわけでもない自分にとって結構大きな金額だった。当然、一口馬主のような賞金も入ってこない。
しかしTwitter上で色々な人と引退馬について話ししているうち「考えるだけでは何も始まらない。これをきっかけにとりあえずやってみよう。疑問に思えば止めればいいさ」という気になり、参加することにした。
そこで一頭支援する馬を決めるのだが、そのリストの中に、何とエアソミュールの名があるではないか!
前述の通り毎日王冠で馬券を取らせてもらった縁もあるし、一口だが関わらせてもらうことにした。
今現在のエアソミュールは岡山県の岡山乗馬倶楽部に繋養され、地元の競技大会などで度々入賞を果たしたりして頑張っているそうだ。
出資した馬の情報は毎月1回送られてくるレポート、写真や、ホームページでも知る事ができる。自分がTCCに参加した当初のエアソミュールのレポートを見ると、小回りが苦手とか、気持ちにムラがあるなど書いてあったが、時間が経つにつれ、小回りも上手く回れる様になったとか、競技大会で3位入賞!なんてリポートを見られるようになった。 そしてその度、嬉しくなる。
まるで、離れた土地に住む息子の報せを待つ親の気分のようだ。 競技大会の成績はともかく、これからも末永く元気に過ごしてもらいたいと思う。
ぜひ機会を作って岡山まで会いに行きたい(住んでいる東京からちょっと遠いけど)と思っている。
さて、TCCは先日、TCCセラピーパークという施設を栗東に建設した。ホースセラピーを通じて支援が必要な子供たちと交流したり、競走馬を引退した馬の「ホースシェルター」として活用する施設となる。
これまでは怪我などで競走馬を引退すると、行き先が決まらずに所属厩舎から出される現状があり、それが行方不明などの原因になっていたそうだ。そこでこの「ホースシェルター」を使って、引退馬たちに「時間」と「場所」を提供しようとしているそうだ。
この「時間」と「場所」の提供というのが、大きな意味を持つと思う。この引退馬支援というのは古くからの課題ではあったが、具体的なアクションとしてはまだ始まったばかり。
課題(資金調達方法など)もたくさんあるし、まだまだ世間に認知されているとは言えない。今大事なのはとにかく一人でも多くの人たちに、こういう取り組みが成されているのを知ってもらう事、引退馬について少し考えてもらうきっかけを作る事だろう。自分もこれから微力ながら協力していきたいと思う。
しかし、2014年の毎日王冠、馬券を当てて「エアソミュールよ、ありがとう!」と小躍りし、ガッツポーズしていた自分が、5年ほど経った現在こんな文章書いているとは当時想像もできなかった。
こんな機会をつくってくれて「エアソミュール、ありがとね」。
写真:Horse Memorys